56 / 74
光
7
しおりを挟む
わざわざ三度も足を運んだ高橋の話を聞いたからこそ、敦士は労う感じで微笑んだというのに、目の前にある顔はずっと冴えないままだった。
「三度目の正直か。いい加減に腹をくくらなければ」
「そんな、大げさな」
「そう言うが、実際に付き合うことになったら、いろいろ大変なんだぞ。特におまえの相手をするとなったら、躰がいくつあっても足りない……」
さきほどよりも頬を染めてじと目で睨む高橋に、敦士は腑に落ちないというふうに小首を傾げた。
「どういう意味ですか?」
「おまえは顔に似合わず、絶倫だからな。生身の躰で相手をしたら、俺は壊れてしまうと思ったんだ」
「ぜっ!? ちょっと待ってください。僕はそんなんじゃないですって!」
「空が白んできても、アソコをまったく衰えさせることなく、俺をここぞとばかりに突きまくったくせして、よく否定できるな」
高橋が呆れた表情をありありと浮かべて告げた言葉に、今度は敦士が顔を真っ赤にした。
「僕、そんなに……。いや、それ嘘ですよね」
「記憶のないおまえに説明しても、まったく説得力のない話になるが、そのお蔭で俺は余裕をもって、夢の番人の仕事に従事することができた」
あらぬほうを見て想いを馳せるように言いきった高橋を、敦士は頬に熱を感じながら黙って見下ろすしかなかった。
「敦士安心しろ。ただ性欲が強いだけじゃない。おまえの想いの強さが、そっちに変換された形になっただけだろう」
「想いの強さ?」
「そういうことにしておいたほうが、気が楽なんじゃないのか?」
高橋はしてやったりな顔で微笑んだが、敦士はどうしていいか分からなくなる。さっきまで主導権を握っていたはずだったのに、大人の余裕を見せつけられながら奪還されてしまった。
(高橋さんと付き合うことになったら、僕はきっとこうして翻弄させられっぱなしなんだろうな――)
「やっぱりおまえの困った顔を見るのが、二番目に安心できる」
「そんなぁ……」
敦士が困惑の表情を浮かべたら、あいた距離を一気に埋めた高橋が、しがみつくように抱きついた。触れた瞬間から伝わるぬくもりを敦士はひしひしと感じつつ、もう二度と離れないように、自分よりも小さい躰を強く抱擁する。
「俺が一番安心できるのは、こうしておまえの熱を直に感じることだ」
「僕も同じです」
「だがこのままでいても、なにもはじまらない。とりあえず飯を食いに行こう」
高橋は敦士の胸を押して抜け出そうと試みたが、その動きに反発するように両腕に力を入れた。
「敦士、反抗するな」
胸の中からじろりと鋭く睨まれて一瞬だじろいだが、しっかり確約させなければと口火を切る。
「高橋さんお願いですから、僕を捨てないでください」
「それは、俺からのお願いになると思うがな」
「僕は貴方を捨てません。絶対に!」
きっぱりと断言した敦士に、高橋は満面の笑みを浮かべた。その笑顔に、例のプラチナブロンドの外国人の顔が重なる。
それを見た刹那、敦士の胸の中にじんわりとしたものと、切なくなる感情が入り混じり、複雑な心境に陥った。だが自分の胸の中にいる高橋のぬくもりを肌に感じた途端に、愛しさがぶわっと湧き上がり、マイナスな感情が瞬く間に消え去っていった。
夢の中じゃない現実の出来事を改めて感じて、自分の選択が間違っていないことを知る。
「おまえが俺に逢うために悪夢を見ようと、頑張っていたのを知ってる」
「そうなんですか?」
「一瞬だったが、おまえが調べ物をしていたネットの履歴で、それを知った。すごく嬉しかった。その頑張りに報いたいと思って、この躰に戻ってから必死にリハビリに励んだ。3ヶ月も時間はかかってしまったが、それでもこうして出逢えただけじゃなく、おまえは俺を受け入れてくれた」
敦士はしんみり語る高橋の右手を取り、通りに沿って歩き出した。
「僕としては、高橋さんと現実世界で逢うだけじゃ足りないです。夢の中でだって逢いたい」
「敦士……」
「高橋さんと逢ったことで、胸にあいた穴が埋まったせいでしょうか。不思議といろんなワガママが、たくさん出てきてしまいます。貴方に伝えても、伝えきれないほどに」
繋いだ手から伝わってくる高橋のぬくもりを逃がさないように、敦士はさらにぎゅっと握りしめる。
「おまえに、夢なんて見せるつもりはない」
一回り小さな高橋の手が、敦士の手を痛いくらいに握り返した。
「僕は夢の中でも、貴方に逢いたいのに……」
空いている高橋の反対の手が、反論した敦士の唇にそっと触れる。下唇を官能的に撫でられたせいで、ぞくっとするものを感じて躰を震わせた。
「はっ! 眠らせてやるもんか。疲れ果てるまで、俺のことを抱き続けろよ」
「なっ!?」
まぶしい光を覗き込むように瞳を細めた顔が、敦士にぐっと近づいた。唇に触れていた手が頬に添えられ、強引に俯かせられる。
「そのついでにおまえの手で、俺を甘やかしてほしい。いいだろう?」
とっぷりと日が落ちたと同時に昇った月が、ひとつに重なったふたりをほんのりと照らした。これからはじまる夢じゃない、現実世界の恋物語を明るく照らす光になったのだった。
「三度目の正直か。いい加減に腹をくくらなければ」
「そんな、大げさな」
「そう言うが、実際に付き合うことになったら、いろいろ大変なんだぞ。特におまえの相手をするとなったら、躰がいくつあっても足りない……」
さきほどよりも頬を染めてじと目で睨む高橋に、敦士は腑に落ちないというふうに小首を傾げた。
「どういう意味ですか?」
「おまえは顔に似合わず、絶倫だからな。生身の躰で相手をしたら、俺は壊れてしまうと思ったんだ」
「ぜっ!? ちょっと待ってください。僕はそんなんじゃないですって!」
「空が白んできても、アソコをまったく衰えさせることなく、俺をここぞとばかりに突きまくったくせして、よく否定できるな」
高橋が呆れた表情をありありと浮かべて告げた言葉に、今度は敦士が顔を真っ赤にした。
「僕、そんなに……。いや、それ嘘ですよね」
「記憶のないおまえに説明しても、まったく説得力のない話になるが、そのお蔭で俺は余裕をもって、夢の番人の仕事に従事することができた」
あらぬほうを見て想いを馳せるように言いきった高橋を、敦士は頬に熱を感じながら黙って見下ろすしかなかった。
「敦士安心しろ。ただ性欲が強いだけじゃない。おまえの想いの強さが、そっちに変換された形になっただけだろう」
「想いの強さ?」
「そういうことにしておいたほうが、気が楽なんじゃないのか?」
高橋はしてやったりな顔で微笑んだが、敦士はどうしていいか分からなくなる。さっきまで主導権を握っていたはずだったのに、大人の余裕を見せつけられながら奪還されてしまった。
(高橋さんと付き合うことになったら、僕はきっとこうして翻弄させられっぱなしなんだろうな――)
「やっぱりおまえの困った顔を見るのが、二番目に安心できる」
「そんなぁ……」
敦士が困惑の表情を浮かべたら、あいた距離を一気に埋めた高橋が、しがみつくように抱きついた。触れた瞬間から伝わるぬくもりを敦士はひしひしと感じつつ、もう二度と離れないように、自分よりも小さい躰を強く抱擁する。
「俺が一番安心できるのは、こうしておまえの熱を直に感じることだ」
「僕も同じです」
「だがこのままでいても、なにもはじまらない。とりあえず飯を食いに行こう」
高橋は敦士の胸を押して抜け出そうと試みたが、その動きに反発するように両腕に力を入れた。
「敦士、反抗するな」
胸の中からじろりと鋭く睨まれて一瞬だじろいだが、しっかり確約させなければと口火を切る。
「高橋さんお願いですから、僕を捨てないでください」
「それは、俺からのお願いになると思うがな」
「僕は貴方を捨てません。絶対に!」
きっぱりと断言した敦士に、高橋は満面の笑みを浮かべた。その笑顔に、例のプラチナブロンドの外国人の顔が重なる。
それを見た刹那、敦士の胸の中にじんわりとしたものと、切なくなる感情が入り混じり、複雑な心境に陥った。だが自分の胸の中にいる高橋のぬくもりを肌に感じた途端に、愛しさがぶわっと湧き上がり、マイナスな感情が瞬く間に消え去っていった。
夢の中じゃない現実の出来事を改めて感じて、自分の選択が間違っていないことを知る。
「おまえが俺に逢うために悪夢を見ようと、頑張っていたのを知ってる」
「そうなんですか?」
「一瞬だったが、おまえが調べ物をしていたネットの履歴で、それを知った。すごく嬉しかった。その頑張りに報いたいと思って、この躰に戻ってから必死にリハビリに励んだ。3ヶ月も時間はかかってしまったが、それでもこうして出逢えただけじゃなく、おまえは俺を受け入れてくれた」
敦士はしんみり語る高橋の右手を取り、通りに沿って歩き出した。
「僕としては、高橋さんと現実世界で逢うだけじゃ足りないです。夢の中でだって逢いたい」
「敦士……」
「高橋さんと逢ったことで、胸にあいた穴が埋まったせいでしょうか。不思議といろんなワガママが、たくさん出てきてしまいます。貴方に伝えても、伝えきれないほどに」
繋いだ手から伝わってくる高橋のぬくもりを逃がさないように、敦士はさらにぎゅっと握りしめる。
「おまえに、夢なんて見せるつもりはない」
一回り小さな高橋の手が、敦士の手を痛いくらいに握り返した。
「僕は夢の中でも、貴方に逢いたいのに……」
空いている高橋の反対の手が、反論した敦士の唇にそっと触れる。下唇を官能的に撫でられたせいで、ぞくっとするものを感じて躰を震わせた。
「はっ! 眠らせてやるもんか。疲れ果てるまで、俺のことを抱き続けろよ」
「なっ!?」
まぶしい光を覗き込むように瞳を細めた顔が、敦士にぐっと近づいた。唇に触れていた手が頬に添えられ、強引に俯かせられる。
「そのついでにおまえの手で、俺を甘やかしてほしい。いいだろう?」
とっぷりと日が落ちたと同時に昇った月が、ひとつに重なったふたりをほんのりと照らした。これからはじまる夢じゃない、現実世界の恋物語を明るく照らす光になったのだった。
0
お気に入りに追加
50
あなたにおすすめの小説
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
なんども濡れ衣で責められるので、いい加減諦めて崖から身を投げてみた
下菊みこと
恋愛
悪役令嬢の最後の抵抗は吉と出るか凶と出るか。
ご都合主義のハッピーエンドのSSです。
でも周りは全くハッピーじゃないです。
小説家になろう様でも投稿しています。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
寮生活のイジメ【社会人版】
ポコたん
BL
田舎から出てきた真面目な社会人が先輩社員に性的イジメされそのあと仕返しをする創作BL小説
【この小説は性行為・同性愛・SM・イジメ的要素が含まれます。理解のある方のみこの先にお進みください。】
全四話
毎週日曜日の正午に一話ずつ公開
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
美しき父親の誘惑に、今宵も息子は抗えない
すいかちゃん
BL
大学生の数馬には、人には言えない秘密があった。それは、実の父親から身体の関係を強いられている事だ。次第に心まで父親に取り込まれそうになった数馬は、彼女を作り父親との関係にピリオドを打とうとする。だが、父の誘惑は止まる事はなかった。
実の親子による禁断の関係です。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
結婚しましたが、愛されていません
うみか
恋愛
愛する人との結婚は最悪な結末を迎えた。
彼は私を毎日のように侮辱し、挙句の果てには不倫をして離婚を叫ぶ。
為す術なく離婚に応じた私だが、その後国王に呼び出され……
某国の皇子、冒険者となる
くー
BL
俺が転生したのは、とある帝国という国の皇子だった。
転生してから10年、19歳になった俺は、兄の反対を無視して従者とともに城を抜け出すことにした。
俺の本当の望み、冒険者になる夢を叶えるために……
異世界転生主人公がみんなから愛され、冒険を繰り広げ、成長していく物語です。
主人公は魔法使いとして、仲間と力をあわせて魔物や敵と戦います。
※ BL要素は控えめです。
2020年1月30日(木)完結しました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる