3 / 38
監察日誌:山上と新人
2
しおりを挟む
***
ピンクのウサギくん、もとい水野くんがやって来る日。山上は予想通り、そわそわしていた。
俺は前日から仕事が超多忙で、かまう暇なんて全然ないというのに、仕事をしているそばにわざわざやって来て、ひとりで喋り倒し、勝手に出て行く始末。
同じ署内にいるんだから、その内会えるだろうと、ゆったり構えていた俺。その後、山上からもまったく音沙汰がなかったので、いつものように逃げ出したのだろうと思った。
山上と音信不通になった六日後の夕方、煙草を吸いに喫煙所に行くと、煙草も吸わず俯いて座ってる、気落ちした山上を発見。
――予想どおりピンクのウサギくんが音をあげて、逃亡でもしたのか……
「お疲れ。珍しく、ふさぎこんでいるじゃないか?」
隣に座って肩を叩くと、ゆっくり顔を上げて、ぼんやりしたまま俺を見る。その瞳には、悲壮感が漂っていた。
「水野に……ファイルで頭を叩かれた……」
その言葉に何もしていない、俺の眼鏡が自然とズリ下がった。
(――この山上を、ファイルで叩いただと!?)
「水野くんっていうのは、随分とやんちゃするヤツなんだな」
山上の家の力を断ったり、叩いたり……芯が強いとかの問題じゃないぞ。
「水野はいいヤツだよ。今回は僕が悪いんだ……」
そう言って、寂しげに天井を仰ぎ見る。自分の非をあっさりと認めるなんて、山上らしくない。いつもなら、ぶーぶー文句を言い続ける場面なのに――
「他のヤツが水野に触ったのを見て、何かイラッとしたんだ。それでソイツの手を、叩くように払ったんだ。そんな僕の態度がなっていないって、水野が怒って叩いたんだよ……」
長い台詞を言い終えると、手にしていたコーヒーをあおるように飲み干す。ズリ下がった眼鏡をやっと元に戻し、しげしげと山上を見た。
今の台詞を総合的に判断すると、オソロシイ答えが導き出されてしまう。この男は他人の機微に関して、敏感に反応するが、愛情のない家庭で育ったせいで、自分のことには無頓着な奴だった。
だから尚更、この答えを言っていいものだろうか――
「山上は、何が一番ショックなんだ?」
「ん~……。水野に叩かれて、嫌われたことかな」
「他の人間が、水野くんに触っただけでイラついたのは、どうしてだと思う?」
天井を見上げていた山上が、俺の顔を不思議そうに見つめる。
「どうしてだろ……?」
――その答えを、言っていいものだろうか。
眉間にシワを寄せ、しばし考えてみた。だが、当の本人としたら遠まわしでもいいから、答えを知りたいだろう。
「お前の行動は水野くんに対して、独占欲が表れた結果だと思う……」
「独占、欲?」
呟くように言った俺の台詞を、ゆっくりとリピートする。
「だって、最初から変だったからな。水野くんを、ピンクのウサギくんって呼んでみたり」
「…………」
「水野くんのことが、好きなんじゃないのか?」
俺がしぶしぶ口を割ると、山上は目を見開いて、形のいい口をぽかんと開けっ放しにした。いくらイケメンでも、その顔は締まり無さすぎだぞ。
「僕が、水野を好き?」
「先輩が後輩に叩かれたくらいで、普通はそんなに、ショックは受けないだろう?」
山上は胸に手を当てて、何か考えてる様子だった。やがて――
「関、ありがとな。何かスッキリしたかも」
涼しげな一重瞼の下にある瞳に、じわりと熱が宿る。
「悪いが不毛な恋愛を、俺は応援しないからな。相手を大事に思うなら、出来る限り突っ走るなよ」
無駄と知りながらも、一応牽制しておく。山上が恋愛に関して暴走すると手に負えないのは、今までの経験上、目に見えていたから。
大学時代は組長の息子と駆け落ちをしたり、その後付き合った彼女が浮気をした際には、ボコボコにしたりと、親友として裏工作し苦労したのは、この自分なのだ。
「分かってるよ……」
口ではそう言った山上。
「俺はお前のように、繊細じゃないから。大丈夫だから……その、頑張るわ」
飲み干したコーヒーカップ片手に、背を向けて出て行くその後ろ姿は、いつもより小さく見えた。
愛に飢えている山上に、俺は何もしてやれない。友人として相棒として、どうすればいいのだろうか……
しかし俺の予想に反して、この日の内に水野くんが山上に襲われるなんて思いもしなかった。
俺が言ってしまったことが原因で――。
ピンクのウサギくん、もとい水野くんがやって来る日。山上は予想通り、そわそわしていた。
俺は前日から仕事が超多忙で、かまう暇なんて全然ないというのに、仕事をしているそばにわざわざやって来て、ひとりで喋り倒し、勝手に出て行く始末。
同じ署内にいるんだから、その内会えるだろうと、ゆったり構えていた俺。その後、山上からもまったく音沙汰がなかったので、いつものように逃げ出したのだろうと思った。
山上と音信不通になった六日後の夕方、煙草を吸いに喫煙所に行くと、煙草も吸わず俯いて座ってる、気落ちした山上を発見。
――予想どおりピンクのウサギくんが音をあげて、逃亡でもしたのか……
「お疲れ。珍しく、ふさぎこんでいるじゃないか?」
隣に座って肩を叩くと、ゆっくり顔を上げて、ぼんやりしたまま俺を見る。その瞳には、悲壮感が漂っていた。
「水野に……ファイルで頭を叩かれた……」
その言葉に何もしていない、俺の眼鏡が自然とズリ下がった。
(――この山上を、ファイルで叩いただと!?)
「水野くんっていうのは、随分とやんちゃするヤツなんだな」
山上の家の力を断ったり、叩いたり……芯が強いとかの問題じゃないぞ。
「水野はいいヤツだよ。今回は僕が悪いんだ……」
そう言って、寂しげに天井を仰ぎ見る。自分の非をあっさりと認めるなんて、山上らしくない。いつもなら、ぶーぶー文句を言い続ける場面なのに――
「他のヤツが水野に触ったのを見て、何かイラッとしたんだ。それでソイツの手を、叩くように払ったんだ。そんな僕の態度がなっていないって、水野が怒って叩いたんだよ……」
長い台詞を言い終えると、手にしていたコーヒーをあおるように飲み干す。ズリ下がった眼鏡をやっと元に戻し、しげしげと山上を見た。
今の台詞を総合的に判断すると、オソロシイ答えが導き出されてしまう。この男は他人の機微に関して、敏感に反応するが、愛情のない家庭で育ったせいで、自分のことには無頓着な奴だった。
だから尚更、この答えを言っていいものだろうか――
「山上は、何が一番ショックなんだ?」
「ん~……。水野に叩かれて、嫌われたことかな」
「他の人間が、水野くんに触っただけでイラついたのは、どうしてだと思う?」
天井を見上げていた山上が、俺の顔を不思議そうに見つめる。
「どうしてだろ……?」
――その答えを、言っていいものだろうか。
眉間にシワを寄せ、しばし考えてみた。だが、当の本人としたら遠まわしでもいいから、答えを知りたいだろう。
「お前の行動は水野くんに対して、独占欲が表れた結果だと思う……」
「独占、欲?」
呟くように言った俺の台詞を、ゆっくりとリピートする。
「だって、最初から変だったからな。水野くんを、ピンクのウサギくんって呼んでみたり」
「…………」
「水野くんのことが、好きなんじゃないのか?」
俺がしぶしぶ口を割ると、山上は目を見開いて、形のいい口をぽかんと開けっ放しにした。いくらイケメンでも、その顔は締まり無さすぎだぞ。
「僕が、水野を好き?」
「先輩が後輩に叩かれたくらいで、普通はそんなに、ショックは受けないだろう?」
山上は胸に手を当てて、何か考えてる様子だった。やがて――
「関、ありがとな。何かスッキリしたかも」
涼しげな一重瞼の下にある瞳に、じわりと熱が宿る。
「悪いが不毛な恋愛を、俺は応援しないからな。相手を大事に思うなら、出来る限り突っ走るなよ」
無駄と知りながらも、一応牽制しておく。山上が恋愛に関して暴走すると手に負えないのは、今までの経験上、目に見えていたから。
大学時代は組長の息子と駆け落ちをしたり、その後付き合った彼女が浮気をした際には、ボコボコにしたりと、親友として裏工作し苦労したのは、この自分なのだ。
「分かってるよ……」
口ではそう言った山上。
「俺はお前のように、繊細じゃないから。大丈夫だから……その、頑張るわ」
飲み干したコーヒーカップ片手に、背を向けて出て行くその後ろ姿は、いつもより小さく見えた。
愛に飢えている山上に、俺は何もしてやれない。友人として相棒として、どうすればいいのだろうか……
しかし俺の予想に反して、この日の内に水野くんが山上に襲われるなんて思いもしなかった。
俺が言ってしまったことが原因で――。
0
お気に入りに追加
23
あなたにおすすめの小説
相性最高な最悪の男 ~ラブホで会った大嫌いな同僚に執着されて逃げられない~
柊 千鶴
BL
【執着攻め×強気受け】
人付き合いを好まず、常に周囲と一定の距離を置いてきた篠崎には、唯一激しく口論を交わす男がいた。
その仲の悪さから「天敵」と称される同期の男だ。
完璧人間と名高い男とは性格も意見も合わず、顔を合わせればいがみ合う日々を送っていた。
ところがある日。
篠崎が人肌恋しさを慰めるため、出会い系サイトで男を見繕いホテルに向かうと、部屋の中では件の「天敵」月島亮介が待っていた。
「ど、どうしてお前がここにいる⁉」「それはこちらの台詞だ…!」
一夜の過ちとして終わるかと思われた関係は、徐々にふたりの間に変化をもたらし、月島の秘められた執着心が明らかになっていく。
いつも嫌味を言い合っているライバルとマッチングしてしまい、一晩だけの関係で終わるには惜しいほど身体の相性は良く、抜け出せないまま囲われ執着され溺愛されていく話。小説家になろうに投稿した小説の改訂版です。
合わせて漫画もよろしくお願いします。(https://www.alphapolis.co.jp/manga/763604729/304424900)
家事代行サービスにdomの溺愛は必要ありません!
灯璃
BL
家事代行サービスで働く鏑木(かぶらぎ) 慧(けい)はある日、高級マンションの一室に仕事に向かった。だが、住人の男性は入る事すら拒否し、何故かなかなか中に入れてくれない。
何度かの押し問答の後、なんとか慧は中に入れてもらえる事になった。だが、男性からは冷たくオレの部屋には入るなと言われてしまう。
仕方ないと気にせず仕事をし、気が重いまま次の日も訪れると、昨日とは打って変わって男性、秋水(しゅうすい) 龍士郎(りゅうしろう)は慧の料理を褒めた。
思ったより悪い人ではないのかもと慧が思った時、彼がdom、支配する側の人間だという事に気づいてしまう。subである慧は彼と一定の距離を置こうとするがーー。
みたいな、ゆるいdom/subユニバース。ふんわり過ぎてdom/subユニバースにする必要あったのかとか疑問に思ってはいけない。
※完結しました!ありがとうございました!
悪の献身 〜アイドルを夢見る少年は、優しい大人に囲まれて今日も頑張ります〜
木曜日午前
BL
韓国のアイドル事務所にスカウトされ、
日本から韓国へと渡った金山時雨。
アイドルを目指して頑張っていた彼がある時、自分と同じ事務所に入ってきた少年に心奪われる。
カリスマ性溢れるアイドルの少年とのデビューのために、時雨は大人の欲にまみれた世界へと身を投じることになる。
悪い大人たち×純粋なアイドル練習生のお話。
※トゥルーエンド(他サイト掲載済み)
いっぱい命じて〜無自覚SubはヤンキーDomに甘えたい〜
きよひ
BL
無愛想な高一Domヤンキー×Subの自覚がない高三サッカー部員
Normalの諏訪大輝は近頃、謎の体調不良に悩まされていた。
そんな折に出会った金髪の一年生、甘井呂翔。
初めて会った瞬間から甘井呂に惹かれるものがあった諏訪は、Domである彼がPlayする様子を覗き見てしまう。
甘井呂に優しく支配されるSubに自分を重ねて胸を熱くしたことに戸惑う諏訪だが……。
第二性に振り回されながらも、互いだけを求め合うようになる青春の物語。
※現代ベースのDom/Subユニバースの世界観(独自解釈・オリジナル要素あり)
※不良の喧嘩描写、イジメ描写有り
初日は5話更新、翌日からは2話ずつ更新の予定です。
早く惚れてよ、怖がりナツ
ぱんなこった。
BL
幼少期のトラウマのせいで男性が怖くて苦手な男子高校生1年の那月(なつ)16歳。女友達はいるものの、男子と上手く話す事すらできず、ずっと周りに煙たがられていた。
このままではダメだと、高校でこそ克服しようと思いつつも何度も玉砕してしまう。
そしてある日、そんな那月をからかってきた同級生達に襲われそうになった時、偶然3年生の彩世(いろせ)がやってくる。
一見、真面目で大人しそうな彩世は、那月を助けてくれて…
那月は初めて、男子…それも先輩とまともに言葉を交わす。
ツンデレ溺愛先輩×男が怖い年下後輩
《表紙はフリーイラスト@oekakimikasuke様のものをお借りしました》
年上の恋人は優しい上司
木野葉ゆる
BL
小さな賃貸専門の不動産屋さんに勤める俺の恋人は、年上で優しい上司。
仕事のこととか、日常のこととか、デートのこととか、日記代わりに綴るSS連作。
基本は受け視点(一人称)です。
一日一花BL企画 参加作品も含まれています。
表紙は松下リサ様(@risa_m1012)に描いて頂きました!!ありがとうございます!!!!
完結済みにいたしました。
6月13日、同人誌を発売しました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる