貴方が残してくれたもの

相沢蒼依

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virgin suicide :貴方が残してくれたもの

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***
 
 警察署を出てから、山上先輩が眠っているお墓に来ていた。

「山上先輩……やっとここに来たよ」
 
 胸の奥がきゅっと絞めつけられ、すごく切なくなる。
 
 持ってきたひしゃくで、じゃばじゃばとお墓に水をかけ、黙々と掃除をした俺。スポンジでゴシゴシお墓を擦っていると、何だか山上先輩の広い背中を洗ってるみたいで、つい笑ってしまった。
 
 そして、カサブランカを花立に差す。何の花が好きか分からなかったので、山上先輩に似合いそうな、カサブランカにしたんだ。
 
 掃除道具を片付け、墓前に向かってきちんと合掌してから地面に体育座りして、ゆっくり話しかける。

「山上先輩が追ってた汚職事件。関さんとふたりで、やっと解決したんだよ」
 
 残してくれた資料、とても役に立った。

「山上先輩を撃った被疑者も、捜査一課総出で一斉検問かけて、すぐに捕まったんだ。坊っちゃんの仇討ちだ~とか言って、みんなが必死に捜査したんだよ」
 
 影では悪口を言っていたのに心のどこかで、貴方を認めていたんじゃないかな。

「やっぱ、山上先輩はすごいなぁ……」
 
 膝頭に額を当てて、そっと俯いた。柔らかく微笑んでる、山上先輩の顔が瞼の裏に映る。
 
 俺を愛しそうに見つめてくれる、ふわりと笑った顔――

「こんなすごい人が自分の恋人だったなんて、ホント奇跡みたいな話……俺はドジばかりして、ダメな男、だから」
 
 ――今だって、そう――

 俺は何をすればいいのか、分からない状態で。無気力とは違う、何かに支配されていた。

 心が、身体がずっと、貴方を求めているんだ。悲鳴をあげ続けているんだよ……

「ねぇ、そっちに逝ったら両手を広げて、俺を迎えてくれる?」

 山上先輩がいなくなってから、特に夜が淋しくて、身体が冷たくて。いつも甘えるように、貴方は俺に抱きついて寝ていたから。そのぬくもりがないことをひしひしと感じただけで、すごく――

「つらいんだ。死にたくなるほど。つらい、よ……」

「死んだら、山上に叱られるぞ。何やってんだ、このバカ! ――ってな」

 顔を上げ声のする方を見ると、そこにはデカ長が苦笑いしながら、こちらに向かって歩いている姿がそこにあった。

「何、山上の墓前で、そんな辛気臭い顔してるんだ。ほらそこ、ちょっと退いてくれや」

 慌てて言われた通り退くと、小さくて可愛らしい敷物を、ババッとそこに敷いた。

「娘が幼稚園の時に使ってた、お古なんだよ。水野、ここに座りなさい」

「……失礼、します」

 靴を脱いでおずおず座ると、向かい合う形でデカ長も座った。カバンからおもむろに、缶ビールを取り出す。

「なぁ、山上。コイツ酷いんだ。今日は表彰式だってのに、勝手に欠席してよぅ、しかも俺のデスクに辞表を置いて、さっさと出て行きやがったんだ」

 言いながら、俺の手に無理矢理、缶ビールを持たせた。

「山上が亡くなってからの一ヶ月半で、水野はえらく成長したと思ったんだけどな。事件が解決しちまったら、一気に何かが抜けてしまったか?」

 垂れた目を細めて、優しく微笑むデカ長。俺はどうしていいか分からず、手渡された缶ビールを、じっと見つめた。

「お前さん宛てに、山上から遺言……預かってる」

「えっ!?」
  
 驚いて顔を上げると、デカ長はやるせない顔をして、ぽつりぽつりと語り出す。

「山上が撃たれた直後、俺に電話してきたんだ。遺言、聞いてほしいって」

「山上先輩が……?」

「ああ。水野が刑事辞めないように、引き留めてくれってさ。山上はお前さんのこと、何でもお見通しなんだなぁ」

「辞めないように? どうしてそんなこと……」

「僕が手塩にかけて、育てた時間を無駄にするつもりか水野。って言うんじゃないかね。なぁ山上?」
 
 似てない山上先輩のモノマネして、そっと墓石へ視線を移し、ここにはいない山上先輩に訊ねた。返事なんて、返ってくるハズないのに――

 それから困惑しまくりの俺の顔をじっと見て、とてもつらそうに顔を歪ませる。

「山上が最期に……政隆、ありがとうって、囁くように言ってたよ。俺はそれ聞いて、マジ泣きしちまってな。一人きりで逝く山上が、可哀想でならなかったわ」
 
 その言葉を聞いて、俺は下唇を噛んだ。泣かないように強く噛んだのに、止めどなく涙が溢れてきて。
 
 愛してるという言葉より、何故だかすごく――心に響いてしまった。

「山上、せんぱ……」
 
 俺に刑事を辞めるなと言った。貴方の代わりに、刑事を続けろってことなの?
 
 いろんな想いがぶわっと胸の中に詰まって、涙を流しながら嗚咽をあげる俺に、デカ長は優しく頭を撫でてくれた。

「山上が、捜査一課に初めて来たときな。隣にある、マル暴担当に配属されたんだよ。ホストみたいにブランド物のスーツをビシッと着こなして、刑事らしくない雰囲気を、何となくだけど漂わせててさ。初めまして、山上 達哉です。好きな言葉は徴悪です。って言ったのが、印象的だったなぁ」

「うっ……何か、山上先輩らしいですね。勧善懲悪って、言わないトコが」

 鼻をグズグズさせながら言うと、大きく頷いた。

 その頃の山上先輩は、今と変わらずカッコイイんだろうな。

 流れ落ちてくる涙を拭って、しっかりと話を聞いてみる。

「犯人検挙するためには、手段選ばないヤツだったから。持って生まれたセンスも手伝って、手柄と一緒に始末書もたくさん立ててたけどな。実際はその手腕を買われて、三係に引っ張られたんだよ……それと同時に関に頼まれて、所轄の汚職事件の捜査に着手したんだ」

「デカ長は、山上先輩がその事件調べてるの、知っていたんですね」

「始めからじゃないさ。デカ長になって、暫くしてからかな。関に呼び出されて、オーバーワークにならないよう、気をつけてやって欲しいと頼まれた。そのときに、事情を聞いたんだ」

 デカ長が空を見上げながら、切なそうな顔をする。

「毎日、きゅうきゅうと仕事してた山上が、水野が来てから変わったなぁ。落ち着いたというか、しおらしくなったというか」

 信じられない言葉を聞いて、げぇっと言いながら、眉間にシワを寄せてしまった。

「あの、アレで落ち着いた……と言うんですか?」

「水野が来る前はほぼ毎日、関と始末書について、ケンカばかりしてたから。表向きは、犬猿の仲を演じてただけみたいだが」

 デカ長は深いため息をついてから、手に持っている缶ビールのリングプルを引き抜いた。

「水野の表彰、本当は山上と交えて三人で、お祝いしたかったよ。ほら遠慮せずに、いい加減、開けなさい」

「は、はいっ!」

 慌てて引き抜いたら、ビールが少し溢れてしまった。

「まったく――山上がいてもいなくても、お前さんのドジっぷりは、しっかり健在だな」
 
 苦笑いしながら俺の手元を、ポケットから出したハンカチで、優しく拭ってくれる。

「すみません……」

「すみませんついでに、これで鼻をかんでおけ」

 ポケットティッシュを手渡されたので、頭を下げながら、いそいそ鼻をかんだ。

「……何から何までホントに、すみません……」

 俺が謝ると右手に持ってる缶ビールを掲げ、フワッと微笑んだ。その笑顔が、すっごく眩しくて、思わず目を細めてしまう。

「山上の代わりに水野の面倒、見なきゃだからな。お前さんも決めたか? 山上の遺志を継ぐことを、さ」

 俺はしっかりとデカ長の目を見てから、同じように缶ビールを掲げた。

「山上先輩の命令は絶対、ですから……。きちんとしなきゃ、あの世から出てきて、祟られちゃうかもですよね?」
 
 俺たちは笑い合いながら、缶ビールをカチンと当てて乾杯をした。

「良かったな、山上。水野が刑事を辞めなくて。当の本人は幽霊でもいいから、逢いたいだろうけど?」
 
 その台詞に、呑んでいたビールを吹いてしまう。

「本当デカ長には、敵いませんね……」
 
 言われたことは事実なので、あえて否定はしない。

「口だけは、山上に負けないな。困ったヤツだ」

 困ったと言いながらも、何だか嬉しそうなデカ長。俺はやっと心から、笑うことが出来た。

「水野にとって山上の存在が大きかった分、亡くなって苦しんだかもしれん。だけど大きかったからこそ、それを柱に頑張っていけるよな?」

 さっきまで心の中に渦巻いてた無気力や喪失感が、山上先輩の『ありがとう』の言葉で、キレイさっぱり、なくなってしまった。
 
 代わりに芽生えた、頑張らなきゃという新鮮な気持ち。

 山上先輩みたいに、カッコイイ刑事にはなれないだろうけど――俺だからこそ何か出来ることがあるんじゃないかって、心の中で思い始めていた。

「はい。デカ長にはたくさん迷惑かけると思いますが、改めて宜しくお願いします!」
 
 俺がそう言うと、胸ポケットから手紙を取り出す。

「じゃあ、これは用済みだな」
 
 俺が書いた辞表を、縦にビリビリと引き裂いてくれた。

「山上以上に厳しく、ばんばんしごいていくから、覚悟しておけ!」

「はい、頑張ります!」
 
 そうして二人で、一気にビールをあおった。
 
 山上先輩が『徴悪』なら、俺は『勧善懲悪』で行こう。勿論、ドジを減らすことは忘れない。
 
 ――これでいいよね? 達哉さん。
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