貴方が残してくれたもの

相沢蒼依

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鏡花水月~Imitation Black~(山上達哉の高校生時代の話)

Imitation Black:堕ちた瞬間

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「やべぇ、どうしよう……」

 見てはいけないモノを見てしまった。正確に言えば、見たくないモノでもある。
 
 同性相手に抱いてしまった恋心に、胸が痛んで、下唇をきゅっと噛みしめた。

 高い偏差値と家のグレードが高い、男子高に通っている俺。正直俺の家は周りと比べると、グレードが低い方だ。
 
 小さな鉄工所の社長をしている親父が、バスケの名門校でもあるここにいろいろ手を尽くして、何とか入学させてくれた。
 
 お陰で俺はバスケに勉強にと、青春を謳歌しているのだが……何事も上手くはいかないワケで――ここに来て一目惚れをした相手が、同性だからなのである。

 入学して、まだ日が浅いある日。バスケ部に入部届けを出そうと、廊下をぼんやりと歩いていた。
 
 入部届けに不備がないかチェックしながらだったので、目の前から来る人物に全く気がつかなかった。
 
 ゴンッ!
 
 互いの頭がぶつかって、持っていた物がバサバサッと床に落ちる。

「悪い!」

 痛みを堪え、慌てて屈むより先に相手が素早く入部届けと自身が落とした本を、さっと手に取った。

「僕も本を読みながらだったから、悪かったよ。そにしてもすごい音がしたな」

 ふわりと笑いながら、入部届けを手渡してくれるその顔を見て、思わず息を飲んだ――
 
 タイトな髪形に、妙に整った顔立ち。カッコイイとキレイを足した様なその面持ちは、一瞬で俺の心を奪った。
 
 歌舞伎の女形をやったら、似合うだろうな。そう思える顔立ちだった。

 あまりの衝撃に、声を出せずにいると、

「バスケ部に入るんだ。中学でもやってたの?」

 俺の手元を見ながら、訊ねてくる。
 
 ここは1年のフロアなので、多分コイツも1年生のはず――

「うん、三年間やってたんだ。君はどこかに入らないの?」

「生憎、人と群れるのがあまり好きじゃないんだ。僕、1年C組の山上 達哉。出会い頭で、本当に悪かった」

「こっちこそ、ホントごめん。俺は1-Aの:松田 裕文(まつだ やすふみ)……」

「部活頑張ってね、じゃ」


 ふぅんてな感じで、切れ長の一重瞼を一瞬細め、俺が来た廊下を本を小脇に抱え、ゆっくり歩いて行く山上。

 その姿はさしずめ、男子校に咲いた可憐な一輪の花――

「ってちょ……俺、頭が可笑しくなったのか!?」

 思わず入部届けを、ぎゅっと握りしめてしまった。
 
 あの瞳に見られるだけで、何か煽られるような、そんなヤバい感じがした。

「上級生に襲われなきゃいいけど大丈夫かなって、ヤバい! 入部届けがグチャグチャになってしまった」

 慌てて壁に押し付けて、両手でグイグイとシワを伸ばす。
 
 シワを伸ばしながら、ふと考えた。
 
 山上との出逢いが無かったら良かったのになって。山上が女子だったら、また違った展開になっただろうに。
 
 こんなことを考えてる俺って、本当にバカみたいだ。
 
 自分の気持ちを持て余しながら、山上とは反対側の廊下を、俯きながらトボトボ歩く。
 
 それはもう関わることのない、ふたりの関係の様だと思った。
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