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virgin suicide :欲望の夜
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自宅で多少なりとも休んだお陰か、仮眠室で目覚めたときよりも、幾分マシになっていた。
(昨日の、午前中にやった仕事は……)
警察署の玄関口をくぐり、今日やらなくてはならない書類を、ぼんやり思い出す。何か考えてないと、不意に昨日の出来事が一気に思い出されて、落ち着かなくなるからだ。
はあぁとため息をついた途端、左肩をハシッと掴まれた。
びっくりして振り返るとそこには眼鏡をかけ、タイトに髪の毛をまとめている、いかにも真面目そうな男が立っていた。
じっと俺を見つめる眼鏡の奥の目が、何かを探っているようで何だか怖い……
「君は、耳が遠いのか?」
「へっ!?」
「先ほどから君を呼んでいた。水野くん」
ぼんやりしていたから、全く聞こえなかったのかもしれない。
「失礼しました。考え事、していまして……」
「考え事ね……。まぁ一緒にいる山上が、苦労の種だろう」
眉間にシワを寄せ、目を細めて憐れみを示す見知らぬ男。この人、一体何者!?
俺の不思議顔に気がつき、口元だけで微笑みかけてくる。目が笑っていないせいで、緊張をとくことができない。
「ああ、紹介が遅れたね。自分は監察官の関と言います。山上とは同期なんです」
「同期……監察官……」
つまりエリートなんだ、この人は。
「山上の始末書の数々には、まったく呆れ果てる。そう思わないか?」
「はあ、そうですね……」
「それに手が早い。相手の気持ちなんて、お構い無しだからね。山上の噛み痕、ワイシャツから少しだけ見えてる」
関さんは自分の後頭部を指差して、分かりやすく教えてくれた。
「か、噛み痕!?」
(いつの間に、そんなモノつけたんだ?)
驚いてワイシャツの襟を引っ張り、見えないようにした。
「俺の視線がたまたま、そこだったから見えただけだ。少しだけだと言ったろう? 神経質にならなくても、いい」
呆れた表情で、俺を見上げる。
「山上に迷惑なことをされたなら、俺に言えばいい。喜んで飛ばしてやるよ?」
そうだよ、この人は監察官なんだから。昨日の件を訴えたら、もしかしたら――
「こらぁ!! 僕の水野を天下の玄関口で、堂々と口説くなよ。関っ!」
片手にコーヒーショップで買った紙袋を持ち、俺たちの前に現れた山上先輩。突然の登場に、どういう顔をしていいのか分からなくて、思わず俯いてしまった。
「貴様が水野くんに変なことをしたのは、一目瞭然だぞ。癖とはいえ、自重しろよ。まったく!」
片目を瞑ってる俺の身になれ。と言い残し、その場を立ち去る関さん。
「はいはい、自重しますよ~」
反省の色が見えない山上先輩の台詞。この二人、同期だからきっと仲が良いんだろうなと感じた。
「水野……」
いつもより低めの、気遣うようなハスキーボイス。思い切って顔を上げると、山上先輩が右手を頭に向かって、差し出してきた。
怖くなってぎゅっと瞼を閉じ、首をすくめたら……前から後ろへと髪を鋤いていく。優して大きな、あたたかい手――
俺の髪を鋤きながら通り過ぎ、そして耳に聞こえたのは。
「体……大丈夫、か?」
の言葉だった。
俺が答える間もなく、歩いて行ってしまったので、どんな顔してさっきの台詞を言ったのか分からない。
「大丈夫なワケないじゃないか。何なんだよ、もう……」
この場に残された俺は、困り顔して呟いた。
これから山上先輩に、どう接していいのか分からない。
今、分かるのはこれだけだった。
自宅で多少なりとも休んだお陰か、仮眠室で目覚めたときよりも、幾分マシになっていた。
(昨日の、午前中にやった仕事は……)
警察署の玄関口をくぐり、今日やらなくてはならない書類を、ぼんやり思い出す。何か考えてないと、不意に昨日の出来事が一気に思い出されて、落ち着かなくなるからだ。
はあぁとため息をついた途端、左肩をハシッと掴まれた。
びっくりして振り返るとそこには眼鏡をかけ、タイトに髪の毛をまとめている、いかにも真面目そうな男が立っていた。
じっと俺を見つめる眼鏡の奥の目が、何かを探っているようで何だか怖い……
「君は、耳が遠いのか?」
「へっ!?」
「先ほどから君を呼んでいた。水野くん」
ぼんやりしていたから、全く聞こえなかったのかもしれない。
「失礼しました。考え事、していまして……」
「考え事ね……。まぁ一緒にいる山上が、苦労の種だろう」
眉間にシワを寄せ、目を細めて憐れみを示す見知らぬ男。この人、一体何者!?
俺の不思議顔に気がつき、口元だけで微笑みかけてくる。目が笑っていないせいで、緊張をとくことができない。
「ああ、紹介が遅れたね。自分は監察官の関と言います。山上とは同期なんです」
「同期……監察官……」
つまりエリートなんだ、この人は。
「山上の始末書の数々には、まったく呆れ果てる。そう思わないか?」
「はあ、そうですね……」
「それに手が早い。相手の気持ちなんて、お構い無しだからね。山上の噛み痕、ワイシャツから少しだけ見えてる」
関さんは自分の後頭部を指差して、分かりやすく教えてくれた。
「か、噛み痕!?」
(いつの間に、そんなモノつけたんだ?)
驚いてワイシャツの襟を引っ張り、見えないようにした。
「俺の視線がたまたま、そこだったから見えただけだ。少しだけだと言ったろう? 神経質にならなくても、いい」
呆れた表情で、俺を見上げる。
「山上に迷惑なことをされたなら、俺に言えばいい。喜んで飛ばしてやるよ?」
そうだよ、この人は監察官なんだから。昨日の件を訴えたら、もしかしたら――
「こらぁ!! 僕の水野を天下の玄関口で、堂々と口説くなよ。関っ!」
片手にコーヒーショップで買った紙袋を持ち、俺たちの前に現れた山上先輩。突然の登場に、どういう顔をしていいのか分からなくて、思わず俯いてしまった。
「貴様が水野くんに変なことをしたのは、一目瞭然だぞ。癖とはいえ、自重しろよ。まったく!」
片目を瞑ってる俺の身になれ。と言い残し、その場を立ち去る関さん。
「はいはい、自重しますよ~」
反省の色が見えない山上先輩の台詞。この二人、同期だからきっと仲が良いんだろうなと感じた。
「水野……」
いつもより低めの、気遣うようなハスキーボイス。思い切って顔を上げると、山上先輩が右手を頭に向かって、差し出してきた。
怖くなってぎゅっと瞼を閉じ、首をすくめたら……前から後ろへと髪を鋤いていく。優して大きな、あたたかい手――
俺の髪を鋤きながら通り過ぎ、そして耳に聞こえたのは。
「体……大丈夫、か?」
の言葉だった。
俺が答える間もなく、歩いて行ってしまったので、どんな顔してさっきの台詞を言ったのか分からない。
「大丈夫なワケないじゃないか。何なんだよ、もう……」
この場に残された俺は、困り顔して呟いた。
これから山上先輩に、どう接していいのか分からない。
今、分かるのはこれだけだった。
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