エロサーガ 童貞と処女の歌

鍋雪平

文字の大きさ
上 下
32 / 57
第四章「賢者と生娘の別れ」

032

しおりを挟む
「エロナよ。そなたにひとつ、頼みたいことがある」
「……もしかして、エッチなお願いですか?」
 エロナは、緊張のあまり声をうわずらせて内心わずかに身構える。
「いにしえより伝わるこの聖剣を、クライオ王子のもとへ届けておくれ」
「クライオ王子とは……?」
「始祖の血脈を受け継ぎし王家の落とし子じゃ。もはや、この道徳も倫理もなき乱れた世の中を正せるのは、帝位を継承する資格を持った童貞の王子しかおらん」
 このころ、東方のアスタリア王国から大艦隊を率いて侵攻してきたエゼキウス王が、悪女ネラの呪いにかかって病床にあることは、いまだ世間に知れ渡っていなかった。
 部隊の士気が下がることを恐れた参謀たちが、箝口令を敷いて容態を隠していたからだ。
 当然ながら、皇太子アクセル二世が叔父のもとを離れて出奔した事実も伏せられている。
「よいか、エロナよ。これからは、わしのかわりにそなたが主君に仕え、陰ながらお支えするのじゃ」
「わたくしが、童貞の王子様を……?」
 賢者グリフィムは、遠慮がちながらもおずおずと歩み出てきたエロナの腕を引き寄せ、王家伝来の剣を握らせる。
 金ごしらえの鞘におさめられた小剣だ。短剣と言うには少し長く、長剣と言うにはいささか短い。
「……ですが、そのクライオ様と仰られるお方は、わけあって出自をお隠しになられた王家のご落胤なのでしょう? 今はどこで何をしているかも知れないのに、どうやって見つければよいのです?」
「すべての真実は、この本の中に書かれておる」
 それからさらに賢者グリフィムは、合鍵を使って書斎机の引き出しを開けると、革製の表紙で綴じられた分厚い書物を手渡す。
 これこそ、賢者グリフィムが未完のまま残した最後の作品であり、この童貞と処女の歌と題された物語の原典だ。
「じゃが、いずれ来たるべき時が訪れるまで、誰にも秘密を明かしてはならんぞ。もちろん当の本人たるクライオ王子にもじゃ。さもなくば、よからぬことをたくらむ輩にお命を狙われてしまうからの」
「いずれ来たるべき時とは……?」
「それは、クライオ王子がみずから童貞を捨てて皇帝となる時じゃ。はたしておのが仕えるべき君主にふさわしい人物かどうか、そなた自身の目で確かめるがよい」
 ランタンに明かりをともして扉を開けると、満ちた月にまだらな雲が立ち込める不穏な夜だった。
 今しがたようやく雨が上がったものの、地面は泥だらけでぬかるんでいる。
 出かけ際におんぼろのローブを羽織らされたエロナは、正体を怪しまれぬようにフードをかぶって長耳を覆う。
「さあ、早う行け。夜が明けてしまうまえに」
「ですが、ご主人様は……」
「わしのことなら心配するでない。今はただ、一人きりにさせておくれ」
「しからば、しばしのあいだお暇をいただきます」
 エロナは、雨に濡れぬよう胸のうちに書物を隠したままお辞儀をする。
 エプロン姿のまま腰に剣を帯びた出で立ちは、はたから見ても不格好と言うほかない。
 戸口に立ってエロナの旅立ちを見送ったあと、誰もいない真っ暗な我が家に取り残されたグリフィムは、脱ぎたての靴下を匂ってにわかに発作を起こし、うっと胸を押さえて倒れ込む。
「女神様よ、お許しくだされ。わしの中にも、邪悪な心が……」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

借金した女(SМ小説です)

浅野浩二
現代文学
ヤミ金融に借金した女のSМ小説です。

今日の授業は保健体育

にのみや朱乃
恋愛
(性的描写あり) 僕は家庭教師として、高校三年生のユキの家に行った。 その日はちょうどユキ以外には誰もいなかった。 ユキは勉強したくない、科目を変えようと言う。ユキが提案した科目とは。

職場のパートのおばさん

Rollman
恋愛
職場のパートのおばさんと…

ドマゾネスの掟 ~ドMな褐色少女は僕に責められたがっている~

ファンタジー
探検家の主人公は伝説の部族ドマゾネスを探すために密林の奥へ進むが道に迷ってしまう。 そんな彼をドマゾネスの少女カリナが発見してドマゾネスの村に連れていく。 そして、目覚めた彼はドマゾネスたちから歓迎され、子種を求められるのだった。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

処理中です...