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光
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高橋は自分の躰が青白く発光したのを目の当たりにした瞬間、内側から爆発するなにかを感じた。表現するなら、躰を拘束していた見えないものが、勢いよく弾け飛んだ感じに近い。
いつも目の端に映っていた、白金髪の長い髪が消え失せただけじゃなく、足元にまとわりついていた衣装が透けるように消えるなり、事件があった日に着ていたスーツ姿に早変わりする。
空中に浮遊している自身の躰と、目の前に大きな月があることで、自由の身になれるのを高橋は悟った。
『思った以上に、早いご帰還じゃないか』
聞き覚えのある声に、高橋はよく使っている嫌な笑みを、唇に浮かべてみせた。
「夢の番人なんて聞こえのいい職業でしたけど、中身はブラック企業と変わりありませんからね。早々に仕事を終わらせただけです」
『それで現実世界に戻った暁には、大規模テロを起こすとかなんとか、堂々と宣言していなかったか?』
「なんでも知っていらっしゃるのでしたら、俺がこのあとどうするかなんて、既に分かっているのでしょう?」
高橋は唇に湛えていた笑みを消し去り、目の前にある月を鋭く睨んだ。
『私が貸し与えた肉体が消えた時点で、それまでの記憶も消えるはずなのだが、ふたたびが瑕疵が発生するなんてな』
「ふたたび?」
『そうだ。夢の番人として働くおまえの姿を見ても、あの男以外は認識していなかったであろう?』
「あの男って、敦士のことでしょうか?」
『ああ。何か特殊な力を持っているわけでもないのに、どうしておまえの姿が見えたのか、不思議でならない』
創造主の呟きに、高橋はなにも答えずに聞き流した。
傀儡がなくなっても、消えない記憶が鮮明に自分の中に宿っているのを、胸に手を押し当てて感じる。
『ひとつ言っておくが、おまえに記憶が残っていても、関係のあった者たちすべてから、おまえの記憶は消去されているからな』
「構いません。現実世界に戻ったら敦士を探し出して、今まであったことを告げます」
『いきなり同性に迫られた挙句に、これまであった事実を突きつけられたら、普通は逃げだすと思うがな』
何を言ってるんだという馬鹿にした感じが、創造主の声から伝わってきた。
「今までの経験を生かして、逃げ出さないような会話術を、ここぞとばかりに展開させるだけです」
『このままいけば、仕事が軌道に乗ったことにより、あの男に自信がついて、彼女ができる可能性が出てくるやもしれん。おまえが迫ることで、幸せな未来を潰すかもしれないぞ?』
「アイツの記憶はなくなったでしょうが、俺は約束したんです。必ず逢いに行くと」
『まったく。強欲なヤツだな、おまえは』
くつくつ笑う創造主に、高橋は対抗するような笑みで微笑みかけた。
「逆に貴方様は、感謝しなければいけないと思います。敦士のお蔭で、貴方様の仕事が減ったのですから」
『確かにな。しかし男に当たって砕けて、ふたたびここに舞い戻ってくるなよ』
「自殺なんて馬鹿な真似は、金輪際いたしません。貴方様にこき使われるなんて、二度とごめんです」
『二度あることは、三度あるという。おまえに、神の瑕疵があらんことを』
どんどん小さくなる創造主の声を、なんとか最後まで聞き取ったあとに、高橋の意識がふっと遠のいた。
(――ご加護じゃなく、どうして瑕疵なんてことを言ったんだ?)
高橋にそんなくだらないことを考える余裕があったわけは、どこかに向かって落ちていたからだった。あまりの長さに、落ちている感覚すら危うくなる始末だった。
だがやがて背中に硬いものが当たった衝撃で、はっと目が覚める。見覚えのない真っ白い天井と規則的な電子音を、自らの躰で認識することができた。
「ぁ、あ……」
高橋は声を出しながら、両手を動かしてみた。左右それぞれの指先は僅かに動かせたが、腕にまったく力が入らない。試しに動かした両足なんて、足首が少しだけ動かせる程度だった。
(どれくらいの間、寝たきりでいたんだろうか。これは時間のかかる、リハビリが必要だな――)
早朝の検温に来た看護師が、覚醒した高橋を見つけるのは、それから1時間ほど経ったあとだった。
いつも目の端に映っていた、白金髪の長い髪が消え失せただけじゃなく、足元にまとわりついていた衣装が透けるように消えるなり、事件があった日に着ていたスーツ姿に早変わりする。
空中に浮遊している自身の躰と、目の前に大きな月があることで、自由の身になれるのを高橋は悟った。
『思った以上に、早いご帰還じゃないか』
聞き覚えのある声に、高橋はよく使っている嫌な笑みを、唇に浮かべてみせた。
「夢の番人なんて聞こえのいい職業でしたけど、中身はブラック企業と変わりありませんからね。早々に仕事を終わらせただけです」
『それで現実世界に戻った暁には、大規模テロを起こすとかなんとか、堂々と宣言していなかったか?』
「なんでも知っていらっしゃるのでしたら、俺がこのあとどうするかなんて、既に分かっているのでしょう?」
高橋は唇に湛えていた笑みを消し去り、目の前にある月を鋭く睨んだ。
『私が貸し与えた肉体が消えた時点で、それまでの記憶も消えるはずなのだが、ふたたびが瑕疵が発生するなんてな』
「ふたたび?」
『そうだ。夢の番人として働くおまえの姿を見ても、あの男以外は認識していなかったであろう?』
「あの男って、敦士のことでしょうか?」
『ああ。何か特殊な力を持っているわけでもないのに、どうしておまえの姿が見えたのか、不思議でならない』
創造主の呟きに、高橋はなにも答えずに聞き流した。
傀儡がなくなっても、消えない記憶が鮮明に自分の中に宿っているのを、胸に手を押し当てて感じる。
『ひとつ言っておくが、おまえに記憶が残っていても、関係のあった者たちすべてから、おまえの記憶は消去されているからな』
「構いません。現実世界に戻ったら敦士を探し出して、今まであったことを告げます」
『いきなり同性に迫られた挙句に、これまであった事実を突きつけられたら、普通は逃げだすと思うがな』
何を言ってるんだという馬鹿にした感じが、創造主の声から伝わってきた。
「今までの経験を生かして、逃げ出さないような会話術を、ここぞとばかりに展開させるだけです」
『このままいけば、仕事が軌道に乗ったことにより、あの男に自信がついて、彼女ができる可能性が出てくるやもしれん。おまえが迫ることで、幸せな未来を潰すかもしれないぞ?』
「アイツの記憶はなくなったでしょうが、俺は約束したんです。必ず逢いに行くと」
『まったく。強欲なヤツだな、おまえは』
くつくつ笑う創造主に、高橋は対抗するような笑みで微笑みかけた。
「逆に貴方様は、感謝しなければいけないと思います。敦士のお蔭で、貴方様の仕事が減ったのですから」
『確かにな。しかし男に当たって砕けて、ふたたびここに舞い戻ってくるなよ』
「自殺なんて馬鹿な真似は、金輪際いたしません。貴方様にこき使われるなんて、二度とごめんです」
『二度あることは、三度あるという。おまえに、神の瑕疵があらんことを』
どんどん小さくなる創造主の声を、なんとか最後まで聞き取ったあとに、高橋の意識がふっと遠のいた。
(――ご加護じゃなく、どうして瑕疵なんてことを言ったんだ?)
高橋にそんなくだらないことを考える余裕があったわけは、どこかに向かって落ちていたからだった。あまりの長さに、落ちている感覚すら危うくなる始末だった。
だがやがて背中に硬いものが当たった衝撃で、はっと目が覚める。見覚えのない真っ白い天井と規則的な電子音を、自らの躰で認識することができた。
「ぁ、あ……」
高橋は声を出しながら、両手を動かしてみた。左右それぞれの指先は僅かに動かせたが、腕にまったく力が入らない。試しに動かした両足なんて、足首が少しだけ動かせる程度だった。
(どれくらいの間、寝たきりでいたんだろうか。これは時間のかかる、リハビリが必要だな――)
早朝の検温に来た看護師が、覚醒した高橋を見つけるのは、それから1時間ほど経ったあとだった。
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