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番外編
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♡♡♡
白紙を使って、松尾をうまいこと外に連れ出すことに成功した。途中のたどたどしい松尾の演技は、あとから思い出しても、かなり笑えるものだった。
「ふたりきりで話せるところは……。そこでいいか」
廊下の突き当りにある、消耗品を保管してある備品庫にしけこむ。
「松尾、大丈夫か?」
「大丈夫じゃないですよ。頭が大混乱状態です。いきなりなんで、あんなことになってしまったのか……」
「だよな、俺も驚いた。付き合ってまだ1日しか経ってないのに、松尾が御曹司と見合いなんて、俺に勝ち目はないだろ」
少しでも雰囲気をよくしようと、おどけながら言ったというのに、松尾の表情は相変わらずさえない。どうしたら笑ってくれるだろうか。
「相手はハーフだし、きっとイケメンなんだろうな。いやはや参った」
扉に背中を預けて肩を竦めた瞬間、
「それですよ!」
珍しく大きな声で、松尾が叫んだ。
「それとは?」
会話に食いついてくれたことを嬉しく思いながら、メガネのフレームをあげて問いかけたら、松尾はうんと嫌そうな顔をして額に手を当てつつ、かわいくない声で告げた。
「どうして私が、佐々木先輩と付き合ってることになってるんですか?」
「だって昨日おまえに、路上でアプローチされただろ。あの場で俺は断ってない」
流暢に事実を告げたというのに、松尾はアホ面丸出しでぽかんとした。なにか言いたげに口元が動くが声にならず、ゼンマイ仕掛けの人形のように見える。
「松尾ってば、俺が彼氏になったことが、そんなに不服だったのか。変な顔してる」
自分から声をかけておいて、その顔はあんまりだと思わずにはいられない。
「ち、違いますっ。えっとその……う~ん。佐々木先輩は私のことを全然知らないのに、彼女にしたのが謎すぎて」
「確かにな。会社じゃこれまで挨拶くらいしかしてなかったけど、居酒屋でいろんな話をおまえから聞き出すことができたのが、俺の中では好印象だったんだ」
わかりやすい説明をしながら胸の前で腕を組み、嬉しそうに答えたところ、松尾は何度も目を瞬かせて、俺の顔を見つめる。
「いろんなこと……? あの話の中で、佐々木先輩に好印象を与えるようなことを、私は言いましたっけ?」
「元彼とのことはつらい出来事なのに、あえて明るく振る舞って、俺に話をしてくれたろ。三か月前に終わったことだから、気持ち的に松尾はスッキリしているのかと思ったのに、深く掘り下げていったら、割り切れていないことがわかったしな。その真相を探るべく、誘導尋問みたいになったけど」
居酒屋での会話や松尾のリアクションを思い出していたら、いつの間にか俺の唇に笑みが浮かんだ。話の内容は暗いものなのに、松尾が終始明るく接するおかげで、俺自身が暗くならずに済んだのは、すごいことだと思う。
「そうですよ。佐々木先輩の元カノの話を聞けずじまいでした。ズルいです、フェアじゃない」
さらにかわいくない顔をした松尾がどうにも可笑しくて、笑いを堪えながら指を差した。
「しかもおまえの口から出る言葉が、どうにもツボに嵌って、笑ってばかりいた。俺の予想を超えることばかり、松尾が言うもんだからさ。それでコイツと付き合ったら、結構面白いんじゃないかというのが決め手だったわけ」
適当な言葉で伝えたが、実際は違う意味で松尾に惹かれた。それを今言うべきじゃないことくらいわかっているので、煙に巻いて誤魔化したのだが。
「佐々木先輩、面白いから付き合うことに決めたなんて、正直信じられません」
「松尾は俺を信じられないから、さっさと捨てて、玉の輿に乗るつもりなのか?」
確信に迫る言の葉を告げるために、あえて真剣な表情を作りこんだ。俺の態度を見て、どんな答えを用意するだろうかと、ちょっとだけワクワクする。
「乗りませんよ、そんなもの」
実にあっけらかんとした返答に、思いっきり肩透かしを食らった感じと、表現すればいいかもしれない。だからこそ営業スマイルじゃなくて、実に自然に笑うことができた。
「松尾のそういうところに、俺は惹かれたんだって。普通は玉の輿に乗るために、喜んで平社員の俺を捨てるだろ」
「そんな理由で捨てたりしませんけど、イケメンな佐々木先輩とのお付き合いは、いろいろ恐れ多くて、できそうにないです!」
いきなり交際を断るセリフに、先ほどまで上がったテンションが、一気に急下降した。俺の心をこれほどまでに揺さぶるなんて、本当に面白い。
「自分から俺に迫っておいて、恐れ多いなんておかしくないか?」
「だって、どう見ても不釣り合いですよ私たち」
「不釣り合いなんて、俺は人の目なんか気にしない……」
「私はすっごく気にします!」
松尾は両手に拳を作りながら、キッパリと断言した。
どうやって説得しようかと悩み、背を預けていた扉から体を起こして、松尾を見下ろす。ありきたりの言葉をいうのが嫌だったので、わかりやすくてシンプルなものを選んだ。
「はじめてなんだ!」
言ったあとに、しまったとすぐさま後悔した。誤解されるセリフを吐いたことが妙に恥ずかしくなり、ジワジワと頬に熱がたまっていくのがわかる。
「やっぱり童貞……」
「違う違う、そうじゃない。おまえと喋ってると、どうにも調子が狂ってしょうがないな」
「鈴木雅之の歌でも歌いますか?」
またしても変なことを言い出す松尾に呆れたが、ここはノッてやるべく、左手にエアマイクを持つポーズをとってやった。言っておくが仕方なくやっただけで、普段の俺はこんなことを進んでしない人種だ。
「ここで歌って、気分を発散したいところだが、それだと話の論点がズレる」
まくし立てるように一気に喋りかけたのちに、エアマイクを作っていた左手を力なくおろし、大きなため息をついた。なんだろう、ドキドキとハラハラを足して二で割ったような心情は落ち着かないものなのに、そこまで嫌じゃない。
「それは残念です。佐々木先輩の美声が聞けると思ったのに」
「……歌ったら、交際続けてくれるのか?」
蜘蛛の糸ほどの細さだろうが、望みをかけて問いかけてみた。松尾は俺の質問を聞いた瞬間、唇の端をヒクッと引きつらせる。
「佐々木先輩、なに寝ぼけたことを言ってるんですか。続けませんよ」
「俺、一応本気なんだぞ」
藁にもすがる思いで、たたみかける俺の声は、どこか弱々しいものになってしまった。
「本気と言われても――」
難しそうな面持ちで困惑する松尾に、どうしたら俺という人間を理解してもらえるだろうか。そう思いついたとき、今までのことを伝えてみようと考えつく。
「俺が誰かと付き合うのって、いつも向こうから告白されて、スタートしていたんだ」
「そうでしょうね。佐々木先輩イケメンですし、女性がキャーキャー言いながら群がる姿が目に浮かびます」
(そんな状態だったら、今頃は彼女の1人や2人いて、選り取りみどりだろう)
「とりあえず相手を知るために、試しに付き合ってみるんだけど、相手がのぼせればのぼせるほどに、俺はソイツを好きになれなくてさ。結局うまくいかなかった」
「なるほど……」
「今回も松尾にアプローチされて、いつものパターンかよって内心思った。居酒屋でいろんなことを喋ってるうちに、不思議と惹きつけられるものを、俺の中で感じとることができたんだ」
「惹きつけられるもの?」
松尾は昨日のことを思い出そうとしてるのか、右斜め上を見つめてぼんやりする。
「一目惚れとは違うよな。なんて言葉で表現したらいいのか。とにかく俺は松尾が好きだ」
告白するのにタイミングは悪くないと思って、堂々と告げた。それなのに松尾は照れるどころか、なぜか周りをキョロキョロする。目の前でなされる無意味な行動に、頭の中でクエスチョンマークが浮かんだ。
「佐々木先輩ってば、人の誘いを雑なアプローチとか言って非難してたのに、こんな色気のない場所で告白されても、ピンとこないですよ」
せっかくの告白は、文句になって返ってきてしまった。当の本人は、慌てて背中を向ける始末。このままじゃダメだと判断し、色気のない場所と称されたところだったが、後ろから松尾を抱きしめる。
抱きしめたのはいいが、ここからどうしようかと悩み、目の前にある頭に顎を乗せた。
「元彼との付き合いで疲れているであろう松尾に、どうしたら恋愛する気持ちを起こさせることができるだろう?」
「恋愛する気持ち!? それはえっとですね、過度な束縛は嫌です。苦しいですので……」
松尾の苦しいというセリフに、嫌われてしまうことをしてしまったのを痛感した。
「わかった。腕の力を緩める」
「やっ、佐々木先輩にされてることじゃなくてですね、何してるっていうLINEを、数分おきに送ってきたり――」
「じゃあ松尾の存在を感じるために、思いっきり抱きしめることはOKなんだな?」
元彼のことを指摘したのがわかったので、安心して腕の力を強める。松尾の頭に顎に乗せていた頭をちょっとだけ移動して表情を窺うと、いい感じに頬が赤く染まっていた。
「私としては、刺激の強い触れ合いはちょっと……。少しずつ距離を縮めていくような感じが、いいかもしれません」
意識されていることがわかり、嬉しくてならない。しかし本人の希望は、少しずつ距離を縮めていくこと――せっかく松尾が振り返って、互いの顔が近くにあるのに、このまま唇にキスできないのは残念だな。
「佐々木先輩、近いですよ……」
「少しずつ距離を縮めていくのって、こんな感じか?」
唇がダメなら、別の場所にすればいいと思い、柔らかそうな頬に唇を押しつけた。
「松尾の頬、すごく熱くなってる」
「しっ、刺激の強い触れ合いはNGですっ!」
「頬にキスなんて、子どもでもするだろ。俺なりに、これでも譲歩してるんだけど」
「それでも私には、刺激が強すぎます!」
静かな俺の声に対して、松尾の非難の声が室内に響いた。
「俺としてはもっと刺激の強いコト、積極的にしたんだけど?」
さて、俺の冗談をどうかわしてくれるのか見物しようと、あえて耳元で問いかけてみた。松尾の顔は、熟したイチゴのようになっていて、なにを想像しているのか、手に取るようにわかる。
「むっ、むむむむ無理です! 死んじゃいます!」
情けない声を出しているのに、相変わらず変な笑顔を崩さないリアクションの松尾が可笑しくて、目の前にある肩口に顔を押しつけた。
「うっ……」
「佐々木先輩?」
大爆笑まであと少し。それでもギリギリまで我慢しようと、無駄にあがいてしまう。
「ううっ、くっ……」
「佐々木先輩、あの……」
「…………」
ダメだ、今にも吹き出しそう。しかも松尾が俺のことを心配している事実も、さらに笑いを誘う。
「佐々木先輩とお付き合いしてもいいですよ。さっき言ったように、少しずつ距離を縮めていく感じでお願いします……」
「くくっ!」
抱きしめていた松尾を勢いよく放り出して、お腹を抱えながら爆笑した。傍にある棚をバシバシ叩いて笑いをやり過ごそうとしているのに、なかなかそれがおさまらない。
「佐々木先輩、笑いすぎですよ。そんなふうに笑うようなこと、私は言った覚えがないのに」
呆れたまなざしで俺を見つめる松尾の顔が何とも言えず、メガネを外して涙を拭ったそばから、また笑いだしてしまった。
「佐々木先輩っ!」
「悪い悪い。間近で松尾の百面相を見ているのが、面白くてつい」
「はい?」
「それを見てるだけで、なにを考えてるのか手に取るようにわかってしまうものだから。とりあえず、付き合うことを決めてくれてありがとな」
きちんとメガネをかけ直してから、松尾に向かって右手を差し出す。俺の顔と右手を交互に見つつ、恐るおそる松尾の右手が俺の手を掴む。交際することがやっと完了した瞬間だった。
(――さてと。恋人らしいことくらい、なにかしてやろうか)
「松尾が不安にならないように、ちょっとずつ距離を縮めていけばいいんだよな?」
「束縛されるのは苦手なので……」
「それじゃあまずは、見える形で俺の気持ちを表してやる」
なにをされるかわからないという、不安そうな松尾の顔をじっと見ながら、繋いだ右手を引き寄せた。
「ちょっ?」
そして右手をくるっとひねって手首を露出させて顔を寄せ、細い手首に口づけをやんわりと落とす。
白紙を使って、松尾をうまいこと外に連れ出すことに成功した。途中のたどたどしい松尾の演技は、あとから思い出しても、かなり笑えるものだった。
「ふたりきりで話せるところは……。そこでいいか」
廊下の突き当りにある、消耗品を保管してある備品庫にしけこむ。
「松尾、大丈夫か?」
「大丈夫じゃないですよ。頭が大混乱状態です。いきなりなんで、あんなことになってしまったのか……」
「だよな、俺も驚いた。付き合ってまだ1日しか経ってないのに、松尾が御曹司と見合いなんて、俺に勝ち目はないだろ」
少しでも雰囲気をよくしようと、おどけながら言ったというのに、松尾の表情は相変わらずさえない。どうしたら笑ってくれるだろうか。
「相手はハーフだし、きっとイケメンなんだろうな。いやはや参った」
扉に背中を預けて肩を竦めた瞬間、
「それですよ!」
珍しく大きな声で、松尾が叫んだ。
「それとは?」
会話に食いついてくれたことを嬉しく思いながら、メガネのフレームをあげて問いかけたら、松尾はうんと嫌そうな顔をして額に手を当てつつ、かわいくない声で告げた。
「どうして私が、佐々木先輩と付き合ってることになってるんですか?」
「だって昨日おまえに、路上でアプローチされただろ。あの場で俺は断ってない」
流暢に事実を告げたというのに、松尾はアホ面丸出しでぽかんとした。なにか言いたげに口元が動くが声にならず、ゼンマイ仕掛けの人形のように見える。
「松尾ってば、俺が彼氏になったことが、そんなに不服だったのか。変な顔してる」
自分から声をかけておいて、その顔はあんまりだと思わずにはいられない。
「ち、違いますっ。えっとその……う~ん。佐々木先輩は私のことを全然知らないのに、彼女にしたのが謎すぎて」
「確かにな。会社じゃこれまで挨拶くらいしかしてなかったけど、居酒屋でいろんな話をおまえから聞き出すことができたのが、俺の中では好印象だったんだ」
わかりやすい説明をしながら胸の前で腕を組み、嬉しそうに答えたところ、松尾は何度も目を瞬かせて、俺の顔を見つめる。
「いろんなこと……? あの話の中で、佐々木先輩に好印象を与えるようなことを、私は言いましたっけ?」
「元彼とのことはつらい出来事なのに、あえて明るく振る舞って、俺に話をしてくれたろ。三か月前に終わったことだから、気持ち的に松尾はスッキリしているのかと思ったのに、深く掘り下げていったら、割り切れていないことがわかったしな。その真相を探るべく、誘導尋問みたいになったけど」
居酒屋での会話や松尾のリアクションを思い出していたら、いつの間にか俺の唇に笑みが浮かんだ。話の内容は暗いものなのに、松尾が終始明るく接するおかげで、俺自身が暗くならずに済んだのは、すごいことだと思う。
「そうですよ。佐々木先輩の元カノの話を聞けずじまいでした。ズルいです、フェアじゃない」
さらにかわいくない顔をした松尾がどうにも可笑しくて、笑いを堪えながら指を差した。
「しかもおまえの口から出る言葉が、どうにもツボに嵌って、笑ってばかりいた。俺の予想を超えることばかり、松尾が言うもんだからさ。それでコイツと付き合ったら、結構面白いんじゃないかというのが決め手だったわけ」
適当な言葉で伝えたが、実際は違う意味で松尾に惹かれた。それを今言うべきじゃないことくらいわかっているので、煙に巻いて誤魔化したのだが。
「佐々木先輩、面白いから付き合うことに決めたなんて、正直信じられません」
「松尾は俺を信じられないから、さっさと捨てて、玉の輿に乗るつもりなのか?」
確信に迫る言の葉を告げるために、あえて真剣な表情を作りこんだ。俺の態度を見て、どんな答えを用意するだろうかと、ちょっとだけワクワクする。
「乗りませんよ、そんなもの」
実にあっけらかんとした返答に、思いっきり肩透かしを食らった感じと、表現すればいいかもしれない。だからこそ営業スマイルじゃなくて、実に自然に笑うことができた。
「松尾のそういうところに、俺は惹かれたんだって。普通は玉の輿に乗るために、喜んで平社員の俺を捨てるだろ」
「そんな理由で捨てたりしませんけど、イケメンな佐々木先輩とのお付き合いは、いろいろ恐れ多くて、できそうにないです!」
いきなり交際を断るセリフに、先ほどまで上がったテンションが、一気に急下降した。俺の心をこれほどまでに揺さぶるなんて、本当に面白い。
「自分から俺に迫っておいて、恐れ多いなんておかしくないか?」
「だって、どう見ても不釣り合いですよ私たち」
「不釣り合いなんて、俺は人の目なんか気にしない……」
「私はすっごく気にします!」
松尾は両手に拳を作りながら、キッパリと断言した。
どうやって説得しようかと悩み、背を預けていた扉から体を起こして、松尾を見下ろす。ありきたりの言葉をいうのが嫌だったので、わかりやすくてシンプルなものを選んだ。
「はじめてなんだ!」
言ったあとに、しまったとすぐさま後悔した。誤解されるセリフを吐いたことが妙に恥ずかしくなり、ジワジワと頬に熱がたまっていくのがわかる。
「やっぱり童貞……」
「違う違う、そうじゃない。おまえと喋ってると、どうにも調子が狂ってしょうがないな」
「鈴木雅之の歌でも歌いますか?」
またしても変なことを言い出す松尾に呆れたが、ここはノッてやるべく、左手にエアマイクを持つポーズをとってやった。言っておくが仕方なくやっただけで、普段の俺はこんなことを進んでしない人種だ。
「ここで歌って、気分を発散したいところだが、それだと話の論点がズレる」
まくし立てるように一気に喋りかけたのちに、エアマイクを作っていた左手を力なくおろし、大きなため息をついた。なんだろう、ドキドキとハラハラを足して二で割ったような心情は落ち着かないものなのに、そこまで嫌じゃない。
「それは残念です。佐々木先輩の美声が聞けると思ったのに」
「……歌ったら、交際続けてくれるのか?」
蜘蛛の糸ほどの細さだろうが、望みをかけて問いかけてみた。松尾は俺の質問を聞いた瞬間、唇の端をヒクッと引きつらせる。
「佐々木先輩、なに寝ぼけたことを言ってるんですか。続けませんよ」
「俺、一応本気なんだぞ」
藁にもすがる思いで、たたみかける俺の声は、どこか弱々しいものになってしまった。
「本気と言われても――」
難しそうな面持ちで困惑する松尾に、どうしたら俺という人間を理解してもらえるだろうか。そう思いついたとき、今までのことを伝えてみようと考えつく。
「俺が誰かと付き合うのって、いつも向こうから告白されて、スタートしていたんだ」
「そうでしょうね。佐々木先輩イケメンですし、女性がキャーキャー言いながら群がる姿が目に浮かびます」
(そんな状態だったら、今頃は彼女の1人や2人いて、選り取りみどりだろう)
「とりあえず相手を知るために、試しに付き合ってみるんだけど、相手がのぼせればのぼせるほどに、俺はソイツを好きになれなくてさ。結局うまくいかなかった」
「なるほど……」
「今回も松尾にアプローチされて、いつものパターンかよって内心思った。居酒屋でいろんなことを喋ってるうちに、不思議と惹きつけられるものを、俺の中で感じとることができたんだ」
「惹きつけられるもの?」
松尾は昨日のことを思い出そうとしてるのか、右斜め上を見つめてぼんやりする。
「一目惚れとは違うよな。なんて言葉で表現したらいいのか。とにかく俺は松尾が好きだ」
告白するのにタイミングは悪くないと思って、堂々と告げた。それなのに松尾は照れるどころか、なぜか周りをキョロキョロする。目の前でなされる無意味な行動に、頭の中でクエスチョンマークが浮かんだ。
「佐々木先輩ってば、人の誘いを雑なアプローチとか言って非難してたのに、こんな色気のない場所で告白されても、ピンとこないですよ」
せっかくの告白は、文句になって返ってきてしまった。当の本人は、慌てて背中を向ける始末。このままじゃダメだと判断し、色気のない場所と称されたところだったが、後ろから松尾を抱きしめる。
抱きしめたのはいいが、ここからどうしようかと悩み、目の前にある頭に顎を乗せた。
「元彼との付き合いで疲れているであろう松尾に、どうしたら恋愛する気持ちを起こさせることができるだろう?」
「恋愛する気持ち!? それはえっとですね、過度な束縛は嫌です。苦しいですので……」
松尾の苦しいというセリフに、嫌われてしまうことをしてしまったのを痛感した。
「わかった。腕の力を緩める」
「やっ、佐々木先輩にされてることじゃなくてですね、何してるっていうLINEを、数分おきに送ってきたり――」
「じゃあ松尾の存在を感じるために、思いっきり抱きしめることはOKなんだな?」
元彼のことを指摘したのがわかったので、安心して腕の力を強める。松尾の頭に顎に乗せていた頭をちょっとだけ移動して表情を窺うと、いい感じに頬が赤く染まっていた。
「私としては、刺激の強い触れ合いはちょっと……。少しずつ距離を縮めていくような感じが、いいかもしれません」
意識されていることがわかり、嬉しくてならない。しかし本人の希望は、少しずつ距離を縮めていくこと――せっかく松尾が振り返って、互いの顔が近くにあるのに、このまま唇にキスできないのは残念だな。
「佐々木先輩、近いですよ……」
「少しずつ距離を縮めていくのって、こんな感じか?」
唇がダメなら、別の場所にすればいいと思い、柔らかそうな頬に唇を押しつけた。
「松尾の頬、すごく熱くなってる」
「しっ、刺激の強い触れ合いはNGですっ!」
「頬にキスなんて、子どもでもするだろ。俺なりに、これでも譲歩してるんだけど」
「それでも私には、刺激が強すぎます!」
静かな俺の声に対して、松尾の非難の声が室内に響いた。
「俺としてはもっと刺激の強いコト、積極的にしたんだけど?」
さて、俺の冗談をどうかわしてくれるのか見物しようと、あえて耳元で問いかけてみた。松尾の顔は、熟したイチゴのようになっていて、なにを想像しているのか、手に取るようにわかる。
「むっ、むむむむ無理です! 死んじゃいます!」
情けない声を出しているのに、相変わらず変な笑顔を崩さないリアクションの松尾が可笑しくて、目の前にある肩口に顔を押しつけた。
「うっ……」
「佐々木先輩?」
大爆笑まであと少し。それでもギリギリまで我慢しようと、無駄にあがいてしまう。
「ううっ、くっ……」
「佐々木先輩、あの……」
「…………」
ダメだ、今にも吹き出しそう。しかも松尾が俺のことを心配している事実も、さらに笑いを誘う。
「佐々木先輩とお付き合いしてもいいですよ。さっき言ったように、少しずつ距離を縮めていく感じでお願いします……」
「くくっ!」
抱きしめていた松尾を勢いよく放り出して、お腹を抱えながら爆笑した。傍にある棚をバシバシ叩いて笑いをやり過ごそうとしているのに、なかなかそれがおさまらない。
「佐々木先輩、笑いすぎですよ。そんなふうに笑うようなこと、私は言った覚えがないのに」
呆れたまなざしで俺を見つめる松尾の顔が何とも言えず、メガネを外して涙を拭ったそばから、また笑いだしてしまった。
「佐々木先輩っ!」
「悪い悪い。間近で松尾の百面相を見ているのが、面白くてつい」
「はい?」
「それを見てるだけで、なにを考えてるのか手に取るようにわかってしまうものだから。とりあえず、付き合うことを決めてくれてありがとな」
きちんとメガネをかけ直してから、松尾に向かって右手を差し出す。俺の顔と右手を交互に見つつ、恐るおそる松尾の右手が俺の手を掴む。交際することがやっと完了した瞬間だった。
(――さてと。恋人らしいことくらい、なにかしてやろうか)
「松尾が不安にならないように、ちょっとずつ距離を縮めていけばいいんだよな?」
「束縛されるのは苦手なので……」
「それじゃあまずは、見える形で俺の気持ちを表してやる」
なにをされるかわからないという、不安そうな松尾の顔をじっと見ながら、繋いだ右手を引き寄せた。
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