貴方が残してくれたもの

相沢蒼依

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virgin suicide :貴方との距離

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***

「山上先輩、自宅に着きましたよ。鍵、開けるんで貸して下さい」

 背負っている山上先輩の手から、しっかりと鍵を受け取り、やっとこさ開ける。中に入ると思ってた以上に、部屋が綺麗で驚いた。山上先輩のデスクの上が、いつも雑然としていて、物に溢れていたから。

「ベッドは……あっちかな?」

 山上先輩の体から伝わる体温の高さを感じると、早く寝かせたくなった。

「よいしょっと。山上先輩、ベッドに下ろしますよ……」

 静かに腰掛けて、下ろそうとしたけれど。山上先輩は俺を離そうとせず、更にぎゅっと抱きしめる。

「ちゃんと寝ないと風邪……治りませんよ」

 その行為にドギマギしながら、抱きしめる腕を解くべく、手をかけようとしたときだった。

「寒いんだよ、すごく……。水野があったかいから手離したく、ないんだ……」

 いつもより掠れた、ハスキーボイスで告げる言葉。耳元で告げられたから、妙に残ってしまう。

「薬、ちゃんと飲みましたか?」

「朝は飲んだ……昼はまだ、飲んでない、か」

「水、持ってくるので、離して下さい。ちゃんと飲まないと、熱が下がらないから」

「水なんか、いらない。薬なんてクソ食らえだ……」

「山上先輩それじゃあ、いつまで経っても治らないですよ」

 後ろから抱きしめられてるので、どんな顔をしているのか、全然分からない。呼吸が荒くて、しんどそうにしてるのが、手に取るように分かるだけに、早く薬を飲んで欲しかったのだけれど――

「薬も……水も、酸素もいらない。ただお前が――水野がそばにいてくれたら……それで、いい……」
 
 どうして山上先輩は、俺のことをこんなに、想っているんだろう?

「分かりました。じゃあ一緒に布団に入ってあげますから、まずは着替えましょうね?」

 俺の提案に渋々頷き、離れてくれた山上先輩は、いそいそ着替えを始めた。
 
(大丈夫、この人は病人なんだから。この間の様な事件は、多分起きない。いや、絶対に起きないぞ!)
 
 背広を脱ぎながら、自分に言い聞かせる。

 恐るおそるベッドを見ると、先に布団に入った山上先輩の手が、早く来いといわんばかりに、おいでおいでをしていた。

「失礼します……」

 遠慮がちに布団へゆっくりと足を入れると、細長い腕が俺の体を病人とは思えないスピードで、素早く捕らえた。

「わっ!」 

 拒否る間もなく、密着する互いの体――布団の中は山上先輩の体温で、
かなり暖かい状態だった。

「僕の……水野……」

 そう言って幸せそうな顔をして、眠りについた山上先輩。
 
 本当は署に戻って、会議室を作る手伝いをしなければならなかったけど。抱きしめられた腕を、どうしても解くことが出来なかった。
 
 山上先輩の顔を見てみる。汗で張り付いた前髪を、オデコからそっとはがしてあげた。
 
 俺の肩口を枕にして、甘えるように眠ってる様子は、普段見られない山上先輩の姿をしていて。

「ほっとけない、よね……」

 俺にあんな酷いことをした人とは思えなくて、きゅっと胸が切なくなった。

「嫌いになれたら、すごく楽なのに」

 毒舌マシンだけど、仕事に対する情熱は、始末書を見れば明らかで。――器物破損も何のその。
 
 犯人を検挙するためには、手段を選ばない。そのひたむきさは、本当に舌を巻くレベル。そのひたむきさと情熱で俺を……この人は犯したのだ。
 
 とてもつらくて、苦しくて――憎もうとしたのに、時折見せる山上先輩の優しさに俺は……気がついたら――
 
 目の端で、彼の姿を追ってる自分。そして耳で、貴方の声を必死に捜していた。

「これって、恋……してる、んだ」

 相手は男なのに……自分を無理やり犯した人なのに。自分の想いもそうだけど、これを告げた後の山上先輩の情熱も、正直怖かった。

「さっきの発言も怖かったもんな。どんだけ、俺のことを想ってるんだよ。この人は」
 
 嬉しいけど、怖い。変な感情――

「好きです、山上先輩。早く良くなって下さいね」

 はっきり感じた好きという気持ちを込めて、そっと唇にキスをする。
 
 高熱で唇は乾いて、カサカサしていたけど体の熱は、あのときと同じように感じる。
 
 ――早く良くなって、俺を抱いて下さい――
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