貴方が残してくれたもの

相沢蒼依

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virgin suicide :欲望の夜

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***

 自宅で多少なりとも休んだお陰か、仮眠室で目覚めたときよりも、幾分マシになっていた。

(昨日の、午前中にやった仕事は……)

 警察署の玄関口をくぐり、今日やらなくてはならない書類を、ぼんやり思い出す。何か考えてないと、不意に昨日の出来事が一気に思い出されて、落ち着かなくなるからだ。

 はあぁとため息をついた途端、左肩をハシッと掴まれた。

 びっくりして振り返るとそこには眼鏡をかけ、タイトに髪の毛をまとめている、いかにも真面目そうな男が立っていた。

 じっと俺を見つめる眼鏡の奥の目が、何かを探っているようで何だか怖い……

「君は、耳が遠いのか?」

「へっ!?」

「先ほどから君を呼んでいた。水野くん」

 ぼんやりしていたから、全く聞こえなかったのかもしれない。

「失礼しました。考え事、していまして……」

「考え事ね……。まぁ一緒にいる山上が、苦労の種だろう」

 眉間にシワを寄せ、目を細めて憐れみを示す見知らぬ男。この人、一体何者!?

 俺の不思議顔に気がつき、口元だけで微笑みかけてくる。目が笑っていないせいで、緊張をとくことができない。

「ああ、紹介が遅れたね。自分は監察官の関と言います。山上とは同期なんです」

「同期……監察官……」

 つまりエリートなんだ、この人は。

「山上の始末書の数々には、まったく呆れ果てる。そう思わないか?」

「はあ、そうですね……」

「それに手が早い。相手の気持ちなんて、お構い無しだからね。山上の噛み痕、ワイシャツから少しだけ見えてる」

 関さんは自分の後頭部を指差して、分かりやすく教えてくれた。

「か、噛み痕!?」

(いつの間に、そんなモノつけたんだ?)

 驚いてワイシャツの襟を引っ張り、見えないようにした。

「俺の視線がたまたま、そこだったから見えただけだ。少しだけだと言ったろう? 神経質にならなくても、いい」

 呆れた表情で、俺を見上げる。

「山上に迷惑なことをされたなら、俺に言えばいい。喜んで飛ばしてやるよ?」

 そうだよ、この人は監察官なんだから。昨日の件を訴えたら、もしかしたら――

「こらぁ!! 僕の水野を天下の玄関口で、堂々と口説くなよ。関っ!」

 片手にコーヒーショップで買った紙袋を持ち、俺たちの前に現れた山上先輩。突然の登場に、どういう顔をしていいのか分からなくて、思わず俯いてしまった。

「貴様が水野くんに変なことをしたのは、一目瞭然だぞ。癖とはいえ、自重しろよ。まったく!」

 片目を瞑ってる俺の身になれ。と言い残し、その場を立ち去る関さん。

「はいはい、自重しますよ~」

 反省の色が見えない山上先輩の台詞。この二人、同期だからきっと仲が良いんだろうなと感じた。

「水野……」

 いつもより低めの、気遣うようなハスキーボイス。思い切って顔を上げると、山上先輩が右手を頭に向かって、差し出してきた。

 怖くなってぎゅっと瞼を閉じ、首をすくめたら……前から後ろへと髪を鋤いていく。優して大きな、あたたかい手――
 
 俺の髪を鋤きながら通り過ぎ、そして耳に聞こえたのは。

「体……大丈夫、か?」
  
 の言葉だった。
 
 俺が答える間もなく、歩いて行ってしまったので、どんな顔してさっきの台詞を言ったのか分からない。

「大丈夫なワケないじゃないか。何なんだよ、もう……」

 この場に残された俺は、困り顔して呟いた。
 
 これから山上先輩に、どう接していいのか分からない。
 
 今、分かるのはこれだけだった。
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