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第五章「美しすぎる魔女」
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「和睦の提案ですって?」
使いの者からじかに自分宛ての書簡を手渡されたアンブローネは、半信半疑ながらも文面に目を通したあと、読み捨てるように一笑に付した。
それもそのはず、何の前触れもなくいきなり兵を挙げて攻め込んできたのはエゼキウス王だ。国境を侵されて防衛する側としては、もとより否も応もなく戦争は避けられない。
これまで、どうにかこうにか事態を収拾するべく何度も交渉を持ちかけてきたのに、相手方は黙りを決め込んで返事も寄越さず。
それがここに来て、どういうわけか向こうから停戦を申し出てきた。
「我が君ダリオン様。反撃するならば今こそ好機です」
「よし、この時を待っておった。久しぶりの戦に腕が鳴るわい。アンブローネよ、留守は任せたぞ」
「いいえ、わざわざ我が君がご出陣なさるまでもありません。万が一のことがあってはなりませぬゆえ、ダリオン様は居城にお残りくださいませ」
「何だと?」
「おそらくエゼキウス王は、すでに虫の息。もう長くはありますまい」
暴君ダリオンは、おのが腹心である魔女アンブローネに対して全幅の信頼を置いていた。百発百中とは言わないまでも、彼女の占いはおおむね当たると信じていた。
さりとて、政治や外交ならばまだしも、いざ戦争となれば知恵を絞らずとも勝てる自信がある。たとえ負けるとわかっていても戦わずにはいられないのが、暴君ダリオンという人物の長所でもあり短所でもあった。
実際、これまでも何度となくそうした状況をひっくり返してきたからこそ今がある。
「僭越ながら、ここはかの者に初陣の機会を与えてみてはいかがでしょう?」
「と言うと?」
「ダリオン様の甥っ子に当たるゲリオンなる若者は、あれ以来、謹慎を命じられてすっかり反省しております。女人との交わりを断って洞窟にこもり、姦淫はおろか自涜さえも禁じているとか」
「あいつは駄目だ。未成年のくせに酒を飲んで酔っ払い、あろうことか神殿の巫女に乱暴を働いた奴だぞ? あんなろくでなしは将来絶対ろくな大人にならん」
「この世になくてはならぬ男というのは、時々あってはならぬ行いをするものです。それこそ、若かりしころの旦那様がそうであったように」
「おまえがそこまで言うなら、好きにするがいい。ただし、余は一切あずかり知らんぞ」
使いの者からじかに自分宛ての書簡を手渡されたアンブローネは、半信半疑ながらも文面に目を通したあと、読み捨てるように一笑に付した。
それもそのはず、何の前触れもなくいきなり兵を挙げて攻め込んできたのはエゼキウス王だ。国境を侵されて防衛する側としては、もとより否も応もなく戦争は避けられない。
これまで、どうにかこうにか事態を収拾するべく何度も交渉を持ちかけてきたのに、相手方は黙りを決め込んで返事も寄越さず。
それがここに来て、どういうわけか向こうから停戦を申し出てきた。
「我が君ダリオン様。反撃するならば今こそ好機です」
「よし、この時を待っておった。久しぶりの戦に腕が鳴るわい。アンブローネよ、留守は任せたぞ」
「いいえ、わざわざ我が君がご出陣なさるまでもありません。万が一のことがあってはなりませぬゆえ、ダリオン様は居城にお残りくださいませ」
「何だと?」
「おそらくエゼキウス王は、すでに虫の息。もう長くはありますまい」
暴君ダリオンは、おのが腹心である魔女アンブローネに対して全幅の信頼を置いていた。百発百中とは言わないまでも、彼女の占いはおおむね当たると信じていた。
さりとて、政治や外交ならばまだしも、いざ戦争となれば知恵を絞らずとも勝てる自信がある。たとえ負けるとわかっていても戦わずにはいられないのが、暴君ダリオンという人物の長所でもあり短所でもあった。
実際、これまでも何度となくそうした状況をひっくり返してきたからこそ今がある。
「僭越ながら、ここはかの者に初陣の機会を与えてみてはいかがでしょう?」
「と言うと?」
「ダリオン様の甥っ子に当たるゲリオンなる若者は、あれ以来、謹慎を命じられてすっかり反省しております。女人との交わりを断って洞窟にこもり、姦淫はおろか自涜さえも禁じているとか」
「あいつは駄目だ。未成年のくせに酒を飲んで酔っ払い、あろうことか神殿の巫女に乱暴を働いた奴だぞ? あんなろくでなしは将来絶対ろくな大人にならん」
「この世になくてはならぬ男というのは、時々あってはならぬ行いをするものです。それこそ、若かりしころの旦那様がそうであったように」
「おまえがそこまで言うなら、好きにするがいい。ただし、余は一切あずかり知らんぞ」
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