上 下
61 / 64
好きだから、アナタのために

23

しおりを挟む
***

 帰る直前に、ロッカーに置きっぱなしにしていたスマホを見ると、絵里さんからメッセージが着ていた。彼女からこうして唐突に連絡が送られてくる場合、智之さん絡みの可能性が高い。迷うことなくチェックしてみる。

『聖哉くん、今夜のムーンナイトの閉店時間は午前0時です。恋に不器用で寂しがり屋のサンタが店で待ってるから、迎えに行ってあげてください。ハナと私からのクリスマスプレゼントだよ』

 僕は声にならない声をあげ、高ぶる感情のままに体を震わせる。きっとふたりは、ケンカをする僕らを見て、手を差し伸べてくれたに違いない。

『絵里さん、華代さんありがとうございます。これから受け取りに行ってきます!』

 逸る気持ちを押さえながら返事を打ち込み、コートのポケットにスマホをしまう。そして呼び出していたタクシーに乗り込み、店に向かった。

 10分後、ムーンナイトの前に立ち尽くす僕の目に、閉店を知らせる看板が飛び込む。午前0時までまだ30分以上あるのに、早々と店じまいした現状を知って、否応なしに胸がドキドキした。

(智之さんがやって来る僕と逢瀬するために、閉店時間を早めたのだとしたら――)

 恐るおそる腕を伸ばし、ドアノブを引く。驚かせる気が満々だったので、ドアベルが鳴らないように扉を開けたら、ピアノの椅子に座った恋人が、なぜかピアノを弾いていた。

 僕が入ってきたことがわからないくらいに、集中して弾いているらしい。だが正直なところ、なんの曲を弾いているのかわからなかった。

 首を傾げつつ静かに扉を閉じて、大柄な背中に近づく。ピアノの鍵盤に人差し指だけで音を奏でる姿を見ているだけで、笑いがこみあげそうになった。まるで小さなコが、はじめてピアノに触れているみたいで、すごくかわいい。

(こんな智之さん、誰にも見せたくない。僕がこんなふうに思うということは、彼も同じ気持ちだったから、あんな言葉を言ったのかもしれないな)

 鼻の奥がツンとなり、泣きそうになったけれど、唇を噛みしめたまま、智之さんに抱きついた。

「ぎゃっ!」

 捕獲するように抱きしめる僕に驚き、変な声を出した智之さん。すぐ傍に僕の顔があるのを見、彼の瞳が大きく開く。

「クリスマスなので、プレゼントを回収しに来ました」

「なん……来るのが早いじゃないか」

「智之さんこそ、閉店時間は午前0時なのに、随分早く閉めたんですね」

 お互い素直じゃないから、いつものように文句からはじまってしまった。だけど全然険悪な雰囲気はなく、むしろ智之さんはどこか慌てている様子を醸す。

「だって今日はイブで、客があまり来なかったんだ」

「それでピアノに触れたことのない智之さんは、さっきなにを弾いていたのでしょうか?」

 言いながら顔を覗き込むと、バツが悪そうに視線を右往左往させて逃げた。

「智之さん?」

「……やって来る聖哉を驚かせようと、クリスマスソングを弾いてみようかなって、音を探してた感じ」

「人差し指一本で?」

 クスクス笑って指摘してやると、智之さんは抱きつく僕の腕を振り解き、椅子から腰をあげてしまった。

「しょうがないだろ、音感がないんだから!」

「それでも早く閉店して、練習してくれたんですよね?」

 逃げかける智之さんの右手を掴み、ぐいっと自分に引き寄せる。

「僕を驚かせるために、この手でピアノを弾いてくれた」

 掴んだ右手の人差し指の爪先に、唇を押しつけてキスをした。

「すごくすごく、嬉しいです」

 上目遣いで告げた僕を見る智之さんの頬が、これでもかと真っ赤に染まっていく。

「聖哉のすごさが、改めてわかった。このピアノからいろんな音色を引き出して、自由に弾く難しさを痛感したというか」

 僕の手から自分の右手を慌てて引き抜き、背中に隠してしまった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

添い寝屋浅葱

加藤伊織
BL
主任に昇格してしばらくが経った会社員・赤羽根玲一は不眠に悩まされていた。病気なのか、それほどでもないのか、それすらも判断が付かない玲一に、同僚の井上は「枕でも買えてみたらどうだ」と勧める。 そして枕を探して街を歩いていた玲一が偶然行き会ったのは、「お昼寝屋」という不思議な店。名前に惹かれ足を踏み入れた玲一を、神秘的な雰囲気を漂わせる「浅葱」という青年の店員が出迎えた。 真実「眠ること」だけに特化した「お昼寝屋」で、カウンセリングを受けた玲一はためらいがちながらも浅葱に提案される。 「添い寝を、試してみてもいいかもしれません」と。 性的なことは何もなく、ただ客を寝付かせるための添い寝。縋る想いでそれを試した玲一は、浅葱の隣で驚くほどすっきりと眠ることができた。 最高級の寝具に、眠るためのアロマ、そしてほのかな他人の体温に癒やされ、玲一は繰り返しお昼寝屋を訪れ、浅葱と添い寝をするようになる。 そしてその奇妙な信頼関係は、玲一の中で次第に形を変え、浅葱への甘えへ、ミステリアスな彼への微かな思慕へと変化していった。 浅葱に対する淫夢を見たことと、年末年始にさしかかったタイミングが重なり、気まずさを抱えたまま玲一の足は自然とお昼寝屋から遠ざかっていった。しかし、お昼寝屋での体験が忘れられない玲一は、井上に背を押される形で「添い寝はしなくてもいい、ただあそこの布団で眠りたい」とお昼寝屋を訪れる決心をした。 久々に訪れたお昼寝屋では、玲一を迎えたのは浅葱ではなかった。玲一が離れている間に、シフトが変わったのだという。予想外の落胆に打ちのめされ、玲一はお昼寝屋を利用することなくその場を後にした。 そして偶然にも、公園で猫に餌をやっている浅葱に出会う。客と店員という関係ではなく、君と話をしたいと告げる玲一に、浅葱は一枚の名刺を渡す。そこにはお昼寝屋ではない店の名前と、「浅葱」という名前が印刷されていた。 浅葱はお昼寝屋でのアルバイトの他にも、ウリ専をしていたのだ。浅葱が去った後初めてその事実を知った玲一は、「添い寝だけでいい」と浅葱を繰り返し買う。 しかしそれは、玲一に特別な感情を抱えていた浅葱を「男としては求められていない」と絶望させる言葉だった。 互いを特別に思いながらもすれ違うふたり。いびつな関係が決壊しようとするとき、ふたりの前に新しい関係が広がろうとしていた。

僕のために、忘れていて

ことわ子
BL
男子高校生のリュージは事故に遭い、最近の記憶を無くしてしまった。しかし、無くしたのは最近の記憶で家族や友人のことは覚えており、別段困ることは無いと思っていた。ある一点、全く記憶にない人物、黒咲アキが自分の恋人だと訪ねてくるまでは────

職業寵妃の薬膳茶

なか
BL
大国のむちゃぶりは小国には断れない。 俺は帝国に求められ、人質として輿入れすることになる。

生意気オメガは年上アルファに監禁される

神谷レイン
BL
芸能事務所に所属するオメガの彰(あきら)は、一カ月前からアルファの蘇芳(すおう)に監禁されていた。 でも快適な部屋に、発情期の時も蘇芳が相手をしてくれて。 俺ってペットか何かか? と思い始めていた頃、ある事件が起きてしまう! それがきっかけに蘇芳が彰を監禁していた理由が明らかになり、二人は……。 甘々オメガバース。全七話のお話です。 ※少しだけオメガバース独自設定が入っています。

一年前の忘れ物

花房ジュリー
BL
 ゲイであることを隠している大学生の玲。今は、バイト先の男性上司と密かに交際中だ。ある時、アメリカ人のアレンとひょんなきっかけで出会い、なぜか料理交換を始めるようになる。いつも自分に自信を持たせてくれるアレンに、次第に惹かれていく玲。そんな折、恋人はいるのかとアレンに聞かれる。ゲイだと知られまいと、ノーと答えたところ、いきなりアレンにキスをされ!? ※kindle化したものの再公開です(kindle販売は終了しています)。内容は、以前こちらに掲載していたものと変更はありません。

こっそりバウムクーヘンエンド小説を投稿したら相手に見つかって押し倒されてた件

神崎 ルナ
BL
バウムクーヘンエンド――片想いの相手の結婚式に招待されて引き出物のバウムクーヘンを手に失恋に浸るという、所謂アンハッピーエンド。 僕の幼なじみは天然が入ったぽんやりしたタイプでずっと目が離せなかった。 だけどその笑顔を見ていると自然と僕も口角が上がり。 子供の頃に勢いに任せて『光くん、好きっ!!』と言ってしまったのは黒歴史だが、そのすぐ後に白詰草の指輪を持って来て『うん、およめさんになってね』と来たのは反則だろう。   ぽやぽやした光のことだから、きっとよく意味が分かってなかったに違いない。 指輪も、僕の左手の中指に収めていたし。 あれから10年近く。 ずっと仲が良い幼なじみの範疇に留まる僕たちの関係は決して崩してはならない。 だけど想いを隠すのは苦しくて――。 こっそりとある小説サイトに想いを吐露してそれで何とか未練を断ち切ろうと思った。 なのにどうして――。 『ねぇ、この小説って海斗が書いたんだよね?』 えっ!?どうしてバレたっ!?というより何故この僕が押し倒されてるんだっ!?(※注 サブ垢にて公開済みの『バウムクーヘンエンド』をご覧になるとより一層楽しめるかもしれません)

少年売買契約

眠りん
BL
 殺人現場を目撃した事により、誘拐されて闇市場で売られてしまった少年。  闇オークションで買われた先で「お前は道具だ」と言われてから自我をなくし、道具なのだと自分に言い聞かせた。  性の道具となり、人としての尊厳を奪われた少年に救いの手を差し伸べるのは──。 表紙:右京 梓様 ※胸糞要素がありますがハッピーエンドです。

僕を拾ってくれたのはイケメン社長さんでした

なの
BL
社長になって1年、父の葬儀でその少年に出会った。 「あんたのせいよ。あんたさえいなかったら、あの人は死なずに済んだのに…」 高校にも通わせてもらえず、実母の恋人にいいように身体を弄ばれていたことを知った。 そんな理不尽なことがあっていいのか、人は誰でも幸せになる権利があるのに… その少年は昔、誰よりも可愛がってた犬に似ていた。 ついその犬を思い出してしまい、その少年を幸せにしたいと思うようになった。 かわいそうな人生を送ってきた少年とイケメン社長が出会い、恋に落ちるまで… ハッピーエンドです。 R18の場面には※をつけます。

処理中です...