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第一章 かめ、大いに驚く

芋虫女の長い一日

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 これは一体、どーゆーこと?
 葛丸かつらまる様の書斎に入るなり、あたしは3人の背広の男たちに囲まれ窮地きゅうちに立たされた。

 ごめんなさい。帰ります!

「動くな。」
 ぶっきらぼうな話し方の背広が苛立つように叫んだけど、構うもんですか。

 逃げてやる。

 ジリジリと壁際まで後ずさると、ゆっくりと詰め寄る男たちの隙間から、お坊ちゃまの端正な顔が見えた。

 徳川葛丸かつらまる
 菊子様の兄であり、公爵家の若き当主だ。

 甘い顔面マスクに知性を感じるたたずまいは、黙ってそこに居るだけで絵になるし、おかずがなくても白飯ごはん3杯はイケるわね。

(え?そんなのあたしだけ⁉)

 いつもならお声をかけてもらうまではうつむいてひかえているけど、今回ばかりはそうも言っていられない。
 だって、緊急事態ピンチなんだもの!

「お坊ちゃま、助けてください!」

 そんなあたしを押さえつけようとする男たちの手を払いのけて前に出ると、書斎机つくえ越しに葛丸かつらまる様は真剣しんけんな面持ちであたしに言った。

「かめよ、私はお前に助けて欲しいのだ。」

 ええ、いいわよ。あたしにドンと任せなさい!
 と、言いそうになったあたしを責めないで!

 悔しいけど、どんな悩みでも聞いてあげたくなるくらい、葛丸かつらまるは格好良いのよ~!

「説明していただけますか?」

 おずおずと切り出すと、あたしを取り囲んでいた背広の男たちの中から、一番長身の男が前に出てきた。

「その件、私が説明しましょう。ただ、その前に・・・。」

 長身の男は持っていたメジャーをシャッと伸ばすと、おもむろにあたしの顔面に当てがった。

「顔のサイズ24センチ。」

 驚きのあまり固まるあたし。
 だって、知らない人に突然顔のサイズ計られたら、誰だってこうなるわよ!

 動けないあたしに寄ってたかって、三人の男たちがメジャーを押し当てる。

「身長157センチ、同等。体重推定50㎏。菊子様よりプラス10㎏。」
「座高、菊子様よりプラス5㎝」
「胸囲、腰囲、腹囲、全ての数値が同じ。
 恐ろしい寸胴体形。菊子様とは比較できない。」

「まるで芋虫いもむしだな。」

 最大級の皮肉で我に返ったあたしは、顔を真っ赤にして一番近くに居た長身の背広男に殴りかかった。

 ふくよかなだけじゃない!

 芋虫いもむしだなんて、誰にも言われたことないわよッ!
 親から貰った体型ボディにケチつける人間ヤツは、絶対良い死に方しないんだからあッ!

 もう許せない‼

 あたしの渾身こんしんの平手打ちをヒラリとかわすと、長身の背広は優雅に目にかかる長い黒髪を後ろに払った。

「加えて、凶暴ヒステリーである。」
 長身の背広は口のはしをニヤリと上げた。

 クッソ、生意気!

「無礼にも程があるわよ、あんたたち。いきなり初めて会う人の、全身の寸法サイズを計るなんて!
 しかも、いちいち菊子様と比べる必要なんてあるの⁉」

 思いっきり背広たちをにらみつけると、あたしは鼻息荒くまくしたてた。
 対照的はんたいに長身の背広は、小首を傾げながら冷静に答えた。

「必要があるから比べているんだ。ちなみに君は、我が国の皇太子の名前は知っているかい?」
「存じ上げません。」
「だろうな。」

 落胆らくたんの色を隠さない背広に、あたしは確かな殺意がわいた。

 皇太子の名前を知らないくらい、何よ。
 次はグーで殴ってやる。

「そこまでだ新一しんいち
 かめが今にもお前を食べてしまいそうな目をしている。」

 いつもは冷静で物静かな葛丸かつらまる様が、あたしたちを見て愉快そうに身をよじっていた。
 漫談おわらいじゃないっつーの。

 新一しんいちと呼ばれた長身の背広の男は、目におびえの色を宿してあたしを見た。
「本当に取って食われそうだな。」

 あたしゃ妖怪か?
 食べれるものなら食べてやるわよ、頭からバリバリと!

 ガオッ‼

「かめ、コレに見覚えはないか?」

 葛丸かつらまる様の手の中には、ロウで封がされていた跡のある手紙があった。
 ハッとしてあたしは我に返った。

「それは・・・菊子様が昨日、あたしに託した手紙です。
 早朝に旦那様にお渡しするように頼まれて、そのようにしました。」

「中身は見たのか?」
「いいえ、まさか! ちかって中身は見ていません。」

「だろうな。」
 葛丸かつらまる様は深いため息を吐いた。

「実は菊子が昨夜、家を出たのだ。」

「お嬢様が⁉」
 その一言は、頭をスコップで殴られるくらいの破壊力があった。

 だって、昨日はそんなこと、一言も・・・。
 しかも、あたしや葛丸かつらまる様に黙って家を出るなんて。

 きっと、よっぽどの理由があるんだ。
 あたしは無い脳みそを必死にかき回して、ある仮説にたどり着いた。

「まさか、家庭教師のエドと駆け落ちしたとか?」
 小さく呟いたつもりが、意外に大きな独り言だったらしく、その場の全員の表情が強張こわばり、辺りが静まり返った。
 
 あちゃ~。ズバリ的を得てしまったようね。
 英国イギリス人のエドと絶世の美女の公爵家の令嬢がひそかに恋仲になっていたなんて、新聞の特種記事スクープもいいところだわ。

 新一しんいちがズンズンと目の前に来てあたしの首根っこをつまみ上げると、そのまま廊下に連れ出された。
 しかも、ポイッとその場に捨てられたのよ。

 わーん、あたしは猫じゃない!

「痛いわね。何するのよ?」
「少しは人の気持ちを考えろ。思いついたことを直ぐに口にするのは女子おなごとしての品格が無い。」

 相変わらず腹が立つ物の言い方をする男だけど、正論だからあたしも言い返せなかった。

「それで?
 もしかして、お嬢様をさがせという任務のために、ここに呼び出されたのかしら?」
「それはお前より探偵に依頼するよ。」

 確かにそうね。

 じゃあ、あたしに一体何の用なのよ。
 しかも、他の使用人を全員解雇して

「菊子様が居ない間、菊子様の影武者として振る舞ってほしいのだ。」
「か、影武者?」
「365日後に控えた皇室との婚姻のために、お前に菊子様の身代わりを任ずる。」

 な、な、な⁉

「なお、お前の教育係は皇室お抱えの髪結びようしいである、この犬養新一いぬかいしんいちが引き受けた。以上。」

「何ですっ・・・。」

 思い切り叫ぼうとしたあたしの唇に、長くて細い人差し指が押し当てられた。
「今後いっさい、どでかい声で叫ぶな。レッスン1ワン。」

 フ ガ フ ガ ッ。

 この新一しんいちって男、間近でよく見たらものすごい色男イケメンなのよ。
 サラサラの長い髪も相まって、中性的な魅力があるというか、色気の破壊力が凄まじいの。

 悔しいけどこんな破滅的な状況でも、色男イケメンには語彙ごいを失わせる能力があるのよね・・・。

「いいか、淑女レディー喜怒哀楽かんじょう表情かおに出すな。レッスン2ツーだ。」

 ニヤリと口の端をあげると、新一はその人差し指をツツツッと下に降ろして、あたしのお腹でピタリと止めた。

「レッスン3スリー、今のお前は芋虫いもむしだ。だが、蝶になる必要がある。
 よって、これから毎日寝る前に腹筋を100回だ。」

 のと感情が交互にせめぎ合って、あたしは目を白黒させた。

「毎日って・・・冗談よね?」
「200回に増やそうか?」

 わーん、ゴメンナサイ。
 100回で十分よ!

 顔は色男イケメンでも、中身はひど醜悪男サディストだわ。
 交際している時には優しくても、結婚したら嫁に無駄飯は食わせないタイプよね。

 苦労するのが目に浮かぶわ~!

 いい?みんな。
 こういう男にはだまされないでねッ!

 それにしてもあたしがお嬢様の影武者だなんて・・・。
 菊子様とエドが仲違いして、今すぐに帰ってきてほしい!

 あたしは15年の女中生活で初めて、しの不幸を願ったのだった。

 
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