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番外編
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♡♡♡
テーブルに向かい合い、俺が大量に作ったから揚げを互いに箸を伸ばしながらなされる会話で、名前を呼び合うことも慣れてしまった。
お腹も満腹になったところで後片付けをし、その後コーヒー片手に壁に背を預ける。和んだ雰囲気のおかげで、聞きにくかった昨日の出来事の説明をされた。
「今回元彼が突然現れた原因が、私の住所と行動履歴を印刷した紙が元彼の自宅のポストに投函されていたようで、私を恨んでる人がいないかを刑事さんに聞かれました」
俺に寄りかかる笑美の横顔はどこか憂いを帯びていて、抱き締めたい衝動に駆られる。
「個人的な恨みか。元彼のことを知ってる人物は、社内でいるのか?」
「プライベートをあまり知られたくなかったので、このことを社内で知っているのは斎藤ちゃんくらいです」
これまでの会話から、いろいろな可能性を整理しながら模索した。考えれば考えるほどに、怪しい人物が増えていくのはしょうがないことだが。
「そうだな可能性のひとつとして、俺と付き合ったことを恨み、金を使って笑美の身辺を調べて、間接的に手をくだすという手もある」
「澄司さんの女性関係も、捜査対象になっているようです」
(実際ただでさえ迷惑なヤツなのに、アイツの女性関係のせいで笑美が傷ついたのなら、マジで許せない)
「まぁ、あの見た目だしな。恨みのひとつやふたつ、みっつやそれ以上買っていて、笑美に飛び火した可能性もなくはないか」
「そうですね……」
意気消沈した笑美を見ながら、俺のできることを思いついた。
「あのさ、このこと俺も調べてみてもいいか?」
大好きな笑美を守るために、俺のできることは限られている。だが最大限やれることをして、笑美が自然と笑っていられる環境を作ってあげたいと切に思った。
「俊哉さんが調べることで、危ない目に遭ったりしませんか?」
俺のことを心配したのだろう。笑美の口調がらしくないくらいに沈んだものだった。慌てて笑いながら隣を見やる。
「大丈夫、俺が直接調べるわけじゃない。素人には無理なことだろう?」
「確かに……。調べるにしても限界があります」
「知り合いに頼んでみようと思ってさ。だけど笑美個人のことだから、本人の確認をとらなきゃなぁと思って聞いてみたんだ。不安にさせて悪かったな」
持っていたコーヒーを床に置き、笑美の頭を優しく撫でてやる。
「私はそこまで、優しくされていい彼女じゃないですよ」
「どういうことだ?」
不安に苛まれているせいか、笑美のまなざしは揺れ動き、今にも泣き出しそうな様相だった。思わず頭を撫でる手の動きが、ぴたりと止まる。
「だって…だって私は好きでもない人の手で感じてしまうような、嫌な女だからです」
そう言って、あからさまに視線を逸らされてしまった。
「それは俺も、……だから」
本当は言いたくなかった俺の事情。笑美がちゃんと自分のことを告げたため、言わざるを得なくなってしまった。
「えっ?」
「……あのとき。綾瀬川の実家で、妹さんが開けてくれた扉から入ろうとしたときに、進みかけた足が思わず止まった。すぐに助けなきゃいけないって、すごく焦っているのにもかかわらず、ベッドの上での光景が目から情報となって、頭に焼きつけようとしたせいで」
「頭に焼きつける?」
首を傾げてオウム返しをした笑美の頭を、自分の肩に押しつける。これ以上の醜態を晒したくなかったせいで。
「ほかの男に抱かれて嫌がってる笑美の表情や、はじめて目にする裸を見て興奮した。興奮したけどそれ以上に、俺ならそんな顔は絶対させないとか、もっと感じさせることができるのにって0.5秒だけ焦れて、次の瞬間には頭がプッツンした状態で殴り込んだ感じでさ」
笑美は持っていたマグカップを床に置き、俺の腕に両手で絡みついた。
「俊哉さんが助けに来てくれて、すごく嬉しかったんです。ずっと逢いたいって思っていたから」
「笑美?」
縋るように俺の腕にしがみつく笑美の心情は、どんなものになっているだろうか。真実を聞いて、嫌いになっていないと思うが、それでも不安が拭えない。
「俊哉さん、ありがとう。私……も、だめかとおも…ってたから」
笑美の頬に、大粒の涙が零れ落ちる。とめどなく流れるそれを拭ってあげたいのに、泣き顔に見惚れてしまう俺は、駄目な彼氏だろう。
「笑美を泣かせてみたいって言ったけど、こんな形で泣かせたくなかったな」
俺の腕にしがみつく両手をなんとか外してから、小さな体をぎゅっと抱きしめた。柔らかくていい香りのする笑美の存在を感じることができて、心の底からほっとする。
「笑美は名前のとおり、いつも笑顔を絶やさないでいるだろ? そんな君が笑顔以外の感情をぶつけられるような、安心して頼れる男になりたいって思ったんだ」
「わっ私、嫌われたと思って。だ、だって俊哉さん、俺以外知らなくていいって言ってたのに、澄司さんに触れられて…感じたくないのに、嫌なのに感じてしまって。ううっ…自分で自分が嫌い、ぃ。俊哉さんの彼女に…ふさわしくっ、ない」
ところどころ吃りながら心の内を語る笑美の背中を、ゆっくり上下に撫でてやる。
「だったら俺は、自分が嫌いだっていう笑美ごと好きになる。自己嫌悪に苛まれてもいい。それでも俺はずっと好きでいるから」
笑美の心の拠り所になりたいと思う気持ちを込めて、耳元でそっと囁いた。
「俊哉さ……」
「笑美が無事で、本当によかった」
堰を切ったように泣きじゃくる笑美を、さらに強く抱きしめる。そのうち泣き疲れて眠ってしまった彼女を、ベッドに寝かせてから、冷たいタオルを目元に当ててやった。
こんなふうに、もう二度と笑美を泣かせないために、俺は向き合わなければならない。俺に残された猶予を早めてでも、決着をつけなければと思いながら、ベッドに横たわる笑美を見つめ続けたのだった。
テーブルに向かい合い、俺が大量に作ったから揚げを互いに箸を伸ばしながらなされる会話で、名前を呼び合うことも慣れてしまった。
お腹も満腹になったところで後片付けをし、その後コーヒー片手に壁に背を預ける。和んだ雰囲気のおかげで、聞きにくかった昨日の出来事の説明をされた。
「今回元彼が突然現れた原因が、私の住所と行動履歴を印刷した紙が元彼の自宅のポストに投函されていたようで、私を恨んでる人がいないかを刑事さんに聞かれました」
俺に寄りかかる笑美の横顔はどこか憂いを帯びていて、抱き締めたい衝動に駆られる。
「個人的な恨みか。元彼のことを知ってる人物は、社内でいるのか?」
「プライベートをあまり知られたくなかったので、このことを社内で知っているのは斎藤ちゃんくらいです」
これまでの会話から、いろいろな可能性を整理しながら模索した。考えれば考えるほどに、怪しい人物が増えていくのはしょうがないことだが。
「そうだな可能性のひとつとして、俺と付き合ったことを恨み、金を使って笑美の身辺を調べて、間接的に手をくだすという手もある」
「澄司さんの女性関係も、捜査対象になっているようです」
(実際ただでさえ迷惑なヤツなのに、アイツの女性関係のせいで笑美が傷ついたのなら、マジで許せない)
「まぁ、あの見た目だしな。恨みのひとつやふたつ、みっつやそれ以上買っていて、笑美に飛び火した可能性もなくはないか」
「そうですね……」
意気消沈した笑美を見ながら、俺のできることを思いついた。
「あのさ、このこと俺も調べてみてもいいか?」
大好きな笑美を守るために、俺のできることは限られている。だが最大限やれることをして、笑美が自然と笑っていられる環境を作ってあげたいと切に思った。
「俊哉さんが調べることで、危ない目に遭ったりしませんか?」
俺のことを心配したのだろう。笑美の口調がらしくないくらいに沈んだものだった。慌てて笑いながら隣を見やる。
「大丈夫、俺が直接調べるわけじゃない。素人には無理なことだろう?」
「確かに……。調べるにしても限界があります」
「知り合いに頼んでみようと思ってさ。だけど笑美個人のことだから、本人の確認をとらなきゃなぁと思って聞いてみたんだ。不安にさせて悪かったな」
持っていたコーヒーを床に置き、笑美の頭を優しく撫でてやる。
「私はそこまで、優しくされていい彼女じゃないですよ」
「どういうことだ?」
不安に苛まれているせいか、笑美のまなざしは揺れ動き、今にも泣き出しそうな様相だった。思わず頭を撫でる手の動きが、ぴたりと止まる。
「だって…だって私は好きでもない人の手で感じてしまうような、嫌な女だからです」
そう言って、あからさまに視線を逸らされてしまった。
「それは俺も、……だから」
本当は言いたくなかった俺の事情。笑美がちゃんと自分のことを告げたため、言わざるを得なくなってしまった。
「えっ?」
「……あのとき。綾瀬川の実家で、妹さんが開けてくれた扉から入ろうとしたときに、進みかけた足が思わず止まった。すぐに助けなきゃいけないって、すごく焦っているのにもかかわらず、ベッドの上での光景が目から情報となって、頭に焼きつけようとしたせいで」
「頭に焼きつける?」
首を傾げてオウム返しをした笑美の頭を、自分の肩に押しつける。これ以上の醜態を晒したくなかったせいで。
「ほかの男に抱かれて嫌がってる笑美の表情や、はじめて目にする裸を見て興奮した。興奮したけどそれ以上に、俺ならそんな顔は絶対させないとか、もっと感じさせることができるのにって0.5秒だけ焦れて、次の瞬間には頭がプッツンした状態で殴り込んだ感じでさ」
笑美は持っていたマグカップを床に置き、俺の腕に両手で絡みついた。
「俊哉さんが助けに来てくれて、すごく嬉しかったんです。ずっと逢いたいって思っていたから」
「笑美?」
縋るように俺の腕にしがみつく笑美の心情は、どんなものになっているだろうか。真実を聞いて、嫌いになっていないと思うが、それでも不安が拭えない。
「俊哉さん、ありがとう。私……も、だめかとおも…ってたから」
笑美の頬に、大粒の涙が零れ落ちる。とめどなく流れるそれを拭ってあげたいのに、泣き顔に見惚れてしまう俺は、駄目な彼氏だろう。
「笑美を泣かせてみたいって言ったけど、こんな形で泣かせたくなかったな」
俺の腕にしがみつく両手をなんとか外してから、小さな体をぎゅっと抱きしめた。柔らかくていい香りのする笑美の存在を感じることができて、心の底からほっとする。
「笑美は名前のとおり、いつも笑顔を絶やさないでいるだろ? そんな君が笑顔以外の感情をぶつけられるような、安心して頼れる男になりたいって思ったんだ」
「わっ私、嫌われたと思って。だ、だって俊哉さん、俺以外知らなくていいって言ってたのに、澄司さんに触れられて…感じたくないのに、嫌なのに感じてしまって。ううっ…自分で自分が嫌い、ぃ。俊哉さんの彼女に…ふさわしくっ、ない」
ところどころ吃りながら心の内を語る笑美の背中を、ゆっくり上下に撫でてやる。
「だったら俺は、自分が嫌いだっていう笑美ごと好きになる。自己嫌悪に苛まれてもいい。それでも俺はずっと好きでいるから」
笑美の心の拠り所になりたいと思う気持ちを込めて、耳元でそっと囁いた。
「俊哉さ……」
「笑美が無事で、本当によかった」
堰を切ったように泣きじゃくる笑美を、さらに強く抱きしめる。そのうち泣き疲れて眠ってしまった彼女を、ベッドに寝かせてから、冷たいタオルを目元に当ててやった。
こんなふうに、もう二度と笑美を泣かせないために、俺は向き合わなければならない。俺に残された猶予を早めてでも、決着をつけなければと思いながら、ベッドに横たわる笑美を見つめ続けたのだった。
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