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第一章 かめ、大いに驚く
華族の使命
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冷静さを取り戻し書斎に戻ったあたしに、新一と2人の背広の男たちは自己紹介をしてくれた。
3人は実は3兄弟で、それぞれが皇室お抱え髪結いだというのだ。
確かによく見たら顔立ちが似ているような・・・。
次男は猫背のくせ毛で新ニ。
ぶっきらぼうで、物怖しないタイプね。
三男が寡黙な七三分けの新三郎。
無表情だから気持ちが読めないけど、他の2人に比べるとまともに見える。
そして、長身で長髪、人をイラつかせる天才の皮肉屋が長男の新一。
葛丸様とは学習院時代の同期で、親友なんですって。
類は友を呼ぶっていうけど、色男も色男を呼ぶのね!
性格はともかく、3兄弟が揃って美男子だなんて、両親は聖人君子に違いないわ。
ん、待てよ。
さっきは苛々が怒髪天に達してたから気づかなかったけど、あたしを影武者にすることと使用人の全員解雇は繋がっているのかしら?
あたしは内心、冷や汗をかきながら葛丸様に思いついた疑問をぶつけてみた。
「まさか、あたしを菊子様の影武者にするために、長年公爵家に仕えてきた使用人たちを解雇して、この秘密を守るおつもりなのですか?」
「察しがいいな。そういうことだ。」
あたしは呆れて言葉を失った。
それってそんな・・・。そこまでする⁉
膨大な金もかかるし、時間もかかるわよ。
新しい使用人への教育だって一から必要でしょ?
葛丸様って実は馬鹿なんじゃない?
そうよ、周りが忠犬ばかりだったから、おかしなことを考えても否定されずに今まで来たのかもしれない。
もっと、合理的に生きないと、早死にするわ!
それに人生は簡単にやり直しできないことを、あたしが教えてあげなきゃ‼
「あの、朝は突然のことにみんな混乱して殺気立っていましたが、本当は心根の良い人たちばかりだから、ちゃんと事情を話せば協力してくれますよ!
あたしもだけど、葛丸様や菊子様だって、使用人たちと家族同然に暮らしてきたじゃないですか。
もっと肩の力を抜いて、人間を信用してもいいのではないでしょうか?」
こめかみを長い人差し指で押さえていた葛丸様が、長いため息を吐いた。
「秘密というものは、水と同じだ。
少しの隙間でも漏れ出してしまう。」
葛丸様は冷ややかに無機質な言葉を紡いだ。
「華族は、皇室のために命をかけなくてはならないのだ。
勅命は、絶対だ。」
その言葉に、あたしは大きな違和感と引っ掛かりを覚えた。
「菊子さまのためではなく、皇室のためなんですか?」
「そうだ。」
「よく・・・分かりました。」
あたしは俯いて拳を握りしめた。
「だから、菊子様は家出をされたのですね。」
正直、落胆した。
葛丸様はやはり、人の心を持ち合わせない残虐非道な方なのだわ。
あたしは家出した菊子様の気持ちを思うと、泣きそうになってしまった。
「女、子供には理解できまい。」
「あたしは華族じゃないし、そんな使命は分かりたくない。
けど、あたしは菊子様が影武者があたしだと気づくまで菊子様になり切ります。」
「ほう。急に肝が据わったな。どうして?」
葛丸様は不思議そうに身を乗り出した。
「あたしが、菊子様の信者だからですッ!」
その場に居る者たちがひっくり返るくらい大きな声であたしは啖呵を切った。
「あたしがもし、この役を断ったら、どうせ同じ年ごろの違う子を探すんでしょ?
でも、そうはさせないんだから!
見た目は真逆でも、あたしは15年間菊子様のお近くに居たからこそ、人となりや立ち振る舞いを全て完璧に再現できます。
どこの馬の骨か分からない者に、敬愛する菊子様の影武者は任せられません!」
これが正直な気持ちだった。
まさか15年間ご主人様として仕えてきたこの人に、あからさまに無礼な態度を取るなんて、天国に居る両親は今ごろ泣いているかもしれないけどね。
すぐに怒鳴られるかと思って身構えたけど、葛丸様の無感情な瞳に初めて色が灯ったのが見えた。
そして、大きな革のひじ掛け付き椅子からゆっくりと立ち上がると、あたしの前に立ち握手を求めてきたの。
「屈折した愛情だが、意思は固そうだな。
よかろう。お前を今日から菊子と呼ぶ。お前も私を兄と呼ぶことを許す。」
あたしもその大きくて冷たい手に自分の手を伸ばすと、少し力を込めて握り返した。
「了解しましてよ、お兄様。
手始めにわたくしは何をしたらいいいの?」
「花嫁教育の全てを、新一に一任している。
詳細は新一に聞いてくれ。」
葛丸様が向こうを一瞥すると、新一が深く頭を垂れた。
「御意。確かに承りました。」
葛丸様が書斎から出ていくと、極度の緊張から解き放たれたせいか、自分の膝が笑っているのに気づいた。
対等に喋っていたつもりだったけど、ずっと身体が震えていたみたい。
あたしはその場にヘナヘナと崩れ落ちた。
「それでは菊子様。」
わざとらしく咳払いした新一は、腰が抜けて立てないあたしを見下ろした。
「手始めに風呂に入っていただけますか?」
一難去ってまた一難!
「き、菊子様は風呂は嫌いよ。」
「菊子様はキレイ好きで、日に3度も入浴されていたそうだが、信者のお前が知らないわけがないだろう。」
ゲッ、バレてる。
しかも、菊子様として扱う気が無さそうな言いかたね!
「来い。先ほどからその、肩にかかる白いフケが気になっていたんだ。」
立てないあたしを引きずって連れて行こうとする新一に、あたしは必死に抵抗した。
「い、嫌よ! これは虱よ! フケじゃないわ。
寄生虫なのよ‼」
サアァと青ざめる瞬間の人の表情って、初めて見たわ。
新一は腰を折り曲げて、丸太を担ぐようにあたしを一気に肩に乗せた。
ギャアア! 下ろして‼
もちろんその場に味方してくれる人間は居なく、無言で風呂場に直行する新一の肩の上で、あたしは落ちたら痛いからほどほどに抗議した。
お風呂だけは、勘弁してえぇ~‼
3人は実は3兄弟で、それぞれが皇室お抱え髪結いだというのだ。
確かによく見たら顔立ちが似ているような・・・。
次男は猫背のくせ毛で新ニ。
ぶっきらぼうで、物怖しないタイプね。
三男が寡黙な七三分けの新三郎。
無表情だから気持ちが読めないけど、他の2人に比べるとまともに見える。
そして、長身で長髪、人をイラつかせる天才の皮肉屋が長男の新一。
葛丸様とは学習院時代の同期で、親友なんですって。
類は友を呼ぶっていうけど、色男も色男を呼ぶのね!
性格はともかく、3兄弟が揃って美男子だなんて、両親は聖人君子に違いないわ。
ん、待てよ。
さっきは苛々が怒髪天に達してたから気づかなかったけど、あたしを影武者にすることと使用人の全員解雇は繋がっているのかしら?
あたしは内心、冷や汗をかきながら葛丸様に思いついた疑問をぶつけてみた。
「まさか、あたしを菊子様の影武者にするために、長年公爵家に仕えてきた使用人たちを解雇して、この秘密を守るおつもりなのですか?」
「察しがいいな。そういうことだ。」
あたしは呆れて言葉を失った。
それってそんな・・・。そこまでする⁉
膨大な金もかかるし、時間もかかるわよ。
新しい使用人への教育だって一から必要でしょ?
葛丸様って実は馬鹿なんじゃない?
そうよ、周りが忠犬ばかりだったから、おかしなことを考えても否定されずに今まで来たのかもしれない。
もっと、合理的に生きないと、早死にするわ!
それに人生は簡単にやり直しできないことを、あたしが教えてあげなきゃ‼
「あの、朝は突然のことにみんな混乱して殺気立っていましたが、本当は心根の良い人たちばかりだから、ちゃんと事情を話せば協力してくれますよ!
あたしもだけど、葛丸様や菊子様だって、使用人たちと家族同然に暮らしてきたじゃないですか。
もっと肩の力を抜いて、人間を信用してもいいのではないでしょうか?」
こめかみを長い人差し指で押さえていた葛丸様が、長いため息を吐いた。
「秘密というものは、水と同じだ。
少しの隙間でも漏れ出してしまう。」
葛丸様は冷ややかに無機質な言葉を紡いだ。
「華族は、皇室のために命をかけなくてはならないのだ。
勅命は、絶対だ。」
その言葉に、あたしは大きな違和感と引っ掛かりを覚えた。
「菊子さまのためではなく、皇室のためなんですか?」
「そうだ。」
「よく・・・分かりました。」
あたしは俯いて拳を握りしめた。
「だから、菊子様は家出をされたのですね。」
正直、落胆した。
葛丸様はやはり、人の心を持ち合わせない残虐非道な方なのだわ。
あたしは家出した菊子様の気持ちを思うと、泣きそうになってしまった。
「女、子供には理解できまい。」
「あたしは華族じゃないし、そんな使命は分かりたくない。
けど、あたしは菊子様が影武者があたしだと気づくまで菊子様になり切ります。」
「ほう。急に肝が据わったな。どうして?」
葛丸様は不思議そうに身を乗り出した。
「あたしが、菊子様の信者だからですッ!」
その場に居る者たちがひっくり返るくらい大きな声であたしは啖呵を切った。
「あたしがもし、この役を断ったら、どうせ同じ年ごろの違う子を探すんでしょ?
でも、そうはさせないんだから!
見た目は真逆でも、あたしは15年間菊子様のお近くに居たからこそ、人となりや立ち振る舞いを全て完璧に再現できます。
どこの馬の骨か分からない者に、敬愛する菊子様の影武者は任せられません!」
これが正直な気持ちだった。
まさか15年間ご主人様として仕えてきたこの人に、あからさまに無礼な態度を取るなんて、天国に居る両親は今ごろ泣いているかもしれないけどね。
すぐに怒鳴られるかと思って身構えたけど、葛丸様の無感情な瞳に初めて色が灯ったのが見えた。
そして、大きな革のひじ掛け付き椅子からゆっくりと立ち上がると、あたしの前に立ち握手を求めてきたの。
「屈折した愛情だが、意思は固そうだな。
よかろう。お前を今日から菊子と呼ぶ。お前も私を兄と呼ぶことを許す。」
あたしもその大きくて冷たい手に自分の手を伸ばすと、少し力を込めて握り返した。
「了解しましてよ、お兄様。
手始めにわたくしは何をしたらいいいの?」
「花嫁教育の全てを、新一に一任している。
詳細は新一に聞いてくれ。」
葛丸様が向こうを一瞥すると、新一が深く頭を垂れた。
「御意。確かに承りました。」
葛丸様が書斎から出ていくと、極度の緊張から解き放たれたせいか、自分の膝が笑っているのに気づいた。
対等に喋っていたつもりだったけど、ずっと身体が震えていたみたい。
あたしはその場にヘナヘナと崩れ落ちた。
「それでは菊子様。」
わざとらしく咳払いした新一は、腰が抜けて立てないあたしを見下ろした。
「手始めに風呂に入っていただけますか?」
一難去ってまた一難!
「き、菊子様は風呂は嫌いよ。」
「菊子様はキレイ好きで、日に3度も入浴されていたそうだが、信者のお前が知らないわけがないだろう。」
ゲッ、バレてる。
しかも、菊子様として扱う気が無さそうな言いかたね!
「来い。先ほどからその、肩にかかる白いフケが気になっていたんだ。」
立てないあたしを引きずって連れて行こうとする新一に、あたしは必死に抵抗した。
「い、嫌よ! これは虱よ! フケじゃないわ。
寄生虫なのよ‼」
サアァと青ざめる瞬間の人の表情って、初めて見たわ。
新一は腰を折り曲げて、丸太を担ぐようにあたしを一気に肩に乗せた。
ギャアア! 下ろして‼
もちろんその場に味方してくれる人間は居なく、無言で風呂場に直行する新一の肩の上で、あたしは落ちたら痛いからほどほどに抗議した。
お風呂だけは、勘弁してえぇ~‼
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