エロサーガ 童貞と処女の歌

鍋雪平

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第七章「セックス」

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「クライオ様! こんなところにいらしたのですね?」
「また君か。今度は何の用だ?」
「先ほどは大変失礼いたしました。突然押しかけてしまい、ご迷惑であることは重々承知しております。ですが、せめてお話だけでも……」
「もう帰ってくれ。ここは俺の家じゃない」
 クライオは毎年、地元の百姓たちが畑の収穫を終えて慌ただしく冬支度を始める時期になると、山麓にある寒村まで下りてきて鍛冶場を借りた。
 集落共用の煉瓦窯や砥石台を使って、自分の狩猟道具を手入れするためだ。
 獲物を解体する際に使うナイフ、弓の矢じりや返しつきの釣り針、木を倒して枝を切るための斧や鉈など、根無し草とはいえ何かと持ち歩くものは多い。
 この共同窯と呼ばれるものは、帝国の文化に共通する代表的な施設のひとつで、パンやスープなど日常的な料理を作る際にもよく使われた。住民同士の結びつきが強い田舎の集落のみならず、森林が少なくて薪代が高くつく都市部などでも多く見られた。
「クライオ様は、すでにご結婚なされておいでで?」
「いや、まだだが」
「でしたら、将来そのご予定はおありで? 現在お付き合いされている恋人はいらっしゃいますか?」
「だから、どうしてそんな質問に答える必要がある?」
 人里離れた森の中でひっそりと暮らす先住民にならい、半猟半農の生活を続けるクライオの日常は、いつも今日の食料や寝床を探すところから始まった。
 毎年夏になると山で狩りをし、冬になると凍らぬ川で釣りをする。たまに面白そうな種を拾ってきて植えてみたり、干した肉やなめした皮を元手にして、集落の住民へ物々交換を持ちかけたりする。
 地主から畑を借りて小作農になるよりは気楽だが、それでも明日のことを考えると遊んでいる余裕はない。自分の土地を持たないのでまともな家は建てられず、雨風にさらされてひもじい思いをすることもある。
「ということは、やっぱり童貞なんですか? 童貞なんですよね?」
「いい加減しつこいな。だったら何だというんだ」
「そんなに恥ずかしがらなくてもよろしいじゃありませんか。だって男の子は、生まれた時からみんな童貞なんですから。それならそうと正直に仰ってくださいな」
「べつに隠しているわけじゃない。そんなふうに馬鹿にされたくないだけだ」
 エロナは、にやけた口元を隠してむふふっといやらしく笑った。いささか気を許したのか、普段通りの言葉遣いをまじえて親しげに接してくる。
 それでもクライオは、まるで意に介さず鬱陶しげに汗をぬぐい、ひたすら金床めがけて鉄槌を振り下ろす。真っ赤に焼かれた延べ棒から火花が飛び散り、エロナは慌てて引き下がる。
「セックスだ」
「えっ?」
「俺たちには、どんなにしたくてもできないことがある」
「それってつまり、法律で禁じられた犯罪のことでしょうか……?」
 女人と交わり禁忌を犯すこと。これすなわちセックスなり。
 これは、精霊術の師であるウルリクという男から教わった言葉だ。
 一年を通して氷に覆われた極寒の大地で生きる北方民族の男たちは、自分たちのことを狼人と呼ぶ。群れからはぐれて孤独にさまよう一匹狼だ。
 大きく分けて、トナカイの群れを追いかけて犬ぞりを引く遊牧系と、カヌーに乗ってクジラやアザラシを仕留める狩猟系がいて、警戒心が強く好戦的な部族として知られた。
「そもそも、俺はもう童貞なんかじゃない」
「ええっ……!?」
「そこまで大げさに驚かれると、むしろ心外だな」
 クライオは、普段からいつもこんなふうによく軽口を叩いた。ずっと森の中で誰とも会わずに暮らしてきただけに、心の中で思ったことがついつい口に出てしまう。
「ここじゃ周りに人が多くて話せない。答えが知りたければ、黙ってついてこい」
 その意味深な物言いに一抹の不安を覚えつつも、エロナは負けじと勇気を振り絞って覚悟を決める。
 川の流れをさかのぼって尾根を登っていった先に広がるのは、手つかずの自然が広がる未開の森林だった。
 途方もない年月をかけて育った大木は見上げても届かず、崖から落ちた岩がごろごろ転がっていて足場もすこぶる悪い。
 いつの間にか遠ざかってしまったクライオの背中を追いかけて、エロナも置いていかれないように必死でついていく。
 一応は立ち止まったまま待ってくれているようだが、ぐずぐずしているうちに刻々と日没が迫ってくる。
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