監察室のデスクから

相沢蒼依

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監察日誌:生まれて初めての……

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 今日は2月14日、特に行事はない。個人的には、何だが……

 監察室の扉の前に、チョコが入っているであろう小箱が、3個置かれていた。毎年この時期になると、同じような現象が起こる。添付されている手紙も読まないし、チョコは分からないよう、とある筋に横流ししていた。

 屈んで小箱を手に取ると、監察室の扉を開けて、深いため息をつきながら中に入る。小箱をデスクに置き、着ているコートを脱いで、ハンガーに掛けたところで、ガンガンと激しく扉をノックしてきた人物。

「あ!?」

 ビックリした俺は返事をするのを忘れ、顔を引きつらせるしかない。朝から騒々しくする人物は、ただひとりしかいないのだから。

「おはようございますっ、関さん!」

 いつも以上に、テンションの高い水野くんが登場。俺のデスクにある小箱を見て、ニヤリと笑う。

「さっすが関さん。もうチョコ、ゲットしてるんですね」

「俺は甘いのが苦手だから、昨年同様、好きなのを持っていってくれ」

「いやぁ、今年は遠慮しますよ。だって俺もチョコもらったし……」

 嬉しそうに言ってから、じゃーんと見せつけてくれた。

「翼がね、警察学校から、わざわざ送ってくれたんですよ。俺、超嬉しくって!」

「箱に何か張ってあるが、メッセージか?」

 目を凝らして、その内容を読んでみる。

「『喜び勇んで、悶えてしまえ。悶え過ぎて、死ぬなよ』って、なんだこりゃ?」

「これは翼なりの、心のこもったメッセージなんです。だから俺、朝から悶えちゃって、困ってるんですぅ」

「殴ろうが蹴ろうがちょっとした事では、死なない水野くんだから、大丈夫だろう」

 矢野 翼のメッセージもどうかと思ったが、その文面通り、死に急ぎそうなほど、はしゃいでいる水野くん。思いっきり嫌味を言ったのに、それでも嬉しそうにしている。

「俺は頑張って、手作りしたのを送ったんですよ。バカでかいハートのチョコに、メッセージ書いてみたんです」

「へぇ」

「でね、関さんは伊東くんに、あげないんですか?」

 自分の事ばかり喋り倒すんだろうと思ってたので、俺に投げて寄こした話題に、顔を曇らせた。

「どうして菓子メーカーの売り上げに、喜んで貢献しなきゃならないんだ。くだらない」

「そういうと思ってた。あのね今回俺は、翼からチョコを貰えるなんて、思ってなかったんです」

 右手人差し指を立てて、偉そうに俺にレクチャーする。

「思ってなかったからこそ、喜びが倍になったんです。もし関さんが伊東くんにチョコをあげたら、絶対に喜びますよ。関さんから貰えるなんて、思わないだろうから」

「そんなに、嬉しいものなのか?」

「悶え死にそうなくらいに嬉しいです。ついでに関さんの気持ちを告白したら、もっと喜ぶと思うなぁ」

 貰ったチョコを胸に抱きしめて、あらぬ方向を見ている姿に、顔を引きつらせるしかない。微妙に気持ち悪いぞ……

「俺の気持ちを告白しろって、何だその脅迫的な台詞は?」

「この間伊東くん、こぼしてたんですよ。関さんもっと愛情表現を、素直に言葉にしてくれないかなぁって。自分ばっか言ってるのって、重荷にならないかなって悩んでました」

「そんな大事な事を、水野くんに言ったのか?」

「その前に、俺が伊東くんにいろいろ愚痴ってたから。その流れでちょっとね。こんな話、関さんや伊東くんにしか出来ない話題でしょ」

 小首を傾げて、寂しそうに微笑む水野くん。

「だから伊東くんのために、チョコあげて欲しいなって思ったんです」

「……そうか」

「ここの売店でも、いろんな種類のチョコ買えますから。お昼にでも見てきたら、いいんじゃないですか?」

「わかった。とりあえず見てみる。助言、有難う水野くん」

 俺が微笑むと、ちょっと顔を赤らめて、頭を掻いた。

「関さんから、素直にお礼言われると、何だか照れちゃいますね」

「その無駄なテンションで、仕事をバリバリとこなしてくれたら、周りがとても助かるだろうな」

「無駄なテンションって、やっぱり酷い~」

 久しぶりに賑やかで、和やかな朝の会話をした俺たち。(いつもは、俺が水野くんを叱っているから)

 早速お昼休みに売店へ行き、厳選にセレクトした結果、甘さ控えのビターチョコレートを購入した。(無論ハート型じゃないぞ)

 雪雄も俺同様に確か、甘いモノが苦手だったと思ったから。

 問題は、これを渡すタイミングである。

 片想いをしている女性たちは、毎年こんな事で神経をすり減らしていると思うと、哀れでならない。両想いでも、こんなに悩むのである。

「女に生まれなくて良かった……と一瞬思ったが、これからやる事は、同じじゃないか」

 変に悩み過ぎて、タバコの減りが早い事。普通に『これ、受け取ってくれ』と言って、渡せばいいのだが。

 水野くんの言う通り、気持ちを添えて渡した方が、雪雄はきっと喜ぶんだろう。

「俺の気持ちだ、受け取ってくれ……じゃ、味気ないよな」

 ため息をついて俯いた時、腕時計の針が目に映る。

「しまった! これから人と会う約束していたんだった。10分の遅刻……」

 喫煙室で、ぼんやりし過ぎてしまった。菓子メーカーの策略に、まんまと踊らされて、どうした俺!?

 急いで外に出て、スマホで相手に連絡を取った。

 チョコの件は、出たとこ勝負でいこう。雪雄の顔色を覗いながら恐る恐る渡すか、押しつけるように渡すか。

 その時になってみれば、答えは出るだろうから。
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