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第3章:紡がれる力
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普段ならカラッとしている空気が、体にまとわりつくような嫌な湿気を含んでいた。公園内に設置されている外灯があちこちを照らしているんだけど、実際に視えなくてもその存在を気配で察知できてしまう。
「行くよ、準備はいいかい?」
いつもより気合の入った声で訊ねてきた母さんに静かに頷いて、堕ちた霊の場所まで一直線に進んだ。
――俺は防御に徹する、母さんと自分を護るんだ――
数珠を握り締めながら心の中で何度も呟くと、自分を覆うような煌く結界が突然現れた。隣にいる母さんを見たら、同じような結界に包まれていた。
「やればできるじゃないか。さすがは私の息子だぁね」
普段褒めない母さんの言葉に、思い切り照れてしまう。顔が結構熱い……。
「上手く出来たからといって、油断するんじゃないよ。さっさと歩く!」
バコンと頭をたたいて先に行ってしまった母さんの背中を、慌てて追いかけた。そこにいたのは――。
「博仁くんっ!」
アメーバーのような真っ黒い塊をした大きな物体が、博仁くんの霊体にドロドロしたものを体にかけて飲み込もうとする姿があった。まるで、消化液をかけているようにも見える。
(怖い――あれがもし、自分にかけられたら……)
「優斗っ、こっちに来るな! 僕のことはいいから、早く逃げてくれ!」
博仁くんが言葉を発した瞬間、彼の言葉を飲み込むように堕ちた霊が大きな巨体を使って、彼に覆いかぶさってきた。
「母さんっ!」
「分かってるよ。阿謨伽 尾盧左曩 摩訶母捺 鉢納入……」
聞いたことのない呪文を低い声で唱え始めたら、堕ちた霊の動きがぴたりと止まる。だが、ホッとしたのも束の間だった。
動きを止めた体から、カエルの手のような触手が何本も現れはじめ、その手を俺たちに向かって伸ばしてきた。
「ヒッ!?」
音もなく伸びてきたそれに、体を強張らせて目を閉じるしかできない――。
「怯むんじゃない、目の前をしっかりと見据えなさい!」
ビビリまくる俺に、母さんが叱責する。
言われた通りにするしかないと諦めて、おっかなビックリしながら瞳を開けたら、結界にびっしりと堕ちた霊の触手が何本もへばり付いていた。
見るに堪えない気持ちの悪い状態だけど、逃げずに立ち向かうしかない。
――博仁くんを助けるために――
気持ちを強く持つと、へばりついている触手の行動を落ち着いて見ることができた。何本もへばりついてる触手が、強い力を使って結界を壊そうとしている様子に考えを巡らせる。
その間にも博仁くんの体を飲み込もうと、堕ちた霊がゆっくりと動き始めていた。
俺に霊力を与えたせいで、母さんの除霊のパワーが落ちているのかもしれない――俺のせいで……もっと自分に力があれば、攻撃だってできるというのに。
「こんな触手をさっさと吹き飛ばして、博仁くんを助けることができたら」
しみじみと自分の不甲斐なさを実感していたら、風船が割れるような破壊音が耳に聞こえた。
「へっ!?」
よく見てみたら、たくさんある中の数本の触手自ら大きく膨らんでいる状態となっているではないか。
「もしかして……念じる力が伝わった、のか?」
半信半疑だったけど、心の中でイメージしてみる。目の前にある触手が、全部吹き飛んでしまう姿――。
すると次々に風船のように膨らんでいき、勝手に破裂をはじめてくれたではないか。
「優斗、お前……」
驚いた声をあげた母さんに、俺は親指を立ててやった。
「自分でできることはやってみるから、母さんも頑張って!」
「分ったよ。好きにやりなさい、そっちは任せたから」
微笑み合ってから、再び堕ちた霊と対峙する。残っている触手を吹き飛ばしながら、どうやって博仁くんを助けるかを必死に考えた。
自分に残された霊力があとどのくらいなのか、さっぱりと見当がつかなかったけど、やるだけやってみるしかない。
「このまま指をくわえて、黙っていられるかってんだ。あの巨体から博仁くんを引っ張り出さなければ。……あ、そうだ!」
霊体の状態なら素早く飛んで博仁くんのところへ行き、急いで引っ張り出してすぐに戻れば時間短縮とともに、護りも何とか維持することができるかもしれない。
「博仁くんに霊体を引っ張り出されたイメージを思い出してみれば、自分でもできるかな?」
強引にだけど優しく引っ張られた感じを、一生懸命に思い出してみた。するっとしてから、フワッと出てきちゃったような感じ――
「あ……これ、だ……」
スルッとというのじゃなく、ズルリという感じで出て来られた。だけどあのときとは違う……どうして?
「何だ、これ。全身が光ってる」
神々しい光に包まれて、金色に輝いている自分。何が一体、どうしたというのだろうか? もしかして、やってはいけないことをしちゃったとか?
「母さん……どうしよ、これ?」
情けない声を出した俺を見て、愕然とした顔した母さん。
「お前……どうして神威を纏ってんだい」
「カムイ? 何だよそれ? 悪いものなのか?」
「説明はあとでしてあげるよ。どうして霊体になったのか予想はついてる。早いトコ行ってあげな!」
「行くよ、準備はいいかい?」
いつもより気合の入った声で訊ねてきた母さんに静かに頷いて、堕ちた霊の場所まで一直線に進んだ。
――俺は防御に徹する、母さんと自分を護るんだ――
数珠を握り締めながら心の中で何度も呟くと、自分を覆うような煌く結界が突然現れた。隣にいる母さんを見たら、同じような結界に包まれていた。
「やればできるじゃないか。さすがは私の息子だぁね」
普段褒めない母さんの言葉に、思い切り照れてしまう。顔が結構熱い……。
「上手く出来たからといって、油断するんじゃないよ。さっさと歩く!」
バコンと頭をたたいて先に行ってしまった母さんの背中を、慌てて追いかけた。そこにいたのは――。
「博仁くんっ!」
アメーバーのような真っ黒い塊をした大きな物体が、博仁くんの霊体にドロドロしたものを体にかけて飲み込もうとする姿があった。まるで、消化液をかけているようにも見える。
(怖い――あれがもし、自分にかけられたら……)
「優斗っ、こっちに来るな! 僕のことはいいから、早く逃げてくれ!」
博仁くんが言葉を発した瞬間、彼の言葉を飲み込むように堕ちた霊が大きな巨体を使って、彼に覆いかぶさってきた。
「母さんっ!」
「分かってるよ。阿謨伽 尾盧左曩 摩訶母捺 鉢納入……」
聞いたことのない呪文を低い声で唱え始めたら、堕ちた霊の動きがぴたりと止まる。だが、ホッとしたのも束の間だった。
動きを止めた体から、カエルの手のような触手が何本も現れはじめ、その手を俺たちに向かって伸ばしてきた。
「ヒッ!?」
音もなく伸びてきたそれに、体を強張らせて目を閉じるしかできない――。
「怯むんじゃない、目の前をしっかりと見据えなさい!」
ビビリまくる俺に、母さんが叱責する。
言われた通りにするしかないと諦めて、おっかなビックリしながら瞳を開けたら、結界にびっしりと堕ちた霊の触手が何本もへばり付いていた。
見るに堪えない気持ちの悪い状態だけど、逃げずに立ち向かうしかない。
――博仁くんを助けるために――
気持ちを強く持つと、へばりついている触手の行動を落ち着いて見ることができた。何本もへばりついてる触手が、強い力を使って結界を壊そうとしている様子に考えを巡らせる。
その間にも博仁くんの体を飲み込もうと、堕ちた霊がゆっくりと動き始めていた。
俺に霊力を与えたせいで、母さんの除霊のパワーが落ちているのかもしれない――俺のせいで……もっと自分に力があれば、攻撃だってできるというのに。
「こんな触手をさっさと吹き飛ばして、博仁くんを助けることができたら」
しみじみと自分の不甲斐なさを実感していたら、風船が割れるような破壊音が耳に聞こえた。
「へっ!?」
よく見てみたら、たくさんある中の数本の触手自ら大きく膨らんでいる状態となっているではないか。
「もしかして……念じる力が伝わった、のか?」
半信半疑だったけど、心の中でイメージしてみる。目の前にある触手が、全部吹き飛んでしまう姿――。
すると次々に風船のように膨らんでいき、勝手に破裂をはじめてくれたではないか。
「優斗、お前……」
驚いた声をあげた母さんに、俺は親指を立ててやった。
「自分でできることはやってみるから、母さんも頑張って!」
「分ったよ。好きにやりなさい、そっちは任せたから」
微笑み合ってから、再び堕ちた霊と対峙する。残っている触手を吹き飛ばしながら、どうやって博仁くんを助けるかを必死に考えた。
自分に残された霊力があとどのくらいなのか、さっぱりと見当がつかなかったけど、やるだけやってみるしかない。
「このまま指をくわえて、黙っていられるかってんだ。あの巨体から博仁くんを引っ張り出さなければ。……あ、そうだ!」
霊体の状態なら素早く飛んで博仁くんのところへ行き、急いで引っ張り出してすぐに戻れば時間短縮とともに、護りも何とか維持することができるかもしれない。
「博仁くんに霊体を引っ張り出されたイメージを思い出してみれば、自分でもできるかな?」
強引にだけど優しく引っ張られた感じを、一生懸命に思い出してみた。するっとしてから、フワッと出てきちゃったような感じ――
「あ……これ、だ……」
スルッとというのじゃなく、ズルリという感じで出て来られた。だけどあのときとは違う……どうして?
「何だ、これ。全身が光ってる」
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「母さん……どうしよ、これ?」
情けない声を出した俺を見て、愕然とした顔した母さん。
「お前……どうして神威を纏ってんだい」
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