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#20 夏の雪解け
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放課後のテラスは人がまばらだった。
コンクリートの地面は太陽の照り返しが強くて辛い。もう少し風が吹いていたら良かったのに。
無造作に置かれた木のベンチに腰かけた途端、雪也がテラスのガラス窓をガラッと開けてこちら側に入って来た。
俺は一時停止のように動きを止めて、雪也に目線を合わせた。
「ウィッス。」
「おう。」
早速、俺が座るベンチの横に腰掛けた雪也は、背中を丸めて俺の顔をのぞきこんだ。
「晴人・・・だよな。」
「そっちこそ、本当に雪也なのか? それにしてもデカくなったよなぁ・・・今、何センチ?」
「あー185くらい。」
「クソ、羨ましいなぁ!5センチ分けてくれよ。」
「1センチくらいならな。
それにしても驚いたよ。まさか、晴人がこの高校にいるとは思わなかった。」
「俺も・・・。」
驚いたのは俺も同じだけど、あまりにも俺たちの間には会わない時間が長すぎた。
次の会話をどう切り出すか躊躇していると、はにかんだ微笑みを浮かべた雪也が、鼻の頭を親指と人差し指でつまんだんだ。
その仕草に、俺は思わずふき出した。
「それ! 懐かしいな。
昔から喋る時に、鼻を触るのがクセだったよな。」
「晴人こそ。
感情が高ぶると髪をかきむしるクセは、そのまんまだね。」
言われればやっているかも。
俺は髪をクシャクシャとかきむしりながら笑った。
「同じ学校だったなんて、今まで全然気づかなかった。
何組にいたの?」
「五組。二学期から転入してきたんだ。」
二学期・・・。どうりで知らないはずだ。
「この前、廊下で晴人が大声で自分の名前を叫んでいるのを聞いて、まさかと思ったんだ。
でも、あれ以来見かけなくなったからどうしたのかと思ってな。
今日は思い切って、全クラスに【佐藤晴人が居るか】を聞いて回ることにしたんだけど、オマエが一組で助かったよ。」
「俺を探してたの?」
「うん。」
素直に答えてくれた雪也の言葉が、無条件に嬉しかった。
急激に九年くらいのブランクがウソのように消えて、俺たちは打ち解けて近況を話しあった。
学校のこと、趣味のこと、家族のこと・・・。
次から次へとわいてくる話題が、ひとつ話せば二倍になって返ってくる会話のキャッチボールが、俺たちの気持ちをずっと高揚させるんだ。
俺は忘れていた感覚を思い出した。
友だちって、こういうことか。
※
下校時刻を過ぎても話が尽きなくて、俺たちは自転車乗り場に移動しながらも会話を続けていた。
俺が自転車にまたがると、雪也が真面目な顔をして鼻の先をつまんだ。
「あのさ、最後に・・・いい?」
「もちろん。何?」
「俺ずっと晴人に謝りたかったんだ。その・・・最後に気まずい別れ方をしたから。」
「・・・。」
俺は何も答えられなかった。
「オマエが昔、遊びで【占い】の真似ごとをしていたのを覚えている?
オマエが話したことがあまりにも当たりすぎていて、俺が驚いてオマエに癇癪を起して怒鳴ったよな。
ガキ同士のくだらない遊びなのに・・・今思えば、バカみたいだよ。」
「当然だ。俺も雪也の立場ならマジギレしたよ。」
口の中に嫌な苦味が広がる。
過去の過ちに向き合うことが、こんなにも辛いことだなんて。
申し訳なさと切なさで息苦しい。
「いや、俺が100パー悪い。
あのあと父親の仕事の都合で引っ越すことになっていたのに、意地張って言わなかったんだ。
周りの仲良かった奴らにお別れも言わないで、黙って街を離れたのがずっと心残りだったんだ。
あの時は・・・本当にゴメン。」
雪也は、俺に向かって後頭部が見えるくらい頭を下げた。
なんてことだ。
俺はあの時のことを必死に忘れようとしていたのに、雪也はずっと、俺に謝りたかったなんて・・・。
こみ上げてくるものをグッとこらえると、すぐに鼻が詰まって痛くなった。
鼻の先が赤くなる前に、俺も自転車を降りて雪也に負けじと頭を下げた。
「俺こそ無神経でゴメン! あの頃の俺は、ほんっと―にクソガキだった‼
回帰できるもんなら自分をぶん殴ってやりたい。
たぶんオマエだけじゃなくて、周りの他の奴らも無自覚に傷つけてきたと思う。
だから、許してほしいのは俺のほうだ。
お前は100パーセント悪くない!」
「ハハ。お互いに悪いって言ってりゃ世話ねーな。
クソガキか・・・確かにな。
あの時のオマエは人気者で、だいぶ調子をこいていたからな。
俺はかなり妬んでいたよ。」
「だよな。
まあそのおかげで、俺のリアルは友だちも彼女もいない【底辺ボッチ】なんだ。
神さまってちゃんと見ているよな。」
「底辺だと? その割には、みんなの前でドハデな告白をしたもんだな!」
雪也にツッコまれて、俺は全身の血が瞬時に沸騰したかと思った。
「あ、あれは違ッ・・・!」
いや、違わないか。
つい、雪也に言い訳をしようとした自分を客観視する自分は、かなり冷静だった。
もう、認めよう。
俺は観念した。
自分を騙すことができないくらい、俺は心雨のことが好きなんだ。
「雪也よ、今日はサンキューな。
いろいろスッキリした。」
「こちらこそ。今度は俺にも恋バナを聞かせろよ、先輩。
じゃ、また明日な!」
雪也は俺が見えなくなるまで手を振っていた。
俺は夕闇に自転車のヘッドライトを点灯させると、道路を蛇行運転しながら夜の街を一気に走り抜けた。
無意識に唇から漏れ出る鼻歌は、いつの間にかラブソングになっていた。
コンクリートの地面は太陽の照り返しが強くて辛い。もう少し風が吹いていたら良かったのに。
無造作に置かれた木のベンチに腰かけた途端、雪也がテラスのガラス窓をガラッと開けてこちら側に入って来た。
俺は一時停止のように動きを止めて、雪也に目線を合わせた。
「ウィッス。」
「おう。」
早速、俺が座るベンチの横に腰掛けた雪也は、背中を丸めて俺の顔をのぞきこんだ。
「晴人・・・だよな。」
「そっちこそ、本当に雪也なのか? それにしてもデカくなったよなぁ・・・今、何センチ?」
「あー185くらい。」
「クソ、羨ましいなぁ!5センチ分けてくれよ。」
「1センチくらいならな。
それにしても驚いたよ。まさか、晴人がこの高校にいるとは思わなかった。」
「俺も・・・。」
驚いたのは俺も同じだけど、あまりにも俺たちの間には会わない時間が長すぎた。
次の会話をどう切り出すか躊躇していると、はにかんだ微笑みを浮かべた雪也が、鼻の頭を親指と人差し指でつまんだんだ。
その仕草に、俺は思わずふき出した。
「それ! 懐かしいな。
昔から喋る時に、鼻を触るのがクセだったよな。」
「晴人こそ。
感情が高ぶると髪をかきむしるクセは、そのまんまだね。」
言われればやっているかも。
俺は髪をクシャクシャとかきむしりながら笑った。
「同じ学校だったなんて、今まで全然気づかなかった。
何組にいたの?」
「五組。二学期から転入してきたんだ。」
二学期・・・。どうりで知らないはずだ。
「この前、廊下で晴人が大声で自分の名前を叫んでいるのを聞いて、まさかと思ったんだ。
でも、あれ以来見かけなくなったからどうしたのかと思ってな。
今日は思い切って、全クラスに【佐藤晴人が居るか】を聞いて回ることにしたんだけど、オマエが一組で助かったよ。」
「俺を探してたの?」
「うん。」
素直に答えてくれた雪也の言葉が、無条件に嬉しかった。
急激に九年くらいのブランクがウソのように消えて、俺たちは打ち解けて近況を話しあった。
学校のこと、趣味のこと、家族のこと・・・。
次から次へとわいてくる話題が、ひとつ話せば二倍になって返ってくる会話のキャッチボールが、俺たちの気持ちをずっと高揚させるんだ。
俺は忘れていた感覚を思い出した。
友だちって、こういうことか。
※
下校時刻を過ぎても話が尽きなくて、俺たちは自転車乗り場に移動しながらも会話を続けていた。
俺が自転車にまたがると、雪也が真面目な顔をして鼻の先をつまんだ。
「あのさ、最後に・・・いい?」
「もちろん。何?」
「俺ずっと晴人に謝りたかったんだ。その・・・最後に気まずい別れ方をしたから。」
「・・・。」
俺は何も答えられなかった。
「オマエが昔、遊びで【占い】の真似ごとをしていたのを覚えている?
オマエが話したことがあまりにも当たりすぎていて、俺が驚いてオマエに癇癪を起して怒鳴ったよな。
ガキ同士のくだらない遊びなのに・・・今思えば、バカみたいだよ。」
「当然だ。俺も雪也の立場ならマジギレしたよ。」
口の中に嫌な苦味が広がる。
過去の過ちに向き合うことが、こんなにも辛いことだなんて。
申し訳なさと切なさで息苦しい。
「いや、俺が100パー悪い。
あのあと父親の仕事の都合で引っ越すことになっていたのに、意地張って言わなかったんだ。
周りの仲良かった奴らにお別れも言わないで、黙って街を離れたのがずっと心残りだったんだ。
あの時は・・・本当にゴメン。」
雪也は、俺に向かって後頭部が見えるくらい頭を下げた。
なんてことだ。
俺はあの時のことを必死に忘れようとしていたのに、雪也はずっと、俺に謝りたかったなんて・・・。
こみ上げてくるものをグッとこらえると、すぐに鼻が詰まって痛くなった。
鼻の先が赤くなる前に、俺も自転車を降りて雪也に負けじと頭を下げた。
「俺こそ無神経でゴメン! あの頃の俺は、ほんっと―にクソガキだった‼
回帰できるもんなら自分をぶん殴ってやりたい。
たぶんオマエだけじゃなくて、周りの他の奴らも無自覚に傷つけてきたと思う。
だから、許してほしいのは俺のほうだ。
お前は100パーセント悪くない!」
「ハハ。お互いに悪いって言ってりゃ世話ねーな。
クソガキか・・・確かにな。
あの時のオマエは人気者で、だいぶ調子をこいていたからな。
俺はかなり妬んでいたよ。」
「だよな。
まあそのおかげで、俺のリアルは友だちも彼女もいない【底辺ボッチ】なんだ。
神さまってちゃんと見ているよな。」
「底辺だと? その割には、みんなの前でドハデな告白をしたもんだな!」
雪也にツッコまれて、俺は全身の血が瞬時に沸騰したかと思った。
「あ、あれは違ッ・・・!」
いや、違わないか。
つい、雪也に言い訳をしようとした自分を客観視する自分は、かなり冷静だった。
もう、認めよう。
俺は観念した。
自分を騙すことができないくらい、俺は心雨のことが好きなんだ。
「雪也よ、今日はサンキューな。
いろいろスッキリした。」
「こちらこそ。今度は俺にも恋バナを聞かせろよ、先輩。
じゃ、また明日な!」
雪也は俺が見えなくなるまで手を振っていた。
俺は夕闇に自転車のヘッドライトを点灯させると、道路を蛇行運転しながら夜の街を一気に走り抜けた。
無意識に唇から漏れ出る鼻歌は、いつの間にかラブソングになっていた。
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