夢で逢えたら

相沢蒼依

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理想と現実の狭間で

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「ああ、そうか。声に出して言えないんだったな」

 高橋は敦士の自宅にいるイメージで話かけてしまったため、失敗したと反省しながら年輩の男のもとから去る。口パクで番人を呼び、人差し指でそっとパソコンの画面を示した敦士に、済まなかったと詫びた。

『番人さま、彼はこの部署でリーダーと呼ばれている人物になります』

「リーダー? 役職はないのか?」

 敦士の隣から、その場にいる面々の顔を改めて窺ってみた。はじめてみたとき同様に、やる気がない顔色で仕事をしている4人とは裏腹に、仕事をまったくしない『リーダー』と呼ばれる年輩の男の態度は、見ているだけでムカつくものとして高橋の目に映った。

『役職はありません。ここは雑用係と呼ばれている部署ですので』

 打ち込まれた文章を読み終え、高橋は顎に手を当てつつ座っている敦士を見下ろした。

「おまえはどこかの部署で大きな失敗でもして、ここに飛ばされてきたのか?」

 高橋のセリフに耳を傾けながら、パソコンの画面をじっと見つめていた敦士は、ちょっとだけ眉根を寄せてキーボードを叩く。

『大きな失敗をしたことはなかったのですが、何をやっても中途半端な仕事しかできなくて、部署のお荷物になった感じです。あとから来た新人に、営業成績が抜かされてしまう始末で。昨年ここに異動させられました』

 打ち込まれた文字は時々手を止めながらだったが、自分の不出来さをきちんと明かした敦士に、高橋は優しいまなざしを注ぎつつ口を開く。

「営業成績……。外回りの仕事か?」

『はい、そうです』

「職種が合っていなかっただけだろう。引っ込み思案なおまえは、営業向きじゃないことくらい分かる」

 押し黙った敦士がデスクの左隅に置かれた青いファイルを、瞳を揺らしながら切なげに見つめる。

「おい、その青いファイルを開け」

 なにかを示しそうなものに見えたので、高橋は強い口調で命令した。

「えっ?」

 冷ややかな高橋の声に反応して声をあげた敦士を、他のメンバーが何事だという様子で視線を送ってきた。

「やっ、あのすみません。なんでもないです!」

 周囲から降り注ぐ怪訝な視線でテンパった敦士を宥めようと、右手を伸ばしかけて止めた。夢の中で何気なくおこなっていることができない事情に、高橋は視線を伏せながら右手に拳を作りやり過ごす。

 トントン!

 何か硬いものを叩く音で反射的に顔を上げてみたら、パソコンの画面に指を差した敦士と目が合った。

『番人さま、このファイルには、明後日が期日の社内コンテストの企画書が綴じられています』

「社内コンテスト?」

 ファイルを開けと命令したのに敦士はそれをせず、困惑の色を滲ませたままキーボードで言いたいことを打ち込む。

『地場産を取り入れた、化粧品のPRをしようっていうものなんです。社員のモチベーションアップを狙って毎年おこなわれているコンテストで、いつもチャレンジしているのですが、なかなか上手くいきません』

 コンテストの企画に手をつけたものの、自信がなくて見せられないことを、敦士の様子と文面から高橋は悟った。

「はっ! 会社側としては、そういうコンテストの機会を演出したり環境を整えて、働くにはいいところだとアピールしたいだけだろ。役に立たない社員を、見えない場所に追いやっているくせにな」

 胸の前に腕を組みながら、語気を強めて言い放ってしまった。高橋として働いていた会社でも、似たような企画をしていたことを思い出し、上層部の内部事情を知っている関係で思わず吐露した。

『それでも僕のような出来の悪い社員が、夢を見られるんです。もしかしたら企画が上の目に留まって、採用されるんじゃないかって』

 ポチポチ打ち込まれる文字を、黙って見つめる。やるせなさを含んだ眼差しの敦士の姿に、高橋はあることが思いついた。

「その夢が叶うかどうか分らんが、とりあえずその青いファイルを見せろ」

「番人さま……」

 か細い声で名前を告げたので、多分周りには聞こえなかったのだろう。さっきのように視線を送られることはなかった。

 静まり返った部署の中、敦士はよろよろした感じでキーボードに手を伸ばし、『見せられません』と打ち込んで俯く。高橋は弱り切ったその横顔に、睨みをきかせた。
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