憧れのおねえさまは華麗に素敵な嘘を吐く~大正公爵令嬢×隻眼海軍少尉の秘密の花園~

ゆきんこ

文字の大きさ
上 下
38 / 38

#36 夕暮れに溶けるように

しおりを挟む
「麗さま!」


 生きていたのね。
 私の涙腺が緩みました。

 金の髪を潮風に揺らし、船員のような白いセーラー襟の上下に身を包んだ麗さまが、船首の先に立っていたからです。

 オッドアイを挑戦的にギラつかせてこちらを見るその姿は、とても怪我人には見えませんでした。
 紘次郎も私も壮絶な迫力に驚いてしまい、瞬きを忘れて動けません。


「教えてやるよ。この男はジョージじゃない。
 母親が帰化した英国人で、見た目が外国人に見えるから今回みたいな囮捜査に駆りだされるんだ。」
 水上警察の渡光之介だよ。」


 光之助はわざと眉を上げ、肩をすくめてみせました。
「一度も英国に行ったことはないんだけどね。」


「警察だと・・・⁉  謀はかったな!」


 珍しく怒りを露にした紘次郎は、恐ろしい声を上げました。
 ここまで感情を剥きだしにする紘次郎を見たことはありません。


「追い詰めた、と言ってほしいな。君は逃げ足が早いからね。
 ここまでしないと捕まえられなかったんだよ。」


「チッ!」


 苦々しく舌打ちして海に飛びこもうとした紘次郎を、麗さまが飛びかかって引き留めて甲板に組み伏せました。
 そして次々に船員たちが荒々しく紘次郎を押さえつけ、ジョージに扮した光之助が高らかに宣言しました。


「松平紘次郎、連続投資詐欺と徳川みつき監禁の疑いで逮捕する。」


 紘次郎は縄をかけられながらも暴れて、発狂したように叫びました。


「完璧な計画だったのに・・・どこで狂ったんだ? どこで・・・。」


「みつき!」


 麗さまが走り寄ってきて、わたしを抱きしめました。
 いつもの薔薇の匂いに包まれて、私はさまざまな感情が溢れだしました。

 でも、麗さまはうららに刺されているはずです!
 私は麗さまのお腹に触れないように少し背をそらせました。


「麗さま、ご無事で良かったです! お腹の傷は大丈夫なのですか?」 


「止血点を圧迫していたから出血が多く見えたかもしれないけど、止血できたから大丈夫。
 出血性ショックで意識がなくなったのは誤算だったけどね。
 みつきが勇気を出して海に飛びこんでくれなかったら、あのまま海に沈んでいたかもしれないね。」


「ありがとう」と言いながら、麗さまは私を抱く手に力を入れました。


「紘次郎が追いかけてくるということも、ぜんぶ分かっていらしたの?」


「彼のみつきへの執着を見ていたら、ある程度の予測はできるよ。
 というか、僕なら追いかけると思ったんだ。
 みつきへの気持ちが行き過ぎてしまうことだけは、僕たちは似ているのかもしれないね。」 


 紘次郎が吠えました。


「お前らに分かるか・・・。
 どんなに努力して結果を残しても、家の地位だけで判断されるこの世の仕組みがクソなんだよ。
 どんな手を使おうとも、私が主人公の世界を作ることの何が悪い⁉
 私の人生も、みつきも私のモノだ‼」
 

が無いんだよ。」


 私の隣に立ち、手をギュッと握りながら麗さまが答えました。


「世界が終わりを迎える時には、自分だけ生き残っていても意味がない。
 愛して愛されるこころがなければ、どんな努力もただのエゴだ。
 私はそれをみつきから教わった。」


 麗さまの手から温かい体温が伝わってきて、私は胸がいっぱいになりました。
 愛されているということは触れられないし目には見えないけれども、どれだけ素敵で力強くこころの支えになるものなのか。

 
 紘次郎は急に大人しくなりました。
 船員の格好をした水上警察に連れられてもう一台のヨットに移動させられる姿に、私は胸が張り裂けそうです。

 かつて、兄のように慕っていた紘次郎からもあたたかい温もりを感じたことがあったから。
 自転車で二人乗りをした日のこと、演劇の練習をした日のことが次々に切なく思い出されて、紘次郎の小さくなる背中を見送ると私は船上でむせび泣きました。


 さようなら。
 二度と戻らない昨日ーーー。


 ※


 海の上で見る夕日は遮るものがなく、全てが黄金色に染まっています。
 空と海の境界線がクッキリと際立ち幼いころに遊んだ影絵の記憶を呼び起こすような、不思議な錯覚を覚える光景です。


 岸へと向かうヨットはさざ波をかき分けて、港を目指して走ります。
 私と麗さまは手を繋ぎながら、少しでも体力を温存するために甲板に寝そべっていました。


 麗さまが空を見ながら囁きました。


「ねえみつき、今の私の瞳は何色に見える?」


「黄金色・・・両眼ともオレンジ色に見えます。」


「やはり、そうか。みつきも全身がオレンジ色に染まっているもの。
 生まれつきの色が違っていても、沈む太陽のまえでは皆、同じ色になるのだね。」


「同じだと、嬉しいのですか?」


「うん。安心する。
 もっと早くこのことに気づいていたら、母さんやうららを傷つけることもなかったのかもしれない。」


 私にその言葉の真意ははかりかねましたが、麗さまはご自身で何かを納得されたようでした。


「麗さま、私は麗さまにお伝えしたいことがございます。」


「なんだい?」


「二度と、私に心中しようだなんて口にしないでください。」


「心中? そんなこと、言ったかな?」


 うそぶいた麗さまが、心中してと請われた時よりも愛おしい。
 私が憧れていた【おねえさま】だった人は、華麗に私を抱き起こして甘く耳元で囁きました。
 

「じゃあ、二人が老いて動けなくなったら同じ墓に入ろうか。」


「それは・・・あまりにもこの場の配慮に欠けています!」


 麗さまは楽しそうに笑いながら、私の服に顔をうずめました。


「では、みつきを愛していると言いたいときは、どう言えばいいの?」


「何も口にせず・・・ただ一度だけ口づけを。」


 私たちはオレンジに染まる頬を寄せ合い口づけを交わしました。
 ひとつに溶けあう身体が夕暮れと同化して、いつまでも幸せが続いていくような予兆を感じました。

 
 今夜、世界は私たちふたりだけのものです。



<終>

しおりを挟む
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

婚約破棄の甘さ〜一晩の過ちを見逃さない王子様〜

岡暁舟
恋愛
それはちょっとした遊びでした

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

【掌編集】今までお世話になりました旦那様もお元気で〜妻の残していった離婚受理証明書を握りしめイケメン公爵は涙と鼻水を垂らす

まほりろ
恋愛
新婚初夜に「君を愛してないし、これからも愛するつもりはない」と言ってしまった公爵。  彼は今まで、天才、美男子、完璧な貴公子、ポーカーフェイスが似合う氷の公爵などと言われもてはやされてきた。  しかし新婚初夜に暴言を吐いた女性が、初恋の人で、命の恩人で、伝説の聖女で、妖精の愛し子であったことを知り意気消沈している。  彼の手には元妻が置いていった「離婚受理証明書」が握られていた……。  他掌編七作品収録。 ※無断転載を禁止します。 ※朗読動画の無断配信も禁止します 「Copyright(C)2023-まほりろ/若松咲良」  某小説サイトに投稿した掌編八作品をこちらに転載しました。 【収録作品】 ①「今までお世話になりました旦那様もお元気で〜ポーカーフェイスの似合う天才貴公子と称された公爵は、妻の残していった離婚受理証明書を握りしめ涙と鼻水を垂らす」 ②「何をされてもやり返せない臆病な公爵令嬢は、王太子に竜の生贄にされ壊れる。能ある鷹と天才美少女は爪を隠す」 ③「運命的な出会いからの即日プロポーズ。婚約破棄された天才錬金術師は新しい恋に生きる!」 ④「4月1日10時30分喫茶店ルナ、婚約者は遅れてやってきた〜新聞は星座占いを見る為だけにある訳ではない」 ⑤「『お姉様はズルい!』が口癖の双子の弟が現世の婚約者! 前世では弟を立てる事を親に強要され馬鹿の振りをしていましたが、現世では奴とは他人なので天才として実力を充分に発揮したいと思います!」 ⑥「婚約破棄をしたいと彼は言った。契約書とおふだにご用心」 ⑦「伯爵家に半世紀仕えた老メイドは伯爵親子の罠にハマり無一文で追放される。老メイドを助けたのはポーカーフェイスの美女でした」 ⑧「お客様の中に褒め褒めの感想を書ける方はいらっしゃいませんか? 天才美文感想書きVS普通の少女がえんぴつで書いた感想!」

思い出さなければ良かったのに

田沢みん
恋愛
「お前の29歳の誕生日には絶対に帰って来るから」そう言い残して3年後、彼は私の誕生日に帰って来た。 大事なことを忘れたまま。 *本編完結済。不定期で番外編を更新中です。

エリート警察官の溺愛は甘く切ない

日下奈緒
恋愛
親が警察官の紗良は、30歳にもなって独身なんてと親に責められる。 両親の勧めで、警察官とお見合いする事になったのだが、それは跡継ぎを産んで欲しいという、政略結婚で⁉

脅迫して意中の相手と一夜を共にしたところ、逆にとっ捕まった挙げ句に逃げられなくなりました。

石河 翠
恋愛
失恋した女騎士のミリセントは、不眠症に陥っていた。 ある日彼女は、お気に入りの毛布によく似た大型犬を見かけ、偶然隠れ家的酒場を発見する。お目当てのわんこには出会えないものの、話の合う店長との時間は、彼女の心を少しずつ癒していく。 そんなある日、ミリセントは酒場からの帰り道、元カレから復縁を求められる。きっぱりと断るものの、引き下がらない元カレ。大好きな店長さんを巻き込むわけにはいかないと、ミリセントは覚悟を決める。実は店長さんにはとある秘密があって……。 真っ直ぐでちょっと思い込みの激しいヒロインと、わんこ系と見せかけて実は用意周到で腹黒なヒーローの恋物語。 ハッピーエンドです。 この作品は、他サイトにも投稿しております。 表紙絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品(写真のID:4274932)をお借りしております。

離婚した彼女は死ぬことにした

まとば 蒼
恋愛
2日に1回更新(希望)です。 ----------------- 事故で命を落とす瞬間、政略結婚で結ばれた夫のアルバートを愛していたことに気づいたエレノア。 もう一度彼との結婚生活をやり直したいと願うと、四年前に巻き戻っていた。 今度こそ彼に相応しい妻になりたいと、これまでの臆病な自分を脱ぎ捨て奮闘するエレノア。しかし、 「前にも言ったけど、君は妻としての役目を果たさなくていいんだよ」 返ってくるのは拒絶を含んだ鉄壁の笑みと、表面的で義務的な優しさ。 それでも夫に想いを捧げ続けていたある日のこと、アルバートの大事にしている弟妹が原因不明の体調不良に襲われた。 神官から、二人の体調不良はエレノアの体内に宿る瘴気が原因だと告げられる。 大切な人を守るために離婚して彼らから離れることをエレノアは決意するが──。 ----------------- とあるコンテストに応募するためにひっそり書いていた作品ですが、最近ダレてきたので公開してみることにしました。 まだまだ荒くて調整が必要な話ですが、どんなに些細な内容でも反応を頂けると大変励みになります。 書きながら色々修正していくので、読み返したら若干展開が変わってたりするかもしれません。 作風が好みじゃない場合は回れ右をして自衛をお願いいたします。

女の子大好きな色男に惚れた騎士隊長は、BL展開のつもりでいました

ミクリ21
恋愛
女の子大好きな色男の魔法剣士のマリウス。 彼に惚れてしまった騎士隊長のジョルテは、BL展開になってもいいから積極的にアピールをする。 女の子大好きなマリウスは、当然それを迷惑がっていた。 誰もがマリウスを男だと思っていたので、誰もがBLだと思っていた………しかし! 実はマリウスは………男じゃなくて女だった!?

処理中です...