貴方が残してくれたもの

相沢蒼依

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鏡花水月~Imitation Black~(山上達哉の高校生時代の話)

Imitation Black:切ない別離6

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***

 生徒玄関で、上靴を鞄に仕舞っている山上に、やっと追いついた。

「鞄、ひとつ持ってやるよ」

「いつも有難う、助かる」

 そう言って遠慮なく、重い方の鞄を俺に寄こした。

「ちゃっかりしてるよな、山上は」

「だって軽い鞄を渡したら、松田はきっと重いの寄こせって言うだろ。僕なりに、気を利かせたつもりだよ?」

 カラカラ笑いながら、俺の顔を見る山上が眩しくて、不自然に目を逸らした。

「ファイル、俺ん家にあるんだ。一生懸命やり過ぎて、持って来るの忘れちゃってさ」

「……お邪魔してもいいのかい?」

 妙な間の後、艶っぽい声で訊ねる山上の言葉に、ブワッと赤くなってしまった。

 家に入って、俺の部屋でふたりきりになる。そして……その後の展開が頭の中で勝手に再生され、それを隠そうとして、口をパクパクさせてしまい――

「どうした、松田。顔が変だよ?」

 あからさまに、山上が不審そうな目をして、じっと俺を見る。

「へ、変なのは、生まれつきだって。あははは……」

「大丈夫だよ。二人きりになっても、僕は松田に手を出さないから。だって、嫌われたくないしね……」

 愁いを帯びた瞳で言い放ち、ひとりで生徒玄関を出て行ってしまう。

 手を出さない……その言葉に俺は、落胆を隠せなかった。

 山上の鞄をぎゅっと握りしめ、足早にアイツの背中を追いかける。
 
「山上ってば、待てよ。さっきから、さっさとひとりで歩いてさ。俺の家、分かってんのか?」

「知らない。松田が、ボーッとしてるのが悪いんだよ」

「悪かった、そこ左に曲がって」

 無言でふたり並んで、ゆっくり歩く帰り道。いつもより早い時間帯なので、西日が差すことはなく、ゆえに影も出来ない。

「残念。今日は手を繋いで、帰れないね」

「何、言ってんだよ? 手なんて繋いで、帰ったりしてないだろ」

「僕の目は誤魔化せないよ。夕日で出来た影を使って、こっそり手を繋いでるの、しっかり確認してるんだからな」

「げっ!」

 バレてた、しっかり確認されてたなんて。俺、穴があったら入りたい気分……

「不自然な手の動きしてたから、どうしたのかなぁと思って。そんでキョロキョロした結果、見つけちゃったんだ。随分、可愛いことをしてるんだなってさ」

 そして空いてる右手を、俺の左手に絡める。細長い指で、しっかりと絡められて、無駄に心拍がバクバクとなってしまった。

 例えるなら、口から心臓が飛び出そうな勢いだ。

「手、繋いで帰ろ」

「ちょっ、男同士でそんな。可笑しいだろ……」

 真っ赤になって、しどろもどろしてる俺に、少し顔を赤くして、上目遣いをした山上が、

「じゃあ、そうだな。僕、はしゃぎすぎて疲れちゃったから、松田が家まで引っ張って連れて行ってくれると、助かるんだけど?」

 涼しげな一重瞼を細め、俺を見る山上の姿は、本当にそそられる。この行動も絶対に、確信犯なんだろう。

「何だよ、それ……」

「理由があれば松田は、いつもやってくれるから。実際、はしゃいでるのは本当だしね」

 そう言って絡めた指に、きゅっと力を入れる。
 
 そんなことをされたら、余計解けないじゃないか。ホント、策士だよ山上は。

「分かった。引きずってでも、連れて行ってやる。しょうがないな」
 
 仕方ないといった風な口ぶりで俺が言うと、嬉しそうに引っ張られる。

 繋いでるふたりの手の:温度(ぬくもり)は、きっと同じくらい熱かったと思う。
 
 こうやって帰るのは、最初で最後だと思ったから、俺はしっかりと手を握りしめた。
 
 小さな幸せを、噛みしめながら――
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