エロサーガ 童貞と処女の歌

鍋雪平

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第二章「童貞の子」

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 岩屋に隠れた温泉で湯を浴びて芯から身体を温めたフローディアは、たいまつを持って霊峰へおもむく。
 乳飲み子を抱いた女神の石像が、見晴らしのよい断崖にたたずんでいる。口元にたたえた微笑みが、かがり火に照らされて不気味な陰りを帯びる。
「もしや、この花は……」
 胸のうちで両手を組んで祈りを捧げたフローディアは、ふと雪の下に埋もれた野花に目をとめる。
「母の慈愛、感謝の思い、そして……」
 季節外れの時期に咲いた徒花は、儚くも実を結ばずに散りゆく様子から、その由来にちなんで犠牲や献身の象徴とされた。
「――お母さん、僕とセックスしよう!」
 ろくに目の前さえ見えない吹雪をかいくぐり、フローディアのあとを追って山頂まで登ってきたクライオは、膝に手をついて息せき切らしながら、思いきって叫んだ。
「セックスですって……!?」
 フローディアは、驚きのあまり思わず大きな声で聞き返した。ついつい禁句を口走ってしまい、我に返って慌てて否定する。
「あなた、その言葉がどんな行為を意味するのか、本当にわかっているの?」
「もちろんさ」
「いいえ、何もわかっていないわ。いくら知識や技術ばかり学んでも、実際にそれを経験しなければ、本当の意味で覚えたことにはならない」
「だったら教えてよ! 僕はただ、本当のことが知りたいんだ!」
 ――そもそも魔法とは何なのか?
 これは、帝国の滅亡に隠された不可解な謎だ。
 そんなものは所詮、大昔の人々が恐れていた迷信だと笑い飛ばす者たちもいれば、今もなおひそかに集まって信仰を続ける者たちもいる。
 これまでの研究によると、女性はおおむね男性よりも魔術の才能に優れており、その儀式は性的な行為と密接に関係しているという。
 そして、昔から英雄は色を好むと言われるように、歴史にその名を刻んだ男たちは、なぜか変わった趣味や嗜好の持ち主であることが多い。
「……僕は本当に、お母さんの子供なの?」
 クライオは、じっと下を向いたまま今にも消え入りそうな声でつぶやく。
「たとえ誰が何と言おうとも、私はあなたの母であり、あなたは私の息子です」
「そんなの嘘だ! 嘘に決まってる!」
「母親という女には、どれだけ聞かれても答えられない質問があるのです! それもこれも、すべてはあなたの気持ちを思えばこそ……」
「だったらどうして、僕を捨ててどこかへ行ってしまうの?」
 フローディアは、そっと伸ばしかけた手を引っ込めて二の足を踏んだ。炎に揺らめく影を背にして崖っぷちまであとずさる。
 禁じられた行為への恐れと、おのれの信仰に対する疑いが、寂しさにもだえる身体の中で激しく葛藤する。
「……いいえ、やっぱり駄目よ。あなたはまだ小さいわ。真実を知るには早すぎる」
「いつか僕が大きくなったら、秘密を教えてくれるの?」
 クライオは、とめどなくあふれる涙をぬぐって泣きじゃくり、おもむろにフローディアを仰ぎ見る。
「あなたが立派に成長して大人になるころ、私はとっくにおばさんよ? きっとその時にはもう、あなたにとってふさわしい相手ではないわ。それでもいいの?」
 息が詰まるような思いにきつく胸を締めつけられたフローディアは、いても立ってもいられず駆け寄ってクライオを抱きしめる。
「私にとってあなたは、いくつになっても大切な息子よ。どんなに大きくなってもね。だから、そんなに急いで大人にならないで。いつまでも子供のままでいて。たとえそれが、母として許されぬ願いだったとしても……」
 もしも子育てというものが、親の願望を子供の将来に託すことだとすれば、男を知らぬまま大人になったフローディアにとって息子のクライオは、いつか自分の夢を叶えてくれる理想の恋人だったに違いない。
 聖女フローディアから惜しみなく注がれた執拗なまでの愛情は、やがて呪縛のようにクライオ自身の精神を苦しめるようになる。
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