16 / 38
#16 足入れ
しおりを挟む
「結婚式まで半年以上も先なのに、ずいぶん早い【足入れ】になったわねえ。」
新品のパリッとした赤いスーツに身を包んでいる恵子おばさまは、車の後部座席で頬に手をあててニコニコと笑いました。
私たちを乗せた車は、綾小路家を出て錦町の五色家へと走っています。
車のトランクには、最低限の生活用品が入った私の旅行カバンと通学カバンが積まれていました。
「お忙しい中、【足入れ】のご挨拶に付き添っていただき、ありがとうございます。」
私は白い正絹の振り袖が床につかないように気をつけながら、隣に座るおばさまにお辞儀をしました。
※
ちょうど一ヶ月前、綾小路家と五色家の結納はつつが無くとり行われました。
そしてやはり【女学院を卒業するのと同時に結婚式をあげることとする】とお父様が主張したので、私は麗さまの意を汲んで【足入れ】をすることにしたのです。
【足入れ】とは、婚前に【婚家】に【嫁】が式までの期間に一泊したり、婚家と在家を行き来することです。
今日は仲人であるおばさまと五色家のご家族に挨拶をした後、一か月は連泊するつもりです。
もちろん【足入れ】期間中は、女学院に通うこともできますし花嫁修業もしていただく予定です。
「それにしても、五色家の麗さまはみつきさんに一目ぼれですって?
隻眼で怖い方という噂だけど、意外な一面もあるのね。」
「怖いなんて、とんでもない。悪い噂に過ぎませんわ。
麗さまはとても優しい方です。それでいて美しくて品が良くて、知性もあって、それから・・・。」
麗さまのことを思い浮かべながら話すと、おばさまはニヤニヤしながら私の背中をたたきました。
「ごちそうさま!若いって良いわね!!」
私は恥ずかしくて、車を運転している斉木さんをミラー越しにチラリと見てしまいました。
女性だけの空間なら恋の話も良いのですが、このような場面の男性は気まずいに違いありません。
おばさまは周りの様子など気にする風でもなく、話を続けます。
「軍人は戦争が始まればなかなか家には戻れないかもしれないし、今夜が勝負かもね!」
「勝負?」
「【足入れ】は結婚までの期間に婚家のご家族に気に入って頂いたり、花嫁修業をするのが目的だけど、いちばん大事なのは麗さまとの肌の相性よ。
つまり、夜の営みね。」
「夜の・・・?
やだあ、おばさまったら・・・。」
今度は確かに斉木さんの視線を感じます。
私は帯にさしている扇子を取り出し、扇いでいるフリをして顔を隠しました。
「男性が苦手なあなたでも、性のしくみは女学院で習ったわよね?」
おばさまの声に熱が入ります。
居たたまれない気持ちになりながらも、私は弱々しくうなずきました。
「ええ、まあ。」
「流れにまかせて、お相手に身をゆだねてね。
あ、事前に電気は消しておいたほうがお互いのためよ。
いい? コトが済んだら、騒いだり泣いたり感情を表に出さないで『良かったです』とひとことだけ言うのよ。」
あからさまな夜の営みについての助言を受けて、私は五色家の門をくぐるまで顔の火照りが取れませんでした。
※
「ようこそいらっしゃいました。私は奥女中の女中頭、八重子です。」
見覚えのある細い目の女性が、私を見て微笑みました。
それは以前、紘次郎が買収しようとした女中でした。
おばさまが車から荷物を下ろしている間に、八重子が私にだけ聞こえる声で囁きました。
「本日は、あの二枚目さまはご一緒ではなかったのですね。」
「先日は家の者が、たいへん失礼なことをして申し訳ありませんでした。」
私は冷や汗をかきながら頭をさげました。
八重子は涼しい顔で微笑みました。
「いいえ。
かえってこちらこそ、書生さまの提案に乗るフリをして麗さまに言いつけたのですから、お互いさまでは?
お嬢様には本音を言いますが、あたしゃ顔と口が良すぎる男は信用しないことにしているんです。
主以外はね。」
八重子の方が紘次郎より一枚上手だったということでしょう。
私を先導する八重子を見たおばさまが、あとから来てそっと耳打ちしました。
「こんなに若いのに女中頭だなんて、相当なやり手ね。」
「私もそう思います。」
新品のパリッとした赤いスーツに身を包んでいる恵子おばさまは、車の後部座席で頬に手をあててニコニコと笑いました。
私たちを乗せた車は、綾小路家を出て錦町の五色家へと走っています。
車のトランクには、最低限の生活用品が入った私の旅行カバンと通学カバンが積まれていました。
「お忙しい中、【足入れ】のご挨拶に付き添っていただき、ありがとうございます。」
私は白い正絹の振り袖が床につかないように気をつけながら、隣に座るおばさまにお辞儀をしました。
※
ちょうど一ヶ月前、綾小路家と五色家の結納はつつが無くとり行われました。
そしてやはり【女学院を卒業するのと同時に結婚式をあげることとする】とお父様が主張したので、私は麗さまの意を汲んで【足入れ】をすることにしたのです。
【足入れ】とは、婚前に【婚家】に【嫁】が式までの期間に一泊したり、婚家と在家を行き来することです。
今日は仲人であるおばさまと五色家のご家族に挨拶をした後、一か月は連泊するつもりです。
もちろん【足入れ】期間中は、女学院に通うこともできますし花嫁修業もしていただく予定です。
「それにしても、五色家の麗さまはみつきさんに一目ぼれですって?
隻眼で怖い方という噂だけど、意外な一面もあるのね。」
「怖いなんて、とんでもない。悪い噂に過ぎませんわ。
麗さまはとても優しい方です。それでいて美しくて品が良くて、知性もあって、それから・・・。」
麗さまのことを思い浮かべながら話すと、おばさまはニヤニヤしながら私の背中をたたきました。
「ごちそうさま!若いって良いわね!!」
私は恥ずかしくて、車を運転している斉木さんをミラー越しにチラリと見てしまいました。
女性だけの空間なら恋の話も良いのですが、このような場面の男性は気まずいに違いありません。
おばさまは周りの様子など気にする風でもなく、話を続けます。
「軍人は戦争が始まればなかなか家には戻れないかもしれないし、今夜が勝負かもね!」
「勝負?」
「【足入れ】は結婚までの期間に婚家のご家族に気に入って頂いたり、花嫁修業をするのが目的だけど、いちばん大事なのは麗さまとの肌の相性よ。
つまり、夜の営みね。」
「夜の・・・?
やだあ、おばさまったら・・・。」
今度は確かに斉木さんの視線を感じます。
私は帯にさしている扇子を取り出し、扇いでいるフリをして顔を隠しました。
「男性が苦手なあなたでも、性のしくみは女学院で習ったわよね?」
おばさまの声に熱が入ります。
居たたまれない気持ちになりながらも、私は弱々しくうなずきました。
「ええ、まあ。」
「流れにまかせて、お相手に身をゆだねてね。
あ、事前に電気は消しておいたほうがお互いのためよ。
いい? コトが済んだら、騒いだり泣いたり感情を表に出さないで『良かったです』とひとことだけ言うのよ。」
あからさまな夜の営みについての助言を受けて、私は五色家の門をくぐるまで顔の火照りが取れませんでした。
※
「ようこそいらっしゃいました。私は奥女中の女中頭、八重子です。」
見覚えのある細い目の女性が、私を見て微笑みました。
それは以前、紘次郎が買収しようとした女中でした。
おばさまが車から荷物を下ろしている間に、八重子が私にだけ聞こえる声で囁きました。
「本日は、あの二枚目さまはご一緒ではなかったのですね。」
「先日は家の者が、たいへん失礼なことをして申し訳ありませんでした。」
私は冷や汗をかきながら頭をさげました。
八重子は涼しい顔で微笑みました。
「いいえ。
かえってこちらこそ、書生さまの提案に乗るフリをして麗さまに言いつけたのですから、お互いさまでは?
お嬢様には本音を言いますが、あたしゃ顔と口が良すぎる男は信用しないことにしているんです。
主以外はね。」
八重子の方が紘次郎より一枚上手だったということでしょう。
私を先導する八重子を見たおばさまが、あとから来てそっと耳打ちしました。
「こんなに若いのに女中頭だなんて、相当なやり手ね。」
「私もそう思います。」
0
お気に入りに追加
11
あなたにおすすめの小説
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
ウブな政略妻は、ケダモノ御曹司の執愛に堕とされる
Adria
恋愛
旧題:紳士だと思っていた初恋の人は私への恋心を拗らせた執着系ドSなケダモノでした
ある日、父から持ちかけられた政略結婚の相手は、学生時代からずっと好きだった初恋の人だった。
でも彼は来る縁談の全てを断っている。初恋を実らせたい私は副社長である彼の秘書として働くことを決めた。けれど、何の進展もない日々が過ぎていく。だが、ある日会社に忘れ物をして、それを取りに会社に戻ったことから私たちの関係は急速に変わっていった。
彼を知れば知るほどに、彼が私への恋心を拗らせていることを知って戸惑う反面嬉しさもあり、私への執着を隠さない彼のペースに翻弄されていく……。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?
すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。
「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」
家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。
「私は母親じゃない・・・!」
そう言って家を飛び出した。
夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。
「何があった?送ってく。」
それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。
「俺と・・・結婚してほしい。」
「!?」
突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。
かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。
そんな彼に、私は想いを返したい。
「俺に・・・全てを見せて。」
苦手意識の強かった『営み』。
彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。
「いあぁぁぁっ・・!!」
「感じやすいんだな・・・。」
※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。
※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。
※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。
それではお楽しみください。すずなり。
【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される
奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。
けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。
そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。
2人の出会いを描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630
2人の誓約の儀を描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」
https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!
元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~
おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。
どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。
そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。
その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。
その結果、様々な女性に迫られることになる。
元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。
「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」
今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。
ヤンデレ騎士団の光の聖女ですが、彼らの心の闇は照らせますか?〜メリバエンド確定の乙女ゲーに転生したので全力でスキル上げて生存目指します〜
たかつじ楓*LINEマンガ連載中!
恋愛
攻略キャラが二人ともヤンデレな乙女ーゲームに転生してしまったルナ。
「……お前も俺を捨てるのか? 行かないでくれ……」
黒騎士ヴィクターは、孤児で修道院で育ち、その修道院も魔族に滅ぼされた過去を持つ闇ヤンデレ。
「ほんと君は危機感ないんだから。閉じ込めておかなきゃ駄目かな?」
大魔導師リロイは、魔法学園主席の天才だが、自分の作った毒薬が事件に使われてしまい、責任を問われ投獄された暗黒微笑ヤンデレである。
ゲームの結末は、黒騎士ヴィクターと魔導師リロイどちらと結ばれても、戦争に負け命を落とすか心中するか。
メリーバッドエンドでエモいと思っていたが、どっちと結ばれても死んでしまう自分の運命に焦るルナ。
唯一生き残る方法はただ一つ。
二人の好感度をMAXにした上で自分のステータスをMAXにする、『大戦争を勝ちに導く光の聖女』として君臨する、激ムズのトゥルーエンドのみ。
ヤンデレだらけのメリバ乙女ゲーで生存するために奔走する!?
ヤンデレ溺愛三角関係ラブストーリー!
※短編です!好評でしたら長編も書きますので応援お願いします♫
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる