夢で逢えたら

相沢蒼依

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逢瀬

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***

 まったく仕事のできない上司橘のせいで、サブチーフである高橋はほぼ毎日残業を強いられていた。

 前の上司のときは月に2~3日程度の残業だったというのに、無茶ぶりな状態で仕事を引き受けた挙げ句の果てに、仕事のほとんどを高橋たちに放り投げて、自分だけはさっさと帰ることを繰り返す。

 そんな無能な上司に自分だけじゃなく、同僚たちも殺意を抱いていると思われた。

(しかもここでいい人を演じることにも、かなり疲れてきた――)

「高橋さん大丈夫ですか? 顔色があまり良くないですけど」

 デスクから一番遠い席にいる部下が話しかけてきたので高橋が顔を上げると、ちょっとだけ困った感じの視線とぶつかった。その雰囲気がなぜだか青年と初めて出逢ったときのものと似ていて、ハッとする。

「ああ、大丈夫。キリのいいところを見計らって、さっさと帰ることにするから」

「そうですか。これ差し入れです。どうぞ!」

 ビニール袋を片手にわざわざ高橋の傍に来て、栄養ドリンクを差し出してきた。

「気が利くな。ありがと」

「いえいえ。俺、みんなのように満足に仕事ができないので、こんなことでしかフォローできなくてすみません」

「そんなことはないよ。君が雑務をこなしてくれるから、面倒くさい仕事に手をつけることができるんだからね」

 高橋の言葉に、残っていた同僚が同調するように笑顔で応えた。

(他の奴らが残業で、この場に残っていてくれて助かった。誰もいなかったら目の前にいる彼に、手を出してしまう恐れがある――)

 それくらい、高橋の心と躰が追い詰められていた。

 変な噂がたたないように、会社の人間には手を出さないことをポリシーにしているが、状況によってはそれを覆すくらいの強いなにかが、高橋をつき動かそうとしていた。

 手渡された栄養ドリンクの蓋を開けて、中身を一気に飲み干す。疲れ切った躰に、それが染み渡るような気がした。お蔭で頭が冴えたので、言葉通りにキリのいいところまで仕事をしようとしたが、ふと手が止まってしまった。

(青年と行為に及んだのはいつだっただろうか。こうしてわざわざ考えない限りそれを忘れて、仕事に忙殺されてしまいそうだ――)

 高橋は自前のノートパソコンの画面をぼんやりしたまま見つめて、そのときのことを必死になって思い出してみる。

『痛いです、そんなにキツく縛らないでください』

 すると青年の声が頭の中に響いた。迷惑そうなその声で、前回は紐を使って行為に及んだことをなんとか思い出す。赤い紐が青年の肌に食い込み、白い肌を際立たせていた。苦痛で歪む顔すら煽情的に見える。

「キツく縛らないとヤってる最中に外れてしまったら、元も子もないだろ。今日は間違いなく気持ちよすぎて、はるくんが逃げちゃうかもしれないからね」

「逃げる?」

 高橋の言葉に反応して訝しげな表情を浮かべた青年の前に、持っていたチューブを見せつけた。

「催淫剤入りのコレを、はるくんのどこに使ったら、一番感じるだろう?」

 嬉しさを滲ませた高橋のセリフを聞いて、青年はベッドの上で膝を使って、じりじりと後退していく。上半身だけ赤い紐で拘束して、足は自由に動かせるようにしていた。しかし躰のバランスを取りにくい方法で縛りあげているので、間違いなくすぐに転んでしまうのが想像つく。

「はるくん、どうして逃げるのかな? これからすっごく気持ちいいコトをするのに」

「そんな変なもの……、使わないでください」

「拒否する権利が最初からないのは、分かっているはずだよね。それなのにそんな生意気なことを言うなんて、はるくんにはお仕置きが必要だな」

 高橋が言い終わらない内に、ベッドから飛び降りて駆け出した青年は、目論見どおりにその場に転んでうずくまる。

「やれやれ。そんな恰好で逃げだしたら、いい笑い者になるというのに。ほら、立てよ」

 高橋は青年の長い前髪を掴んで強引に立たせてから、空いた手で平手打ちした。

 ぱんっ!

「うぅっ……」

 叩かれた音と一緒に、青年のうめき声が室内に響いた。

「俺を落胆させるな。おまえはすべてを悦んで受け入れるだけでいい、分かったな?」

「…………」

 返事をせずに唇を噛みしめる青年の態度に、掴んでいる前髪を引っ張りあげながら、頭をゆらゆら揺さぶる。

「そうやって反抗するなら、俺よりも鬼畜なことをする場所に連れて行くけど、それでいいのか? 複数に輪姦されるだけじゃなく、もっとえぐいプレイをする連中だ。俺のように容赦はしない」

「くっ!」

 高橋を見下す青年からは、悲壮感がひしひしと漂ってきた。

「どっちがいいなんて、聞くまでもなかったか。だってはるくんは俺を選ぶだろう?」

 手荒に掴んでいた前髪から手を外して、青年のシャープな頬をなぞるように撫でた。すると怒りなのか悲しみからなのか、少しだけ震える口内の様子を指先に感じた。

(必要のない感情を吹き飛ばすコトをしてあげようじゃないか。イキたくて堪らない感覚を追いかけるようなプレイをしなくちゃね)

「さぁベッドに戻ってもらおう。いいコだ」

 高橋は首元を縛っている紐を掴んでベッドに誘導すると、青年は落胆した顔のまま素直について来た。ベッドに到着する寸前で紐を手荒に引っ張って、うつ伏せに寝かせる。

「うわっ!」

「そのままケツを突き出せ、もたもたするな」

「……変な薬を使うのはやめてくださぃ。それ以外のことなら、なんだってしますから」

 高橋が命令したことを無視して、青年は捨てられた子猫のように背中を丸め、躰を縮こませて振り返りながら哀願した。

「へぇ、そんなことを言うんだ。どうやらはるくんはお友達に、自分が映っている卑猥な写真を見せたいと思っているらしいね」

「それは絶対に嫌です! でも薬を使うのも嫌なんです」

「あれも嫌、これもイヤなんて言える立場じゃないのにな」

 言うなり傍らに置いてあったそれを、青年の口に無理やり突っ込んだ。

「ぐうぅっ!」

「ほらほら、もっと咥えこんで濡らしてくれよ。これを使って、下のお口に突っこむんだから。それにワガママばかりを言う口を塞ぐことにもなって、これはこれで一石二鳥だね」

 高橋の手によって仰向けにされた青年は、強引にねじ込まれるバイブを喉の奥まで入れられ、苦しさに喘ぎながら躰をヒクつかせた。

「おまえには最初っから、拒否する権利がないって言ってるだろ。俺が要求したことのすべてを飲み込むんだ」

「ぅうっ、ん……くっ」

 やがてきつく閉じた青年の瞼から、筋を引いて涙が零れ落ちた。止めどなく溢れる涙を見た高橋は、下卑た笑いを唇に湛えつつ考えた。

 この涙を歓喜のものに変えてやろうと――。
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