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貴方に逢えたから
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高橋は躰に受ける胸苦しさや締めつけを感じて、重たいまぶたをやっと開ける。窓から日の光が入り込み、部屋の中は薄っすらと明るかった。そのまま自身の躰の不調を起こす原因に手を伸ばして、優しく頭を撫でてやる。
「おはよう、敦士。怖い夢でも見たのか?」
「おはようございます。健吾さんこそ、怖い夢を見たんじゃないですか? うなされてましたよ」
「悪夢を無きものにする夢の番人だった俺が、悪夢にうなされていたとは。覚えていないところをみると、無事に対処されたみたいだな」
笑いながら大丈夫なことを伝えるために、頭を撫でていた手で敦士の背中を撫で擦った。
「敦士がそうやって抱きついて俺を心配してくれたお蔭で、悪夢がなくなったのかもしれない」
相変わらず躰に抱きついたままでいる敦士に向かって高橋は笑ってみせたのに、さらに腕の力を入れて絞めつけられる。
「僕が浮気したら、健吾さんはどうしますか?」
「えっ?」
敦士の口から出るとは思えない言葉がいきなり飛び出したせいで、どうリアクションしていいか分からない。ただ、思い当たるフシと言えば――。
「おまえもしかして、女を抱きたくなったとか?」
男に飽きて女を抱きたくなったから浮気なんて言葉が出たと、瞬間的に高橋は考えついて、思わず口にしてしまった。
肌に触れている敦士の指先が高橋を引っ掻くようにして手放され、顔を見せないようにするためなのか、さっさと背中を向けられてしまった。高橋は引っ掻かれた痛みに眉根を寄せながら、無言を貫く大きな背中を黙ったまま見やる。
「そんなことを言う健吾さんも、僕以外の人を抱きたくなったんじゃないですか?」
敦士が否定せずに質問を切り返したことで、自分が告げた言葉が核心をついているのが分かってしまった。
「そんなわけないだろ。俺はおまえだけ――」
「健吾さんの心の中には、僕以外の人がいます」
ぴしゃりと言い放たれた敦士にセリフに、ひゅっと息を飲む。
高橋がうなされるような悪夢を見たあとに、敦士にこうして指摘されたところを考慮した結果、2名の顔が頭に浮かんだ。
ひとりは自分を脅して、本社に引き抜いた牧野。決定的な恐喝の材料を握っていたため、彼が指示する汚れ仕事を高橋は苦労してやった関係で、殺したいくらいに憎い相手だった。支店に勤める社員に逆恨みされ、刃物によってめった刺しにされて、意識不明の重体で眠りについたことにより、牧野の呪縛から解放されたが、あのときの苦労を考えると、悪い意味で心に残っている。
残るもうひとりは――。
眉根を寄せながら高橋がぼんやりと考えている間に、敦士は仕事に行く支度を終え、愛用しているカバンを手にして頭を下げた。
「健吾さんごめんなさい。さっきの忘れてください」
「忘れろなんて、そんなの」
「僕は浮気なんてしません、貴方一筋ですので。それじゃあお先に」
「おい、まだ7時前なのに出るのか?」
高橋は布団を蹴散らして敦士の傍に駆け寄り、慌てて右手を伸ばしたら、逃げるように避けられてしまった。
「ひとりになって、頭を冷やしたいんです。放っておいてください」
空を掴んだ自分の手と、出て行く敦士の背中を黙ったまま、高橋は見送るしかなかった。静かに閉じられた扉はまるで、敦士の心を見えないように隠してしまうものになったのだった。
高橋は躰に受ける胸苦しさや締めつけを感じて、重たいまぶたをやっと開ける。窓から日の光が入り込み、部屋の中は薄っすらと明るかった。そのまま自身の躰の不調を起こす原因に手を伸ばして、優しく頭を撫でてやる。
「おはよう、敦士。怖い夢でも見たのか?」
「おはようございます。健吾さんこそ、怖い夢を見たんじゃないですか? うなされてましたよ」
「悪夢を無きものにする夢の番人だった俺が、悪夢にうなされていたとは。覚えていないところをみると、無事に対処されたみたいだな」
笑いながら大丈夫なことを伝えるために、頭を撫でていた手で敦士の背中を撫で擦った。
「敦士がそうやって抱きついて俺を心配してくれたお蔭で、悪夢がなくなったのかもしれない」
相変わらず躰に抱きついたままでいる敦士に向かって高橋は笑ってみせたのに、さらに腕の力を入れて絞めつけられる。
「僕が浮気したら、健吾さんはどうしますか?」
「えっ?」
敦士の口から出るとは思えない言葉がいきなり飛び出したせいで、どうリアクションしていいか分からない。ただ、思い当たるフシと言えば――。
「おまえもしかして、女を抱きたくなったとか?」
男に飽きて女を抱きたくなったから浮気なんて言葉が出たと、瞬間的に高橋は考えついて、思わず口にしてしまった。
肌に触れている敦士の指先が高橋を引っ掻くようにして手放され、顔を見せないようにするためなのか、さっさと背中を向けられてしまった。高橋は引っ掻かれた痛みに眉根を寄せながら、無言を貫く大きな背中を黙ったまま見やる。
「そんなことを言う健吾さんも、僕以外の人を抱きたくなったんじゃないですか?」
敦士が否定せずに質問を切り返したことで、自分が告げた言葉が核心をついているのが分かってしまった。
「そんなわけないだろ。俺はおまえだけ――」
「健吾さんの心の中には、僕以外の人がいます」
ぴしゃりと言い放たれた敦士にセリフに、ひゅっと息を飲む。
高橋がうなされるような悪夢を見たあとに、敦士にこうして指摘されたところを考慮した結果、2名の顔が頭に浮かんだ。
ひとりは自分を脅して、本社に引き抜いた牧野。決定的な恐喝の材料を握っていたため、彼が指示する汚れ仕事を高橋は苦労してやった関係で、殺したいくらいに憎い相手だった。支店に勤める社員に逆恨みされ、刃物によってめった刺しにされて、意識不明の重体で眠りについたことにより、牧野の呪縛から解放されたが、あのときの苦労を考えると、悪い意味で心に残っている。
残るもうひとりは――。
眉根を寄せながら高橋がぼんやりと考えている間に、敦士は仕事に行く支度を終え、愛用しているカバンを手にして頭を下げた。
「健吾さんごめんなさい。さっきの忘れてください」
「忘れろなんて、そんなの」
「僕は浮気なんてしません、貴方一筋ですので。それじゃあお先に」
「おい、まだ7時前なのに出るのか?」
高橋は布団を蹴散らして敦士の傍に駆け寄り、慌てて右手を伸ばしたら、逃げるように避けられてしまった。
「ひとりになって、頭を冷やしたいんです。放っておいてください」
空を掴んだ自分の手と、出て行く敦士の背中を黙ったまま、高橋は見送るしかなかった。静かに閉じられた扉はまるで、敦士の心を見えないように隠してしまうものになったのだった。
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