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好きだから、アナタのために
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帰る直前に、ロッカーに置きっぱなしにしていたスマホを見ると、絵里さんからメッセージが着ていた。彼女からこうして唐突に連絡が送られてくる場合、智之さん絡みの可能性が高い。迷うことなくチェックしてみる。
『聖哉くん、今夜のムーンナイトの閉店時間は午前0時です。恋に不器用で寂しがり屋のサンタが店で待ってるから、迎えに行ってあげてください。ハナと私からのクリスマスプレゼントだよ』
僕は声にならない声をあげ、高ぶる感情のままに体を震わせる。きっとふたりは、ケンカをする僕らを見て、手を差し伸べてくれたに違いない。
『絵里さん、華代さんありがとうございます。これから受け取りに行ってきます!』
逸る気持ちを押さえながら返事を打ち込み、コートのポケットにスマホをしまう。そして呼び出していたタクシーに乗り込み、店に向かった。
10分後、ムーンナイトの前に立ち尽くす僕の目に、閉店を知らせる看板が飛び込む。午前0時までまだ30分以上あるのに、早々と店じまいした現状を知って、否応なしに胸がドキドキした。
(智之さんがやって来る僕と逢瀬するために、閉店時間を早めたのだとしたら――)
恐るおそる腕を伸ばし、ドアノブを引く。驚かせる気が満々だったので、ドアベルが鳴らないように扉を開けたら、ピアノの椅子に座った恋人が、なぜかピアノを弾いていた。
僕が入ってきたことがわからないくらいに、集中して弾いているらしい。だが正直なところ、なんの曲を弾いているのかわからなかった。
首を傾げつつ静かに扉を閉じて、大柄な背中に近づく。ピアノの鍵盤に人差し指だけで音を奏でる姿を見ているだけで、笑いがこみあげそうになった。まるで小さなコが、はじめてピアノに触れているみたいで、すごくかわいい。
(こんな智之さん、誰にも見せたくない。僕がこんなふうに思うということは、彼も同じ気持ちだったから、あんな言葉を言ったのかもしれないな)
鼻の奥がツンとなり、泣きそうになったけれど、唇を噛みしめたまま、智之さんに抱きついた。
「ぎゃっ!」
捕獲するように抱きしめる僕に驚き、変な声を出した智之さん。すぐ傍に僕の顔があるのを見、彼の瞳が大きく開く。
「クリスマスなので、プレゼントを回収しに来ました」
「なん……来るのが早いじゃないか」
「智之さんこそ、閉店時間は午前0時なのに、随分早く閉めたんですね」
お互い素直じゃないから、いつものように文句からはじまってしまった。だけど全然険悪な雰囲気はなく、むしろ智之さんはどこか慌てている様子を醸す。
「だって今日はイブで、客があまり来なかったんだ」
「それでピアノに触れたことのない智之さんは、さっきなにを弾いていたのでしょうか?」
言いながら顔を覗き込むと、バツが悪そうに視線を右往左往させて逃げた。
「智之さん?」
「……やって来る聖哉を驚かせようと、クリスマスソングを弾いてみようかなって、音を探してた感じ」
「人差し指一本で?」
クスクス笑って指摘してやると、智之さんは抱きつく僕の腕を振り解き、椅子から腰をあげてしまった。
「しょうがないだろ、音感がないんだから!」
「それでも早く閉店して、練習してくれたんですよね?」
逃げかける智之さんの右手を掴み、ぐいっと自分に引き寄せる。
「僕を驚かせるために、この手でピアノを弾いてくれた」
掴んだ右手の人差し指の爪先に、唇を押しつけてキスをした。
「すごくすごく、嬉しいです」
上目遣いで告げた僕を見る智之さんの頬が、これでもかと真っ赤に染まっていく。
「聖哉のすごさが、改めてわかった。このピアノからいろんな音色を引き出して、自由に弾く難しさを痛感したというか」
僕の手から自分の右手を慌てて引き抜き、背中に隠してしまった。
帰る直前に、ロッカーに置きっぱなしにしていたスマホを見ると、絵里さんからメッセージが着ていた。彼女からこうして唐突に連絡が送られてくる場合、智之さん絡みの可能性が高い。迷うことなくチェックしてみる。
『聖哉くん、今夜のムーンナイトの閉店時間は午前0時です。恋に不器用で寂しがり屋のサンタが店で待ってるから、迎えに行ってあげてください。ハナと私からのクリスマスプレゼントだよ』
僕は声にならない声をあげ、高ぶる感情のままに体を震わせる。きっとふたりは、ケンカをする僕らを見て、手を差し伸べてくれたに違いない。
『絵里さん、華代さんありがとうございます。これから受け取りに行ってきます!』
逸る気持ちを押さえながら返事を打ち込み、コートのポケットにスマホをしまう。そして呼び出していたタクシーに乗り込み、店に向かった。
10分後、ムーンナイトの前に立ち尽くす僕の目に、閉店を知らせる看板が飛び込む。午前0時までまだ30分以上あるのに、早々と店じまいした現状を知って、否応なしに胸がドキドキした。
(智之さんがやって来る僕と逢瀬するために、閉店時間を早めたのだとしたら――)
恐るおそる腕を伸ばし、ドアノブを引く。驚かせる気が満々だったので、ドアベルが鳴らないように扉を開けたら、ピアノの椅子に座った恋人が、なぜかピアノを弾いていた。
僕が入ってきたことがわからないくらいに、集中して弾いているらしい。だが正直なところ、なんの曲を弾いているのかわからなかった。
首を傾げつつ静かに扉を閉じて、大柄な背中に近づく。ピアノの鍵盤に人差し指だけで音を奏でる姿を見ているだけで、笑いがこみあげそうになった。まるで小さなコが、はじめてピアノに触れているみたいで、すごくかわいい。
(こんな智之さん、誰にも見せたくない。僕がこんなふうに思うということは、彼も同じ気持ちだったから、あんな言葉を言ったのかもしれないな)
鼻の奥がツンとなり、泣きそうになったけれど、唇を噛みしめたまま、智之さんに抱きついた。
「ぎゃっ!」
捕獲するように抱きしめる僕に驚き、変な声を出した智之さん。すぐ傍に僕の顔があるのを見、彼の瞳が大きく開く。
「クリスマスなので、プレゼントを回収しに来ました」
「なん……来るのが早いじゃないか」
「智之さんこそ、閉店時間は午前0時なのに、随分早く閉めたんですね」
お互い素直じゃないから、いつものように文句からはじまってしまった。だけど全然険悪な雰囲気はなく、むしろ智之さんはどこか慌てている様子を醸す。
「だって今日はイブで、客があまり来なかったんだ」
「それでピアノに触れたことのない智之さんは、さっきなにを弾いていたのでしょうか?」
言いながら顔を覗き込むと、バツが悪そうに視線を右往左往させて逃げた。
「智之さん?」
「……やって来る聖哉を驚かせようと、クリスマスソングを弾いてみようかなって、音を探してた感じ」
「人差し指一本で?」
クスクス笑って指摘してやると、智之さんは抱きつく僕の腕を振り解き、椅子から腰をあげてしまった。
「しょうがないだろ、音感がないんだから!」
「それでも早く閉店して、練習してくれたんですよね?」
逃げかける智之さんの右手を掴み、ぐいっと自分に引き寄せる。
「僕を驚かせるために、この手でピアノを弾いてくれた」
掴んだ右手の人差し指の爪先に、唇を押しつけてキスをした。
「すごくすごく、嬉しいです」
上目遣いで告げた僕を見る智之さんの頬が、これでもかと真っ赤に染まっていく。
「聖哉のすごさが、改めてわかった。このピアノからいろんな音色を引き出して、自由に弾く難しさを痛感したというか」
僕の手から自分の右手を慌てて引き抜き、背中に隠してしまった。
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