43 / 74
理想と現実の狭間で
5
しおりを挟む
***
敦士は空いてる会議室の一室に引きこもり、パソコンと青いファイルを長机の上に置いた状態で、夢の番人から与えられる指示に耳を傾けていた。
「敦士、大丈夫なのか?」
貴重な意見を聞いている最中に投げかけられた夢の番人の質問で、敦士は書き込みしていた書類からやっと顔を上げる。
「なにがですか?」
「もうかれこれ1時間近く、ここにいるだろう。部署でしなきゃいけない仕事はないのか?」
渋い表情で掛け時計を見つめたまま、胸の前で腕を組む夢の番人に、敦士は朗らかに笑いかけた。
「午前中に片付けておきました。なにかあったら、携帯に電話してもらう手はずになってます」
「用意周到だが余った時間でやっつけたせいで、中途半端なクオリティになっているな」
夢の番人は机の上に散らばった書類を視線を落としながら、大きなため息をつく。告げられた言葉と同時に目の前でなされた態度を見て、敦士は落ち込むしかなかった。
「すみません……」
「謝らなくていい。最初から完璧にこなされていたら、俺の出番がなくなるだろう?」
「番人さま――」
先ほどとは違う慰めるような優しい口調に、敦士の頬が嬉しげに緩む。
「おっと、気を抜くのはまだ早い。調べなければならないことが、山のようにあるんだからな。しかもそれをコピペして貼り付けるなんてことは、絶対にさせないから」
「うっ、頑張ります……」
午後からの仕事が入らなかったお蔭で、敦士はスムーズに調べ物をすることができた。しかしその量が膨大なため、就業時間を終えてもまとめきれず、自宅に持ち帰ることにしたのだが――。
「敦士、やる気はあるのか? それじゃあ、調べた文献と変わりないだろ。企画書に説得力を持たせるためには、自分の言葉で伝えないと意味がない。やり直しだ!」
小さなテーブルの前に正座した敦士の隣で、鬼のような形相をした夢の番人がぎゃんぎゃん喚く。
帰って来てから、注意された数は分からない。不出来な自分が悪いことは分かっているが、叱られすぎて集中力が切れてしまい、どうしても頭が回らなくなってしまった。
それでも明後日が締め切りなので、頑張らなければと思ってるのに、どうしても瞼が落ちていく。
「おい、寝るにはまだ早いぞ」
「分かって、ます……。言われたことをし、なきゃ」
(こんなに仕事に熱中したのは、いつ以来だろう? 番人さまに見てもらっているせいか、いつもより楽しく手をつけることができてるのに)
そんなことを考えていたら敦士の意識が遠のき、倒れ込む感じで書類の上に突っ伏した。
「寝るには早いと言ってる傍から寝るなんて。このままじゃ、風邪を引かせてしまうかもしれない」
敦士の躰を慮った高橋が、部屋の中を見渡した。見渡してそれを見つけても、自分では何もできないことを今更ながらに悟り、ふたたび敦士に視線を注ぐ。
「悪夢の中でしか、おまえをあたためることができないなんてな。こう何度も、歯がゆさを味わいたくないものだ」
そんな高橋の呟きはどこにも届かず、静寂の中に消え去ったのだった。
敦士は空いてる会議室の一室に引きこもり、パソコンと青いファイルを長机の上に置いた状態で、夢の番人から与えられる指示に耳を傾けていた。
「敦士、大丈夫なのか?」
貴重な意見を聞いている最中に投げかけられた夢の番人の質問で、敦士は書き込みしていた書類からやっと顔を上げる。
「なにがですか?」
「もうかれこれ1時間近く、ここにいるだろう。部署でしなきゃいけない仕事はないのか?」
渋い表情で掛け時計を見つめたまま、胸の前で腕を組む夢の番人に、敦士は朗らかに笑いかけた。
「午前中に片付けておきました。なにかあったら、携帯に電話してもらう手はずになってます」
「用意周到だが余った時間でやっつけたせいで、中途半端なクオリティになっているな」
夢の番人は机の上に散らばった書類を視線を落としながら、大きなため息をつく。告げられた言葉と同時に目の前でなされた態度を見て、敦士は落ち込むしかなかった。
「すみません……」
「謝らなくていい。最初から完璧にこなされていたら、俺の出番がなくなるだろう?」
「番人さま――」
先ほどとは違う慰めるような優しい口調に、敦士の頬が嬉しげに緩む。
「おっと、気を抜くのはまだ早い。調べなければならないことが、山のようにあるんだからな。しかもそれをコピペして貼り付けるなんてことは、絶対にさせないから」
「うっ、頑張ります……」
午後からの仕事が入らなかったお蔭で、敦士はスムーズに調べ物をすることができた。しかしその量が膨大なため、就業時間を終えてもまとめきれず、自宅に持ち帰ることにしたのだが――。
「敦士、やる気はあるのか? それじゃあ、調べた文献と変わりないだろ。企画書に説得力を持たせるためには、自分の言葉で伝えないと意味がない。やり直しだ!」
小さなテーブルの前に正座した敦士の隣で、鬼のような形相をした夢の番人がぎゃんぎゃん喚く。
帰って来てから、注意された数は分からない。不出来な自分が悪いことは分かっているが、叱られすぎて集中力が切れてしまい、どうしても頭が回らなくなってしまった。
それでも明後日が締め切りなので、頑張らなければと思ってるのに、どうしても瞼が落ちていく。
「おい、寝るにはまだ早いぞ」
「分かって、ます……。言われたことをし、なきゃ」
(こんなに仕事に熱中したのは、いつ以来だろう? 番人さまに見てもらっているせいか、いつもより楽しく手をつけることができてるのに)
そんなことを考えていたら敦士の意識が遠のき、倒れ込む感じで書類の上に突っ伏した。
「寝るには早いと言ってる傍から寝るなんて。このままじゃ、風邪を引かせてしまうかもしれない」
敦士の躰を慮った高橋が、部屋の中を見渡した。見渡してそれを見つけても、自分では何もできないことを今更ながらに悟り、ふたたび敦士に視線を注ぐ。
「悪夢の中でしか、おまえをあたためることができないなんてな。こう何度も、歯がゆさを味わいたくないものだ」
そんな高橋の呟きはどこにも届かず、静寂の中に消え去ったのだった。
0
お気に入りに追加
50
あなたにおすすめの小説
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
寮生活のイジメ【社会人版】
ポコたん
BL
田舎から出てきた真面目な社会人が先輩社員に性的イジメされそのあと仕返しをする創作BL小説
【この小説は性行為・同性愛・SM・イジメ的要素が含まれます。理解のある方のみこの先にお進みください。】
全四話
毎週日曜日の正午に一話ずつ公開
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
美しき父親の誘惑に、今宵も息子は抗えない
すいかちゃん
BL
大学生の数馬には、人には言えない秘密があった。それは、実の父親から身体の関係を強いられている事だ。次第に心まで父親に取り込まれそうになった数馬は、彼女を作り父親との関係にピリオドを打とうとする。だが、父の誘惑は止まる事はなかった。
実の親子による禁断の関係です。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
なんども濡れ衣で責められるので、いい加減諦めて崖から身を投げてみた
下菊みこと
恋愛
悪役令嬢の最後の抵抗は吉と出るか凶と出るか。
ご都合主義のハッピーエンドのSSです。
でも周りは全くハッピーじゃないです。
小説家になろう様でも投稿しています。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
【完結】試練の塔最上階で待ち構えるの飽きたので下階に降りたら騎士見習いに惚れちゃいました
むらびっと
BL
塔のラスボスであるイミルは毎日自堕落な生活を送ることに飽き飽きしていた。暇つぶしに下階に降りてみるとそこには騎士見習いがいた。騎士見習いのナーシンに取り入るために奮闘するバトルコメディ。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる