貴方が残してくれたもの

相沢蒼依

文字の大きさ
上 下
1 / 64
virgin suicide :運命の出逢い

しおりを挟む
 幸せは、どうして長く続かないんだろう? だって幸せを感じるのって、ほんの一瞬だから。幸せの種類も、たくさんあって。
 
 例えば忙しい仕事をやり終えた後の、一口目の生ビールという味わいの幸せ。
 
 そして現在、迷子のおばあちゃんを無事に家へ送り届けて、ご家族の方々にお辞儀をされながら、お礼を言われている。
 
 まさに今も幸せだったりするよなぁと、しみじみ思いながら微笑んだ。

(こういう積み重ねで、どんな仕事でも頑張れるんだよなぁ)
 
 交番に戻る道すがら、そんなことを考えながら、勤務している交番に戻っていた。
 
 小学生の時の夢を叶え、警察官になって交番勤務一年目の新人、:水野 政隆(みずの まさたか)。毎日楽しく、お仕事に励んでおります。
 
 たまたま出くわした空き巣を捕まえたり、酔っ払いのお父さんを介抱したり、今みたいに道案内したり、いろんな人との出会いに日々、感謝している。

「そうだ、さっきのおばあちゃん、また迷子になったら困るから住所と名前、メモしておかないと」
 
 たどり着けたのは迷子札を首から、きちんとぶら下げていたからだった。

「メモメモ~」

「そこのポリ公! 走ってるそいつを、絶対にひっ捕まえろっ!!」
 
 ブツブツ言いながら道の端っこに佇む俺に、後方からやって来た誰かが大声で叫んだ。
 
 切羽詰まった感じの、低めのハスキーボイス――
 
 その声に驚き、顔を上げて後方を窺うと、見るからにガラの悪そうな男が必死に、こちらに向かって走って来て。その後ろに同じく、ガラの悪そうな男たち数名が、男を追いかけるべく、息を切らして走っていた。
 
 捕まえろって言ってるんだから、仰せの通りにしてやろうじゃないか。

 ガラの悪そうな男の前に飛び出し、両手を広げて迷うことなく前に立ち塞がった。
 
 男を押さえ込もうと右腕を伸ばした瞬間、あっさり弾かれた上に、こめかみの辺りを右肘を使って思い切り殴られる始末。

 痛ったー……。たくさん目から、ばちばちっと星が飛んだよ。
 
 俺が頭を押えてフラフラしてる間に、男は颯爽と走り去る。

「何やってんだよ、このタコっ! 鈍くさいにも程がある。バカっ!」

 俺に罵声を浴びせた男は、散々文句を投げつけるように言いながら、足早に男を追いかけた。
 
 その言葉に、多少ムカつきを覚えたけど、殴られた痛みを我慢して、被ってた帽子を脱いで脇に挟めると、捨て台詞を吐いた男の横に、並行するように走ってやった。

「さっきは……すみませんでしたっ。あの男を、捕まえればいいんですよね?」
 
 捨て台詞にはイラついたが、自分のやらかしたミスなので、どうしても挽回しなければ。

「あ~? 野郎、めちゃくちゃ足早くて、追いつけないん、だぜ……」

 眉間にシワを寄せ、息も絶え絶えといった感じで答える男に、ニッコリ微笑んでみせる。

「俺は追いつけます。絶対、誰にも負けない!」
 
 言い終わらない内に、加速した両足――履いてる靴は運動靴じゃないけれど、スライドする足は、スムーズに動いてくれた。
 
(――インターハイ出場、舐めんなよ! )

 なぁんて大口叩いてますが、実際は予選敗退選手。だけど、そこらへんのヤツに負けてたまるか!
 
 必死に走って逃げる男に、どんどん近づいていく。そして……

「先ほどはど~も。かなぁり、痛かったですよぅ」
 
 声をかけながら横に並び、爽やかな笑顔をふりまいて一声かけると、ギョッとした顔をしたガラの悪い男。

「どうもありが、とうっ!」
 
 とうっ! のところで男の足に自分の足をを引っかけて、上手く転ばせた。さっき肘で殴られたお礼を、ここぞとばかりにしっかり返さなきゃね。
 
 派手にスッ転ぶ男に、息を切らしながらあとから来たガラの悪い男たちが、慌てて取り押さえる。

「お前、やるじゃないか。足、めっちゃ、早いの、な‥‥‥」

 ゼーゼーしながら俺に話しかける、捨て台詞を吐いた男。よく見ると、俳優並みに整った顔立ちをしているじゃないか。

 ――むっ、羨ましい……

「僕は捜一の:山上(やまがみ)。ちょっとドジっちゃって、コイツを取り逃がしたんだ。マジで助かった……」

「せせらぎ公園前派出所に勤務してる水野です。お役に立てて光栄です」
 
 俺は帽子を被り直し、ビシッと敬礼した。
 
 まるで、刑事ドラマみたいなやり取り。勿論俺は、通りすがりの警察官役なんだけど――顔立ちが脇役レベルなので、いた仕方がない。 
 
 主人公である山上刑事の額から滴る、汗まみれの顔が眩しいこと、この上ない。まんま熱血刑事って感じに見える。

「お前のその足、僕にくれないか?」

「は? くれないかと言われても……?」
 
 あげれるはずがないじゃないか。何言ってんだ、この人。
 
 ポカンとして、まじまじと山上刑事の顔を見るしかない。

「刑事になってその足で、僕のために働けよ。水野」
 
 真剣な眼差しで、俺をじぃっと見つめながら言い放つ。

 この人、冗談じゃなく本気なんだ。
 
 だけど何気に言ってること、酷くないか? まるで俺を、警察犬みたいに扱うつもりのような発言に聞こえるぞ。
 
 今日いつも通り、いろんな出会いがあった。しかしこの山上という刑事との出会いは、正直微妙である。
 
 あまりの衝撃に言葉をなくし、うへぇと思いながら、顔を引きつらせてしまった。
 
 そんな俺に、突きさしそうな勢いで、眉間に指を突きつけられた。ビビッて思わず、顎を引くしかない。

「せせらぎ公園前派出所の水野、インプットしたからな!」

「山上さん、一体何――」

「坊っちゃん。早く連行しないと、デカ長に叱られますよ」

 俺の台詞を遮って、他の刑事が叫んだ。
 
 坊っちゃんって何だか、すごい呼ばれ方してるな。どこぞの御曹司なのか!?
 
 うわぁと考えてたその時、肩をポンと叩かれ、ハッと我に返る。

「さっきはありがとう。いやぁ助かった、助かった」
 
 振り返ると、垂れ目の刑事がニコニコしながら、気さくに話しかけてきた。

「いえ、こちらこそすみませんでした。最初に上手く対処していれば、こんなことにはならなかったんですが」

「しかし、タイミング悪かったな。あの山上に、目をつけられるとは」
 
 眉間にシワを寄せて、刑事が憐れむように、じっと俺を見る。その視線を不思議に思って、声を潜めながら訊ねてみた。

「あのぅ、その山上刑事って一体、どういうお方なんですか?」
 
 俺に言い放った上から目線の物言いといい、坊ちゃん呼びされてるところといい、非常に気になる。

「交番勤務じゃ知らなくて当然だよな。山上の父親が、警察庁のお偉いさんでな。親のコネを使って、うちに来て」
 
 同じように、垂れ目の刑事もコソコソ話す。

「やりたい放題やって、きっちり仕事をこなしてくれるワケなんだが――」

「きっちり仕事をしてくれるのなら、むしろ良いんじゃないんですか?」
 
 言い淀む言葉を不思議に思った。きっちり仕事をこなすって、やっぱりできる刑事なんだ。ドジな自分とは大違い。

「バカ野郎! 法律スレスレの危ないことを、ヤツは進んでやるんだぞ。周りの迷惑を無視して、勝手に突っ走るから実際、火の粉被るのが俺たちなんだ」
 
(うわぁ。それはすっごくイヤかも……)

「それは大変そうですね。今回取り逃がしたのって、そのせいなんですか?」

「いや、デカ長の判断で動いていたんだがな。山上の勘で動いてたら、こんな大事にならなかったと思うなぁ。だけどヤツのやることは、リスクがでかいからね。誰もやりたがらないんだよ」


 日頃から、いろいろと苦労してるんだろうな。疲れ切った顔が、すべてを物語っている。
 
 はあぁと大きなため息をついて、トボトボ去って行く垂れ目の刑事に、頑張って下さいと心の中でエールを送った。

「君もその内、イヤというほど分かるよ。ヤツにスカウトされたんだから」
 
 立ち去りながら、呟くように言う。

 え……、あれがスカウトされた事になるのか!?

 微妙な気持ちを抱え、呆然と立ちつくした俺。イヤな胸騒ぎが激しくする。

『インプットしたからな!』
 
 そう言った山上刑事の嬉しそうな顔が、頭から離れなかった。今から俺のこと、キレイさっぱり忘れてくれないだろうか。

 ――その後、交番に戻って小一時間ほど経った夕方、電話が鳴った。
 
 それは明日、署長から人事の話があるというので、顔を出してくれという内容だった。
 
 電話を握り締める掌に、ジワリと汗が滲む。
 
 俺の未来が見えない糸で操られ、希望していない方向に、うんと強く引き寄せられている気がする。
 
 ――抗う事の出来ない、強い何かに……。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

ヤンデレだらけの短編集

BL
ヤンデレだらけの1話(+おまけ)読切短編集です。 全8話。1日1話更新(20時)。 □ホオズキ:寡黙執着年上とノンケ平凡 □ゲッケイジュ:真面目サイコパスとただ可哀想な同級生 □アジサイ:不良の頭と臆病泣き虫 □ラベンダー:希死念慮不良とおバカ □デルフィニウム:執着傲慢幼馴染と地味ぼっち ムーンライトノベル様に別名義で投稿しています。 かなり昔に書いたもので、最近の作品と書き方やテーマが違うと思いますが、楽しんでいただければ嬉しいです。

恋というものは

須藤慎弥
BL
ある事がきっかけで出会った天(てん)と潤(じゅん)。 それぞれバース性の葛藤を抱えた二人は、お互いに自らの性を偽っていた。 誤解し、すれ違い、それでも離れられない…離れたくないのは『運命』だから……? 2021/07/14 本編完結から約一年ぶりに連載再開\(^o^)/ 毎週水曜日 更新‧⁺ ⊹˚.⋆ ※昼ドラ感/王道万歳 ※一般的なオメガバース設定 ※R 18ページにはタイトルに「※」

平凡腐男子なのに美形幼馴染に告白された

うた
BL
平凡受けが地雷な平凡腐男子が美形幼馴染に告白され、地雷と解釈違いに苦悩する話。 ※作中で平凡受けが地雷だと散々書いていますが、作者本人は美形×平凡をこよなく愛しています。ご安心ください。 ※pixivにも投稿しています

美形な幼馴染のヤンデレ過ぎる執着愛

月夜の晩に
BL
愛が過ぎてヤンデレになった攻めくんの話。 ※ホラーです

監察室のデスクから

相沢蒼依
BL
【貴方が残してくれたもの】に出てきた 関監察官目線のお話 親友兼相棒にこぼした当時の山上の心情と、関監察官の視線の先に映る、お相手は誰なのか!? 決定的な失恋をした彼の前に、突然現れた人物。 「一夜限りでいいから、相手になって下さい」と――

君は俺の光

もものみ
BL
【オメガバースの創作BL小説です】 ヤンデレです。 受けが不憫です。 虐待、いじめ等の描写を含むので苦手な方はお気をつけください。  もともと実家で虐待まがいの扱いを受けておりそれによって暗い性格になった優月(ゆづき)はさらに学校ではいじめにあっていた。  ある日、そんなΩの優月を優秀でお金もあってイケメンのαでモテていた陽仁(はると)が学生時代にいじめから救い出し、さらに告白をしてくる。そして陽仁と仲良くなってから優月はいじめられなくなり、最終的には付き合うことにまでなってしまう。  結局関係はずるずる続き二人は同棲まですることになるが、優月は陽仁が親切心から自分を助けてくれただけなので早く解放してあげなければならないと思い悩む。離れなければ、そう思いはするものの既に優月は陽仁のことを好きになっており、離れ難く思っている。離れなければ、だけれど離れたくない…そんな思いが続くある日、優月は美女と並んで歩く陽仁を見つけてしまう。さらにここで優月にとっては衝撃的なあることが発覚する。そして、ついに優月は決意する。陽仁のもとから、離れることを――――― 明るくて優しい光属性っぽいα×自分に自信のないいじめられっ子の闇属性っぽいΩの二人が、運命をかけて追いかけっこする、謎解き要素ありのお話です。

花香る人

佐治尚実
BL
平凡な高校生のユイトは、なぜか美形ハイスペックの同学年のカイと親友であった。 いつも自分のことを気に掛けてくれるカイは、とても美しく優しい。 自分のような取り柄もない人間はカイに不釣り合いだ、とユイトは内心悩んでいた。 ある高校二年の冬、二人は図書館で過ごしていた。毎日カイが聞いてくる問いに、ユイトはその日初めて嘘を吐いた。 もしも親友が主人公に思いを寄せてたら ユイト 平凡、大人しい カイ 美形、変態、裏表激しい 今作は個人サイト、各投稿サイトにて掲載しています。

隠れヤンデレは自制しながら、鈍感幼なじみを溺愛する

知世
BL
大輝は悩んでいた。 完璧な幼なじみ―聖にとって、自分の存在は負担なんじゃないか。 自分に優しい…むしろ甘い聖は、俺のせいで、色んなことを我慢しているのでは? 自分は聖の邪魔なのでは? ネガティブな思考に陥った大輝は、ある日、決断する。 幼なじみ離れをしよう、と。 一方で、聖もまた、悩んでいた。 彼は狂おしいまでの愛情を抑え込み、大輝の隣にいる。 自制しがたい恋情を、暴走してしまいそうな心身を、理性でひたすら耐えていた。 心から愛する人を、大切にしたい、慈しみたい、その一心で。 大輝が望むなら、ずっと親友でいるよ。頼りになって、甘えられる、そんな幼なじみのままでいい。 だから、せめて、隣にいたい。一生。死ぬまで共にいよう、大輝。 それが叶わないなら、俺は…。俺は、大輝の望む、幼なじみで親友の聖、ではいられなくなるかもしれない。 小説未満、小ネタ以上、な短編です(スランプの時、思い付いたので書きました) 受けと攻め、交互に視点が変わります。 受けは現在、攻めは過去から現在の話です。 拙い文章ですが、少しでも楽しんで頂けたら幸いです。 宜しくお願い致します。

処理中です...