恋の誘導尋問~恋に不器用な先輩に捕われたい~♡

相沢蒼依

文字の大きさ
上 下
127 / 141
番外編

17

しおりを挟む
♡♡♡

 タクシーを使い、自腹で綾瀬川邸宅に向かった。瀟洒な建物を囲うような大きな門の前で車から降りると、そこに佇む女子高生と目が合う。

「もしかして、うちになにか御用ですか?」

 世間で有名な私立女子高の制服を着たそのコは、不思議そうな顔で俺を見上げた。日本人らしからぬ面持ちを目の当たりにして、綾瀬川と関係のある家族じゃないかと推測する。おかげで話がしやすい。

「昨日我が社の社員を、綾瀬川澄司さんがこちらに連れ帰っていると思うのですが」

 あえて松尾の名前を言わずに訊ねたら、女子高生は静かに頷いた。

「兄が連れてきた女性でしょうか。お見舞いにいらしたとか?」

 女子高生が綾瀬川と兄妹ということがわかり、神の助けとばかりに肩を掴んで揺さぶってしまった。

「お見舞いじゃなくて助けに来たんです。早くしないと松尾が危ない。君のお兄さんが過ちを犯してしまう前に、早くとめないと!」

「落ち着いてください! 兄が変な人間なのは知ってます。性格が歪みまくっていますので」

「そうなんです、歪んでいるからその! すみません、言いすぎました……」

 言いかけてハッとし、慌てて手を退けて頭を下げた。いくら兄とはいえ、他人に罵倒されたら面白くないだろう。

「大丈夫です。うちの兄は見かけだけはいいので、皆さんそろってコロッと騙されちゃうんです。お客様は騙されなかった、珍しい方なんですね。どうぞお入りください」

 門を開けながら丁寧に中に招き入れられたが、ちんたらしている時間はない。

「あの、急いでいまして。どこにいるかご存知でしょうか?」

「はい。屋敷の奥にある、ゲストルームにいらっしゃいます。とりあえず、鍵を持って向かったほうがよろしいですね。あの兄は、そういうところが徹底していますから」

 靴のまま屋敷に入っていく妹さんの後ろを歩いたのだが、松尾の状況がさっぱりわからないため、気が急いてしょうがない。

「ここで少しお待ちください。鍵をお持ちします」

「はい、お願いします……」

 下がっていないのに、メガネのフレームを何度も上げる俺を見て、妹さんは「急いで持ってきますね」とひとこと添えて部屋に入って行った。

(空気が読めるコで助かる。出来の悪い綾瀬川を傍で見ていたから、気遣いのできる妹になったのかもしれないな)

「お待たせしました。こちらです!」

 小走りで屋敷を走る彼女のあとを追いかけること30秒ほどで、立派な扉の前に到着した。妹さんはノックをせずにいきなりドアノブを握りしめて、静かに左右に動かす。

「やっぱり鍵がかけられています。音を立てないように解錠して扉を開きますので、そのまま中にお入りください」

 言いながらしゃがんで、そろりそろりと鍵を慎重に差し込む。ゆっくり鍵が動くのを息を殺して眺めていると、小さな音が解錠したのを俺たちに知らせた。

 妹さんは俺の顔を見ながら頷き、勢いよく扉を開ける。目に飛び込んできたのは、松尾に跨って胸元に顔を埋める綾瀬川の姿だった。

 それを目の当たりにした瞬間、俺の中にあるなにかが音をたてて切れた。

「綾瀬川あぁあ!」

 怒鳴った声に驚いた綾瀬川は、上半身を慌てて起こしながら俺の姿を見、唖然とした表情をありありと浮かべた。

「なんで佐々木さんがここに――」

 怒りにまかせに走り出し、迷うことなく綾瀬川の顔面に目がけて拳を振り上げる。今まで喧嘩なんて一度もしたことがない。誰かを殴って傷つけるくらいなら、殴られたほうがいいと思って生きてきた。

 だがそんな考えが吹き飛んでしまった現実が俺を突き動かして、迷うことなく綾瀬川に拳を放つ。しかしそれは寸前のところで受け止められてしまい、呆気なく動きを封じられてしまった。

「僕にそういうの無駄だから」

「松尾から降りろ!」

「乗り心地がいいんで、離れたくないんですけどね」

「俺の松尾から、降りろと言ってる!」

 めげずに反対の拳を放ったが、これも止められてしまう。手の甲に綾瀬川の指先がめり込み、かなりの痛みを伴ったが、そんなことでこの両方の拳を引くわけにはいかない。

「佐々木さん、無駄なことはやめてください」

「今すぐ松尾から降りてくれ、頼むから!」

 かわいそうに片腕を手錠に繋がれたままベッドに固定され、泣きじゃくった顔を隠すように涙を拭う姿を、早くなんとかしたかった。

「綾瀬川、好きな女を泣かせて、なにが楽しいんだおまえは!」

 押しても駄目なら引いてみなを実践すべく、ふっと力を一気に抜き、綾瀬川の体勢を崩した。上半身が傾きかけたのを見極めてさらに引っ張り、倒れてくる頭に目がけて頭突きを食らわせてやる。

「痛いぃっ!」

 石頭の俺に頭突きをされた綾瀬川は、泣きそうな顔をしながら額を押さえ、無様にベッドから転がり落ちた。

 素早くジャケットを脱ぎ、松尾の体にかけてから、扉の前で佇む妹さんに声をかける。

「悪いが、松尾の服を探してくれないか?」

「わかりました。お兄ちゃん、手錠の鍵はどこなの?」

 室内をキョロキョロした妹さんが、備え付けのクローゼットに近づきながら問いかけた。痛む額を押さえて床にしゃがみ込む綾瀬川は、答えようとはしない。

(――コイツ、松尾を手放したくないから、口を割らないつもりだな)

 舌打ちをしながら綾瀬川に近づき、胸ぐらを掴もうとしたら、俺の手の動きを察して叩き落とされた。下から俺を睨みあげる綾瀬川の瞳は憎悪に満ち溢れていて、それに負けじと俺もヤツを睨む。

「鍵、見つけました。そこの机の引き出しから――」

 松尾の服をクローゼットから出してくれた妹さんが、傍にあった机の引き出しを開けて探し当ててくれたらしい。その声に反応しようとした途端に。

「笑美さんを解放されてたまるか!」

 唸るような声を出した綾瀬川がふらつきながら立ち上がり、妹さんに突進しようとしたので、素早く背後に回り込んで羽交い締めをして動きを封じる。

「早く松尾の手錠を外してやってくれ!」

「はなせ! 僕にこんなことをしていいと思ってるのか?」

 自分よりも大柄な綾瀬川を羽交い締めにするには、結構大変だったが、松尾を助けるまでは全力で食い止める。

「綾瀬川、誰かに無理やり拘束される気持ちを思い知れ。すごく嫌なことだろう?」

「こうして僕を後ろから拘束するなんて、笑美さんにやる練習台にしてるんじゃないんですか?」

「松尾にこんなこと、するわけがないだろ」

 なにを言ってるんだと呆れながら綾瀬川の横顔を窺うと、見るからに嫌なしたり顔で振り返る。

「笑美さんの肌は白いから、赤い紐で縛りあげたらきっと綺麗だと思いますよ」

「そんなこと、絶対にしない!」

「しかもかなり感度がいいから、なにをするにも楽しくて仕方ないんです。さっきだって僕のこの指で笑美さんの大事なトコロを弄ったら、蜜のように溢れさせて、中指を飲み込んでいったんですよ」

「やめろ……」

「笑美さんのナカはあたたかくて、締まりもよくて最こ」

「やめろと言ってるだろ!」

 綾瀬川と言い争いをしてると、いつの間にか妹さんが手錠を持ったまま、俺の傍に近づいた。

「すみません。お兄ちゃんに手錠をしたいので、腕を背中に回してもらえますか?」

「えっ? あ、はい……」

 妹さんが告げたことがどうにも信じられなくて、まじまじと見つめてしまった。松尾と同じくらいの体型の妹さんの瞳から、強いなにかを感じとれたので、羽交い締めしている綾瀬川の腕を手錠がしやすいように背中に回し、体で押さえつける。

「やめろ! はなせって!」

「はなすわけないだろ。おとなしくしてろ」

「杏奈、僕がおまえになにをした? なにもしていない兄に、することじゃないだろ!」

 ジタバタ体を動かして抵抗する綾瀬川に、妹さんがやっと両手に手錠を嵌めた。金属音が耳に届いた瞬間に目の前で体の力を抜き、ショックを受けた面持ちでその場に膝をつく。

 抵抗できないことがわかったので、急いで松尾の傍に駆け寄った。

「松尾、歩けるか?」

 着替えを終えて立ち上がる松尾を目にして、安堵感がため息になって出てしまった。滲み出る汗をそのままに、メガネがズリ下がった状態だったが、松尾から目を離したくなくて、じっと見下ろす。

「大丈夫です。佐々木先輩、助けてくれてありがとうございました」

「笑美さん、行っちゃ嫌だ!」

 目と目が合った途端に、綾瀬川が叫んで立ち上がろうとした。

 手を出されないように松尾の前に立ち塞がると、妹さんが綾瀬川の長い足をタイミングよく引っかけて、床に押し倒す。妹さんの大胆な行動力に、松尾とふたりで見入ってしまった。

「お兄ちゃんいい加減にしなよ。どんなに頑張っても手に入らないものが、この世にはたくさんあるの。たとえさっきの続きをしたとしても、あの人の心は手に入らないんだよ」

「手に入らないのなら、入る方法を考えればいいだけのことなんだって!」

 綾瀬川は体をくねらせて床を這いつくばりながら、頭をあげようとした瞬間に、妹さんの足が容赦なく顔の側面を踏みつけて動きを止めた。

「兄のことは任せてください。本当に申し訳ございませんでした」

 実の兄を足蹴にしたまま、深く頭を下げる妹さんに見送られて、俺と松尾は綾瀬川の実家を出たのだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

教え子に手を出した塾講師の話

神谷 愛
恋愛
バイトしている塾に通い始めた女生徒の担任になった私は授業をし、その中で一線を越えてしまう話

【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される

奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。 けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。 そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。 2人の出会いを描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630 2人の誓約の儀を描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」 https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

二人の甘い夜は終わらない

藤谷藍
恋愛
*この作品の書籍化がアルファポリス社で現在進んでおります。正式に決定しますと6月13日にこの作品をウェブから引き下げとなりますので、よろしくご了承下さい* 年齢=恋人いない歴28年。多忙な花乃は、昔キッパリ振られているのに、初恋の彼がずっと忘れられない。いまだに彼を想い続けているそんな誕生日の夜、彼に面影がそっくりな男性と出会い、夢心地のまま酔った勢いで幸せな一夜を共に––––、なのに、初めての朝チュンでパニックになり、逃げ出してしまった。甘酸っぱい思い出のファーストラブ。幻の夢のようなセカンドラブ。優しい彼には逢うたびに心を持っていかれる。今も昔も、過剰なほど甘やかされるけど、この歳になって相変わらずな子供扱いも! そして極甘で強引な彼のペースに、花乃はみるみる絡め取られて……⁈ ちょっぴり個性派、花乃の初恋胸キュンラブです。

ハイスペック上司からのドSな溺愛

鳴宮鶉子
恋愛
ハイスペック上司からのドSな溺愛

淫らな蜜に狂わされ

歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。 全体的に性的表現・性行為あり。 他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。 全3話完結済みです。

ヤンデレエリートの執愛婚で懐妊させられます

沖田弥子
恋愛
職場の後輩に恋人を略奪された澪。終業後に堪えきれず泣いていたところを、営業部のエリート社員、天王寺明夜に見つかってしまう。彼に優しく慰められながら居酒屋で事の顛末を話していたが、なぜか明夜と一夜を過ごすことに――!? 明夜は傷心した自分を慰めてくれただけだ、と考える澪だったが、翌朝「責任をとってほしい」と明夜に迫られ、婚姻届にサインしてしまった。突如始まった新婚生活。明夜は澪の心と身体を幸せで満たしてくれていたが、徐々に明夜のヤンデレな一面が見えてきて――執着強めな旦那様との極上溺愛ラブストーリー!

Sweet Healing~真摯な上司の、その唇に癒されて~

汐埼ゆたか
恋愛
絶え間なく溢れ出る涙は彼の唇に吸い取られ 慟哭だけが薄暗い部屋に沈んでいく。    その夜、彼女の絶望と悲しみをすくい取ったのは 仕事上でしか接点のない上司だった。 思っていることを口にするのが苦手 地味で大人しい司書 木ノ下 千紗子 (きのした ちさこ) (24)      × 真面目で優しい千紗子の上司 知的で容姿端麗な課長 雨宮 一彰 (あまみや かずあき) (29) 胸を締め付ける切ない想いを 抱えているのはいったいどちらなのか——— 「叫んでも暴れてもいい、全部受け止めるから」 「君が笑っていられるなら、自分の気持ちなんてどうでもいい」 「その可愛い笑顔が戻るなら、俺は何でも出来そうだよ」 真摯でひたむきな愛が、傷付いた心を癒していく。 ********** ►Attention ※他サイトからの転載(2018/11に書き上げたものです) ※表紙は「かんたん表紙メーカー2」様で作りました。 ※※この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。

処理中です...