貴方が残してくれたもの

相沢蒼依

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virgin suicide :守りたい

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***

 次の日、山上先輩に頼まれた書類を、捜査本部に届ける為に、俯きながら廊下を歩いていた。山上先輩のデキる仕事ぶりを、くまなくチェックすべく、パラパラ捲りながら読んでいると――

「あっ、水野さんだ!」

 キツネ顔の男が、いきなり俺を指差して、バタバタ駆け寄って来る。
 
 えっと……どこかで見覚えのある、顔なんだよね。

「初めまして。俺、水野さんに憧れて、刑事になったんです!」

 いきなり、ぎゅっと右手を握られた。憧れられることなんて、した覚えはないのだが――?

「君って、確か……捜査三課にいるよね?」

 いい感じに個性的な顔をしていたので、間が悪いことに、何となく思い出してしまった。

「俺のこと、知っててくれたんですか?」

 きらきらと目を輝かせ、こっちに迫ってきたので、その迫力に思わず一歩退いたら、握られている手で押し止められる。

「すっごく嬉しいです。憧れの水野さんに俺のこと、覚えててもらえるなんて」

 その、何ともいえない迫力に気圧されていると、次々と勝手に喋り出すキツネ顔の男。

「水野さん、刑事になるのに山上さんの権力を無視して、自力で刑事になったっていうじゃないですか。それって、すごいと思ったんです。権力に屈しない水野さん、すっげぇカッコイイなって……」

 そして俺の顔を、まじまじと見つめてくれたのだが。

「しかも本人に実際逢って見たら、結構キレイな優男だし。そのギャップに、思わず萌えてしまいました」

 憧れるのも萌えるのも、キツネ顔の男の勝手だけど、正直なトコ何か気持ち悪いぞ。

「あの~、悪いんだけど俺、先を急いでるから」

 苦笑いをしながら、やんわりとお断りしたのに全然、手を離してくれない。

「今度、呑みに行きませんか? 了承してくれたら、手を離してあげます」

 気持ち悪い上に、強引。ホント、最悪な男だな――

「そこまでにしとけよ。この、うかんむり野郎!」

 唸るようなハスキーボイスが、廊下に響いた。
 
 後ろを振り返ると、山上先輩がもの凄い形相で、こっちを睨みつけている。多分、俺を睨んでいるんじゃないって分かるけど、その視線はどうみたって、刺し殺しそうな勢いだ。

 それよりも……
 
 ――うかんむり野郎って、窃盗の事だよね。実際のところ窃盗の窃は、あなかんむりだけど警察用語で、うかんむりと呼ばれていた。

「何のことでしょう?」

 睨まれてるのに、全然臆する事なく、飄々としている態度。

「いつまで僕の水野に、触ってるんだよっ!」

 怒りを示すべく、ドスドス足音を立てて俺たちの傍に来ると、その腕をばっと乱暴に引き剥がした。

「水野もどうして、こんなヤツにされるがままになってるんだ。このバカっ!」

「すみません、すみませんっ!」

 離したくても、すごい力で握られてて正直、怖かったのだけれど言えない……山上先輩の怒りの方が、もっと怖いから。なんて……

「へぇ、僕の水野ね……。ただの先輩後輩の仲じゃないんだ」

「僕のデスクから、何も見つからなかったからって水野を調べても、何も出ないからな」

「水野さん、何も知らないからでしょ。そんなの下調べ、ついていますから」

 笑いながら俺たちに背を向けると、来た道を戻って行く。

「山上さんって水野さんのことになると、がらりと人が変わりますね」

 ポツリと言って消えていく背中に、チッと舌打ちをした山上先輩。

「久しぶりに、超絶ムカついた。絶対に、潰してやるからな……」

 唸るように言って俺の右手を強引に引っ張り、捜査本部に向かって歩く。
 
 見た事がないくらい怒ってる姿に、俺は山上先輩に声をかけることが、どうしても出来なかった。
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