夢で逢えたら

相沢蒼依

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理想と現実の狭間で

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 敦士が目を開けると、なぜだかドラマに出てきそうな崖っぷちに立っていた。前髪を乱す感じで吹き上げる冷たい風に躰を縮こませながら、崖の下になにがあるのかを確認してみる。

「……なんも見えない」

 突風に近い風が吹いているというのに、崖の真ん中あたりに鬱蒼とした濃い霧が漂っている。そんな奇異な景色に眉根を寄せた瞬間、なにかで背中を強く押された。

「わっ!!」

 咄嗟に両腕を振り回したら、運よく崖の淵に手をかけることに成功した。足先を使って崖壁を引っかけてみると、ちょっとだけかけられそうな足場を見つけることができた。そこにつま先を引っかけながら踵を伸ばし、腕にうんと力を込めて、立っていた場所を目指そうと顔を上げてみる。

「ば、んにんさま?」

 両腕を組んで自分を見下ろす夢の番人の顔はぱっと見、美術館に置いてる彫刻像みたいだった。

「思いきり力を入れて押したというのに、結構しぶといな」

 マネキンのように整った面持ちなので、もともと冷たい感じを宿してはいたが、敦士と肌を重ね、会話が増えていってからは表情にあたたかみがあるのを、垣間見ることができていた。

 しかし今、自分を見下ろす夢の番人は、はじめて逢ったときよりも、冷淡という言葉が似合う顔つきにしか見えなかった。

 冷ややかなまなざしに射抜かれて、敦士は声が出てこない。ショックなのはそれだけじゃなく、告げられたセリフが信じたくない内容で、他に誰かいないか思わず探してしまう。

「本当に馬鹿な男だな、敦士。ここには俺とおまえしかいない、夢の中の世界だ」

 せせら笑いを浮かべた夢の番人は、容赦なく崖を掴んでいる敦士の指先を踏みつけた。

「痛っ……」

 踏まれている指よりも、引き裂かれるような痛みが心の中に走った。

「俺の手をこうして煩わせる、無能なおまえを見てるだけで、反吐が出そうになる。早く落ちてしまえ」

「うっ……」

「敦士、そんな言葉ひとつに絶望して、簡単に落ちるなよ。おまえは無能じゃない。やればできるんだからな」

 聞き覚えのある声が、敦士の心を自動的に奮わせた。それは踏みつける夢の番人の足の力を跳ね返しそうなほど、手の中にある力が漲るなにかに変換された瞬間だった。

「なんだとっ!?」

 踏みつける足の力を跳ね返す敦士の底力に驚く夢の番人の声が、辺りに虚しく響いた。それをかき消す、もうひとつの声が聞こえてくる。

「こうして悪夢の中で、自分と対峙するとは思わなかった。それだけリアルで、敦士に負荷をかけてしまったということか」

 耳に聞き覚えのある、空気を引き裂く音がした。その音と指先にかかっていた圧が消え去ったことで、夢の番人が腰につけた縄を使い、自分を落とした夢の番人を滅したことを知る。

「番人さま!」

「俺は手を貸さない。自分で這い上がってこい」

 崖にぶら下がっている敦士の位置からは姿の見えない夢の番人が、無理難題なことを要求した。

「そ、んな――」

「おまえは気づいていないだけだ。自分の中に眠る力を。その力を信じて、ここまで来い! おまえなら必ずできる、絶対だ!!」

「番人さま!!」

「いい加減に登ってこい」

 どんなに大きな声で叫んでも、崖の上にいる夢の番人は姿を見せなかった。

「番人さま!! 番人さま!」

「…………」

 敦士が何度呼びかけても、応答すらしてくれない。もしかしたら呆れ果てて、すでにいなくなった可能性だってある。

 本当は夢の番人に、手を差し伸べてほしかった。そして今まで触れられなかった躰をぎゅっと抱きしめて、あたたかさを確かめたいと強く思った。

「番人さま、絶対にここから這い上がってみせます。見ていてください」

 崖上からの反応は相変わらずなかったが、敦士は衝動的ともいえる熱い想いが躰を突き動かした。まずは片足を使って、よじ登れそうな足場を探す。見つけ次第そこにつま先をひっかけながら、両腕に力を入れた。

「よいしょっ!」

 普段から力仕事をしないせいで、反動をつけてもうまく登れない。

(腕の力がなくなる前に、とにかくなんとしてでもよじ登らなければ!)

「せ~のっ!」

 何度目かのトライで、右半身を崖の上に乗せることに成功した。別な足場を探して踵を伸ばし、息も絶え絶えの状態で元居た場所にたどり着く。

 敦士が両手両膝を地面についたまま呼吸を整えていたら、視界の中に見慣れたグレーの布地が目についた。

「よく頑張ったな。偉かった」

 優しくかけられた言葉に導かれるように敦士は立ち上がり、目の前にある夢の番人の躰に抱きついてしまった。
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