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与えられる試練のはじまり
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(……衝撃がやんだ?)
高橋は状況を把握するため、仰向けの状態でしばらくの間、そのままじっとした。背中になにかついてる感覚がまったくしなかったので、余計に不安を助長させる。
ゆっくり目を開けて、恐るおそる周囲を窺った。大きかった月が遠くにあって、自分をそこから眺めているような錯覚を起こした。ほんの数分前まで、月に向かって喋っていた名残なのかもしれない。
今の状況を少しでも確認すべく、横たわっているところの感触を確かめるために、両手を使って辺りをひたひた触ってみる。しかし、なにも感じることができなかった。
このままじゃ埒が明かないと判断し、意を決して勢いよく起き上がった、高橋の目に映ったものは――。
(――空中に浮いている、だと!?)
見慣れた瓦の三角屋根が足元にあり、そこからほんの30センチくらいの高さを維持したまま、躰が空中に浮いていたのである。そのまま静かに立ち上がって足踏みしてみたが、やはりなにも感じられなかった。
「髪の毛、邪魔くさい……」
横たわっていたときは平気だった、白金髪の長い髪。起き上がった瞬間から視界に入るせいで、ウザったくて堪らない。邪魔にならないように掻き上げて、はじめて気がついた。
(自分の躰に対しての感触はあるのに、それ以外のものについては一切感じないんだな――)
躰に触れて改めて自分の感触を確かめてから、しゃがみこんで瓦に触れてみると、右手が瓦の中へと貫通するように吸い込まれた。
「ヒッ!」
慌てて手を引っ込めるなり、右手を服で何度も拭った。
明確な触感などまったくなくて、虚無空間の中に手を入れた感じ――ホラー映画で見た、壁の中に消えていく幽霊を、自ら体感した気分だった。
その場で浮いている素足に、物体を通り抜ける躰。それらを使って善人の夢の中に入り込み、腰に巻きついた縄を鞭という武器に変えて、悪夢の原因を打つ。それに失敗したら即死亡。本体も死んでしまう。そして無限に活動できない代わりに、夢の中で男に犯されろなんてそんなの――。
「嫌に決まってるだろ、俺はタチなんだから!」
高橋が自ら叫んでしまうくらいに、疎ましい行為だった。たとえこの躰が創造主から借りた傀儡だろうが、見ず知らずの誰かのモノを突っ込まれることを考えるだけで、ゾワッと虫唾が走る。
だからこそ活動限界が分からない以上は、無闇やたらと動くのはナンセンスだと考えついた。自分好みじゃないヤツに助けを求めるほど、情けないことはない。
高橋は眉間にしわを寄せたまま、深いため息をついて、目の前に広がる日本家屋を見下ろした。さっきから耳を通じてなのか、頭の中にいろんな声が飛び込んできた。叫び声や悲鳴、『助けてくれ』や『ママ、怖いよ!』等など、性別年齢関係なくガンガン聞こえてくる。
夢の番人として仕事をするには、まさに大忙しだろう。
ウザったい髪を耳にかけて、唇に笑みを湛えた。ここに来て肉体に戻るための高橋の目標が、ばっちり定まったからである。
(この俺を蘇らせたことを、創造主に後悔させてやろうじゃないか。もれなく生き返ったら、大規模なテロでたくさんの人間を皆殺しにしてやり、アイツの仕事をここぞとばかりに増やしてやる)
憎い牧野ひとりを殺して刑務所行きになり、執行猶予付きの無期懲役になるよりも、そのまま死刑台送りになったほうがいい。
「俺がどんなに生き長らえても、欲しいものは手に入らないのだから……」
笑みを湛えていた唇を引き締め、右前方にある家に入り込む。赤い屋根を突き抜けて、声に導かれるまま浮遊し、目的の人物の元に辿りついた。
高橋のはじめての仕事は、小さな女のコの夢の中にいる、得体の知れない化け物を倒すことからだった。
高橋は状況を把握するため、仰向けの状態でしばらくの間、そのままじっとした。背中になにかついてる感覚がまったくしなかったので、余計に不安を助長させる。
ゆっくり目を開けて、恐るおそる周囲を窺った。大きかった月が遠くにあって、自分をそこから眺めているような錯覚を起こした。ほんの数分前まで、月に向かって喋っていた名残なのかもしれない。
今の状況を少しでも確認すべく、横たわっているところの感触を確かめるために、両手を使って辺りをひたひた触ってみる。しかし、なにも感じることができなかった。
このままじゃ埒が明かないと判断し、意を決して勢いよく起き上がった、高橋の目に映ったものは――。
(――空中に浮いている、だと!?)
見慣れた瓦の三角屋根が足元にあり、そこからほんの30センチくらいの高さを維持したまま、躰が空中に浮いていたのである。そのまま静かに立ち上がって足踏みしてみたが、やはりなにも感じられなかった。
「髪の毛、邪魔くさい……」
横たわっていたときは平気だった、白金髪の長い髪。起き上がった瞬間から視界に入るせいで、ウザったくて堪らない。邪魔にならないように掻き上げて、はじめて気がついた。
(自分の躰に対しての感触はあるのに、それ以外のものについては一切感じないんだな――)
躰に触れて改めて自分の感触を確かめてから、しゃがみこんで瓦に触れてみると、右手が瓦の中へと貫通するように吸い込まれた。
「ヒッ!」
慌てて手を引っ込めるなり、右手を服で何度も拭った。
明確な触感などまったくなくて、虚無空間の中に手を入れた感じ――ホラー映画で見た、壁の中に消えていく幽霊を、自ら体感した気分だった。
その場で浮いている素足に、物体を通り抜ける躰。それらを使って善人の夢の中に入り込み、腰に巻きついた縄を鞭という武器に変えて、悪夢の原因を打つ。それに失敗したら即死亡。本体も死んでしまう。そして無限に活動できない代わりに、夢の中で男に犯されろなんてそんなの――。
「嫌に決まってるだろ、俺はタチなんだから!」
高橋が自ら叫んでしまうくらいに、疎ましい行為だった。たとえこの躰が創造主から借りた傀儡だろうが、見ず知らずの誰かのモノを突っ込まれることを考えるだけで、ゾワッと虫唾が走る。
だからこそ活動限界が分からない以上は、無闇やたらと動くのはナンセンスだと考えついた。自分好みじゃないヤツに助けを求めるほど、情けないことはない。
高橋は眉間にしわを寄せたまま、深いため息をついて、目の前に広がる日本家屋を見下ろした。さっきから耳を通じてなのか、頭の中にいろんな声が飛び込んできた。叫び声や悲鳴、『助けてくれ』や『ママ、怖いよ!』等など、性別年齢関係なくガンガン聞こえてくる。
夢の番人として仕事をするには、まさに大忙しだろう。
ウザったい髪を耳にかけて、唇に笑みを湛えた。ここに来て肉体に戻るための高橋の目標が、ばっちり定まったからである。
(この俺を蘇らせたことを、創造主に後悔させてやろうじゃないか。もれなく生き返ったら、大規模なテロでたくさんの人間を皆殺しにしてやり、アイツの仕事をここぞとばかりに増やしてやる)
憎い牧野ひとりを殺して刑務所行きになり、執行猶予付きの無期懲役になるよりも、そのまま死刑台送りになったほうがいい。
「俺がどんなに生き長らえても、欲しいものは手に入らないのだから……」
笑みを湛えていた唇を引き締め、右前方にある家に入り込む。赤い屋根を突き抜けて、声に導かれるまま浮遊し、目的の人物の元に辿りついた。
高橋のはじめての仕事は、小さな女のコの夢の中にいる、得体の知れない化け物を倒すことからだった。
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