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水戸史哉side
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その年の春、いつものように新入社員が入ってきた。バイトから正社員に昇格した珍しい女性を見ると、何となく出会った頃の綾に似ているような気がした。
社交的な綾とは違い、他の新入社員と関わることなく、自分の仕事を黙々とこなしていく姿は、新鮮に俺の目に映った。
自分を慕っているのが分かっていたのに、距離を縮めようとするとなぜだか距離をおかれる。警戒心の強い猫のような彼女が、気になって仕方なかった。
――そんなある日。
帰ろうとしたらまだ明かりのついている部署があり、誰が残業しているか顔を出してみた。扉から覗くと中林くんがデスクに向かって、何やら書き物をしている。
確か昨日も、残業していたような……?
彼女の背後に近付き、そっと声をかけてみる。
「遅くまで頑張りすぎじゃないか? 他の人は帰っているのに」
振り向いた彼女の顔色は、明らかに悪くて心配になる。まぶたをめくると貧血の兆し、しっとりとした柔かい頬も冷たい。
「ほら、貧血気味になってるじゃないか。普段は何を食べてるんだ?」
「適当に、つまめる物を食べてます」
きょとんとして答える。
しっかりしてそうなのに、どこか抜けている彼女に苦笑いした。
この時は下心など全くなく彼女を自宅に招き入れ、食事をご馳走すべく腕によりをかけた。
「何か、お手伝いすることはありませんか?」
なんて気を利かせ聞いてくる彼女に、自然と笑顔を返した。するとちょっと照れた感じで視線を外したのが可愛らしくて、妙に心が騒いだ。
いかん……意識してしまった。
俺が料理をしている最中、彼女はカバンから何かを取り出して、じっと目を通していた。フライパンを操りながら、遠くからそんな様子をつい見てしまう。
漆黒の長い髪に、影を落とす長いまつ毛が妙に色っぽい。ソファの隅っこで小さくなって座っている姿も、控えめな彼女の印象をとても良くしていた。
「さぁ出来たよ、たくさん食べてくれ」
自信作の料理をテーブルに並べる。一生懸命に作った料理を口にして、破顔しながら食べてくれた。
「水戸部長って、料理ができるんですね。しかもどれも美味しいです」
料理に箸を進めながら褒めてくれることに一安心した。本当に良かった、口に合ったみたいで。
そんな彼女を見ていると、何だか愛おしくて堪らなくなってくる。久しぶりに家に、明かりが灯った感じ――
俺がじっと見つめていると、不意に彼女が視線を外して俯いた。少し赤くなっているその様子に、思わずぎゅっと抱きしめる。
「水戸部長っ」
体をぎゅっと硬くして縮こまる彼女。だけど拒むわけじゃなく、大人しくしていた。そんな彼女の背中を、子供のようにあやしてやる。
落ち着いてきたのか体の緊張を解いた彼女が、恐るおそる俺を見上げた。真っすぐなその視線が愛しくなり、更に抱きしめてしまう。
嬉しそうな顔をした彼女が、ゆっくり目を閉じた。それが合図のように、俺は口づけをする。
お互いの寂しさを埋めるように、この日は抱き合った。
その年の春、いつものように新入社員が入ってきた。バイトから正社員に昇格した珍しい女性を見ると、何となく出会った頃の綾に似ているような気がした。
社交的な綾とは違い、他の新入社員と関わることなく、自分の仕事を黙々とこなしていく姿は、新鮮に俺の目に映った。
自分を慕っているのが分かっていたのに、距離を縮めようとするとなぜだか距離をおかれる。警戒心の強い猫のような彼女が、気になって仕方なかった。
――そんなある日。
帰ろうとしたらまだ明かりのついている部署があり、誰が残業しているか顔を出してみた。扉から覗くと中林くんがデスクに向かって、何やら書き物をしている。
確か昨日も、残業していたような……?
彼女の背後に近付き、そっと声をかけてみる。
「遅くまで頑張りすぎじゃないか? 他の人は帰っているのに」
振り向いた彼女の顔色は、明らかに悪くて心配になる。まぶたをめくると貧血の兆し、しっとりとした柔かい頬も冷たい。
「ほら、貧血気味になってるじゃないか。普段は何を食べてるんだ?」
「適当に、つまめる物を食べてます」
きょとんとして答える。
しっかりしてそうなのに、どこか抜けている彼女に苦笑いした。
この時は下心など全くなく彼女を自宅に招き入れ、食事をご馳走すべく腕によりをかけた。
「何か、お手伝いすることはありませんか?」
なんて気を利かせ聞いてくる彼女に、自然と笑顔を返した。するとちょっと照れた感じで視線を外したのが可愛らしくて、妙に心が騒いだ。
いかん……意識してしまった。
俺が料理をしている最中、彼女はカバンから何かを取り出して、じっと目を通していた。フライパンを操りながら、遠くからそんな様子をつい見てしまう。
漆黒の長い髪に、影を落とす長いまつ毛が妙に色っぽい。ソファの隅っこで小さくなって座っている姿も、控えめな彼女の印象をとても良くしていた。
「さぁ出来たよ、たくさん食べてくれ」
自信作の料理をテーブルに並べる。一生懸命に作った料理を口にして、破顔しながら食べてくれた。
「水戸部長って、料理ができるんですね。しかもどれも美味しいです」
料理に箸を進めながら褒めてくれることに一安心した。本当に良かった、口に合ったみたいで。
そんな彼女を見ていると、何だか愛おしくて堪らなくなってくる。久しぶりに家に、明かりが灯った感じ――
俺がじっと見つめていると、不意に彼女が視線を外して俯いた。少し赤くなっているその様子に、思わずぎゅっと抱きしめる。
「水戸部長っ」
体をぎゅっと硬くして縮こまる彼女。だけど拒むわけじゃなく、大人しくしていた。そんな彼女の背中を、子供のようにあやしてやる。
落ち着いてきたのか体の緊張を解いた彼女が、恐るおそる俺を見上げた。真っすぐなその視線が愛しくなり、更に抱きしめてしまう。
嬉しそうな顔をした彼女が、ゆっくり目を閉じた。それが合図のように、俺は口づけをする。
お互いの寂しさを埋めるように、この日は抱き合った。
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