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第2章:導きの乞え

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「あ……?」

 目の前にいる博仁くんを不思議に思いながら、体を触って自分が戻ってきたことを実感する。

(くそっ! もう少しだったのに……)

「優斗、そこを退きなさい。今から除霊する」

「待って、それなら俺が」

「お前は知らないでしょう? 浄化の方法しか」

 俺を突き放すような物言いに急いで立ち上がり、博仁くんの前に立った。

「いきなり除霊なんてあんまりだ。彼の願いくらい、最期に聞いてあげてもいいだろう?」

「優斗、はじめに教えたことがあったでしょ。それは何だい?」

 忘れもしない――常日頃から言われ続けられている言葉だから尚更。

「いつ如何なるときでも油断をしないこと。情に流されないこと……」

「お前はその大事なふたつを約束を破った結果、体を乗っ取られちまったんだよ。危険な霊だと、全身で感じとっていただろうに」

(優斗……済まない)

 言いながら俺の右足首を、ぎゅっと掴んできた博仁くん。次の瞬間、頭の中でバチッと火花が散った。

「!!」

「あっ、コラッ! 待ちなさいっ!」

 息が詰まってその場にしゃがみ込むと、母さんが舌打ちしながら崩れてしまった体を抱きしめてくれる。頭がクラクラする上に、少し吐き気もした。

「大丈夫かい、優斗?」

「う……何とか、ね」

「まったく。お前に釘付けだったお蔭で、まんまと逃げられちゃったよ。油断した」

 ――そっか、逃げることができたんだ。

「何だい、その安心しきった顔は。自分の霊力を奪われたというのに」

(俺の霊力が奪われただって!?)

 告げられた事実に、唖然とするしかない。

 母さんに抱えられながらゆっくりと立ち上がり、家の中に連れて行ってもらって、玄関傍にある仏間に仰向けで横たわった。

「お前が今こんな状態になったのも、あのコが一気に霊力を奪ったからさ」

「……信じられない、そんな」

「正直、そこまで霊力がないからこそ、こういう技を使えるようになったんだろうね。優斗、目を閉じなさい」

 枕元に座った母さんが、額に手を当ててくれる。言われた通り目を閉じたら、あたたかい何かが体の中に染み込む感じが伝わってきた。何だか、温泉に入ってる気分みたいだ。

「お前はあの炎を手渡されたら、使ってみたいと思うかい?」

 唐突に訊ねられた言葉に一瞬考えてみたけど、迷うことはなかった。

「使わない。博仁くんは命が危なくなったから使ったって言ってたけど、同じ状況になってもきっと俺は使わないと思う。基本、ビビリだし」

「ビビリでもいいんだよ、それで。体が教えてくれるだろ、これはヤバイものだって」

「うん。背筋がゾクゾクした。俺が触れちゃいけない物だって直ぐに分かったから、博仁くんには悪いけど放り投げちゃってさ」

 何とも、後味が悪いとしか言いようがない。

「霊能力があるからこそ、そのヤバさは否応なしに分かるハズだよ。それに手を出したら、命の保障がないってこともね」

「命の保障?」

「ああ。あれは自分の命を削って霊力に変換させて、地獄から貰い受ける炎だから。そのコの寿命が、一瞬だけ長らえただけということだぁね」

 そんな……自分の寿命が縮むことが分かっていながら、地獄の業火に手を出したなんて――ひとえに、堕ちた霊を除霊するためだけに。

 そして今もなお博仁くんは俺の体を使って、除霊しようとしていた。彼をそこまで駆り立てるものって、一体何だろうか?

「さてと。私の霊力を、ちょっとだけ移植してやったよ。もう立てるだろ?」

「うん……」

 本当はお礼を言わなきゃならないんだろうけど、そこまで気持ちに余裕がなかった。今まで自分がやって来た浄霊が、中途半端すぎて情けないと思ったから。

「吸い取られた霊力も、お前だと一晩寝たら元に戻っているだろうから安心しなさい。それと――」

「なに?」

 体を起こして顔だけ振り向き母さんを見たら、少し浮かない顔をしていた。

「優斗の体に入れないように、仕掛けを施したから。もう、あのコと付き合うのは止めな」

「……どうして? だって博仁くんは霊体になっても、堕ちた霊と戦うって言ったんだ。俺はそれに賛同した。力になりたいと思ったから」

「そうしてお前は霊力を吸い取られ、やがて同じように霊体なる運命に、引き寄せられるかもしれないのにかい?」

 その言葉にくっと息を飲み、顔を背けるしかない。

「やれやれ……。やっと訪れた反抗期が命がけって、どうやったら止められるんだい」

 ため息混じりの困り果てた様子が、ひしひしと伝わってきた。俺だってムダなことをしたいワケじゃない。ただ、博仁くんの熱意に応えたいだけなんだ。

「すっごい怖がりでビビリのお前が、あのコに憧れる気持ちは分からなくはないよ。だけどね師匠として母親として、間違った道に行こうとする可愛い息子のことを考える、私の気持ちも考えてちょうだい」

「母さん……」

「お前の霊力を一時的に奪ったところで、あのコはいずれ堕ちた霊になる。堕ちた霊になって、お前を食らいにやって来るんだよ」

 そんな――博仁くんが堕ちた霊になるなんて。

「それか堕ちた霊になる前に堕ちた霊に食べられるか、どちらかだろうね。だから関わるんじゃない、優斗。頼むから……」

 涙声の母さんが、後ろから俺の体をぎゅっと抱きしめてきた。だけどそれをさっと振り解く。

「優斗――?」

「悪い……俺は今まで知らなかったから。浄霊以外の術も自分の体を抜け出して、霊体になることも何もかも知らず、キレイな部分しか見てこなかった。堕ちた霊がいるなんて、全然知らなくて」

 それを一番最初に教えてくれた博仁くん。たとえ彼が堕ちた霊になったとしても、自分ができることをしてあげたいって思うんだ。

「それは力を使う上で踏んでいく段階があるから、私はあえて教えなかったんだよ。まずは、正しい力の使い方を知らなければならなくて」

「母さんの言いたいことは分かる。だけど俺はショックだった。自分が今までやってきたことが、無意味に思えてならなかったんだ……。だからもっと」

 強くなりたいと願った。博仁くんのように――。

 立ち上がって、仏間から2階へと一気に駆け上がる。そして自分の部屋に閉じこもった。

 この先どうやって力を使っていくかを迷ってしまい、何も視たくないと思ったから布団を頭から被り、暗闇の中に身を置くしかできなかった。
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