貴方が残してくれたもの

相沢蒼依

文字の大きさ
上 下
3 / 64
virgin suicide :運命の出逢い

しおりを挟む
***

 私物を入れた大きなダンボールを持って、とぼとぼ捜査一課へ向かう。
 
 交番勤務してるときに何度か訪れた事のある場所だが、まさか自分の職場になろうとは、夢にも思わなかった。

 これから働くことになる捜査一課第一特殊捜査三係は、航空機や列車等での事故、爆破事件、爆発事故、労働災害による業務上過失致死傷事件の捜査を、専門に扱う部署だった。

「確か……特捜三係って入口から一番、奥まっている遠い場所にあったはずだよな」

 ダンボールを持つ腕に、ぎゅっと勝手に力が入る。

「失礼しますっ!」
 
 ペコリと頭を下げ、足早に中に入る。目立たないよう小さくなりながら、奥のフロアを黙々と目指した。どこに行っても囁かれる、山上の呪いの呪文を聞くのが、本当にイヤだったから。

「――あれ?」
 
 いつもと雰囲気が違う。何だか全体的に、閑散としている捜査一課。もしかして何か事件があって、みんな出払ってる?

「何はともあれ、ラッキー……」
 
 ほっとしながらため息をつき、特捜三係に辿り着くと、そこには見知った顔があった。

「おっ、やっとお出ましか!」
 
 その人は山上刑事のことを、丁寧に教えてくれた刑事さんだった。自分のデスクから席を立ち、わざわざ迎えに来てくれる。

「今日からお世話になります、水野 政隆です。宜しくお願いします!」

「ああ、デカ長の林田だ。こちらこそ、宜しく頼むよ」
 
 人の良さそうな垂れ目で、じっと俺を見つめる。お陰で緊張していた気持ちが、一気に和んでいく感じがした。

「……林田さん、デカ長になったんですね。もしかして容疑者取り逃がした件で、前のデカ長さんが飛ばされたんですか?」

 声のトーンを落とし、コソッと聞いてみた。

「あ~、まぁ……それもあるんだがな。一番の原因はお前さんだよ、水野」

「俺……?」

 顎を触り、苦笑いしながら、言いにくそうに説明する。

「山上がな、例のミスを使って、さくっと前デカ長を飛ばし、ポストを一つ空けたんだ。お前さんを、ここに呼ぶためにさ」

「な、何て荒業……」

「確かに荒業だよな。でも山上家の力を使えば、造作のないことよ。なのであのミスは、タイムリーだったわけ。だけど上手いこといったのは、ここまでだったがなぁ」

 そう言ってスッと俺から視線を外し、どこかを見るデカ長。その視線の先が気になって、覗き見ようとした次の瞬間、後頭部に叩かれたような激痛が走った。

 「うっ、つっ……」

(――思いっきり、誰かにパーで叩かれた)

「こぉの、ど阿呆がっ! どうして、すぐに来なかったんだっ?」

 聞き覚えのある、特徴的な低めのハスキーボイス。

「……お久しぶりです。山上先輩……」
 
 両手にダンボールを持ったままだったので叩かれた頭を、擦ることができない。

 渋い顔をして振り返ると、同じように渋い顔をした山上先輩と、バッチリ目が合ってしまった。
 
「感動の再会! つ~ワケに、いかないよなぁ」
 
 ゲラゲラと大笑いしながら、デカ長が言う。

「なんですぐに、ここへ来なかったんだ?」

「自分の家の力を使って、無理矢理に呼び寄せようとする、その姑息な手段が、すっごい嫌だったんです。きちんと勉強して実習もやって、足手まといにならないように」

「だからバカなんだよ、お前はっ! 一秒でも早く、現場に出た方が慣れるのが早いって、分かんないのかな」
 
 俺の台詞を遮り、心底呆れた顔をしながら、ぎろりと俺を睨む。その顔が鬼のようで、怖いの何の……

「看守の仕事して、プロファイリングでもできる様になったのか?」

「……そんなの、できません」

 ダンボールの下で、両手を握りしめて拳を作る。

 ――悔しいけど、言い返せない――

「こっちはな、一年近く欠員出したまま、毎日仕事してんだよ。それがどんなに激務なのか、お前に分かる?」

「まあまあ、山上。それくらいにしといてやれ。水野は水野で一生懸命、頑張ってきたんだから。常にトップの成績維持して、ウチに来てくれたんだぞ」

「成績良くたって、犯人捕まえられないですよ。デカ長」

「…………」
 
 今すぐにでも交番勤務に戻りたい。もしくは、看守の仕事でもいい。犯罪者のそばにいる方が、百倍マシだ。こんな毒舌マシンの近くにいたら俺の精神、間違いなく壊してしまうよ。

「そんなワケだから水野、山上を頼むぞ。しっかり、教育してやってくれや」
 
 俺の頭を優しくポンポンしてから、自分のデスクに戻るデカ長。

「それ、逆じゃないですかっ!?」

 シンクロした、俺と山上先輩の声。思わず互いの顔を、ジロジロと見合ってしまった。

「タイミングにイントネーションまで同じたぁ、いやぁ恐れ入った。山の上から水が滴る、いいコンビだなって。おい、誰か、座布団一枚、持って来い!!」

 俺たちの名字をかけて、ひとり漫才するデカ長に、俺はこっそりとため息をついた。
 
 この職場、いろいろ有りすぎて、どうしていいか、分からないよ……
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

公爵令息様を治療したらいつの間にか溺愛されていました

恋愛 / 完結 24h.ポイント:461pt お気に入り:8,804

30年待たされた異世界転移

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:349pt お気に入り:516

異郷の残菊

歴史・時代 / 完結 24h.ポイント:0pt お気に入り:3

隠れんぼは終わりにしよう

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:28pt お気に入り:698

転生場所は嫌われ所

BL / 完結 24h.ポイント:99pt お気に入り:19

女装青年の憂鬱

現代文学 / 完結 24h.ポイント:0pt お気に入り:0

処理中です...