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好きだから、アナタのために
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智之さんと藤田さんのお店を掛け持ちする生活が、やっと慣れてきた。
それぞれの店で弾く曲目が違うことは、僕自身としては気分転換になるし、なにより大好きなピアノにずっと触れることができる至福のひとときになっている。
藤田さんのレストランでは、たまにお客様と接触することはあれど、智之さんのお店ほどではない。だからピアノを弾きながら店内の様子を窺い、お客様からオーダーを取ることがとても楽しかった。
「智之さん、奥のお客様のオーダーです。ジンライムとカシスオレンジひとつずつ」
「わかった。それを運んだら、少し休憩すれよ。星哉用のカクテル作っておく」
「ありがとうございます」
お礼を言って、ふたたびピアノの前にスタンバった。
僕がお店を掛け持ちするようになってからというもの、智之さんは以前にも増して優しくなった。あまりに優しく接するので、なにか隠し事でもあるのかと心配になり、それとなく訊ねてみたら。
『星哉のいない土曜の夜は、本当に大変なんだ。今までひとりで楽にこなしていたハズなのに、おまえに頼りきっていることがわかってさ。大事にしないとなって』
大事にする――それを実行してるのか、前より求める数が確実に減った。それは寂しくもあり、僕から求めるなんてこと。
「恥ずかしくて、未だにできないんだよなぁ」
智之さんがシェイカーを使う音が聞こえたので、カウンターに顔を向けながら、そつなくピアノを弾きこなす。
(見惚れてしまうくらいにカッコイイ。あの大きな手で、僕に触れて欲しい――)
そんな考えが脳裏を過ぎった瞬間、不意に右手の小指が鍵盤に引っかかり、不協和音を店内に響かせた。
「すっ、すみません!」
慌てて顔をピアノに戻したものの、あまりの衝撃で手が止まってしまい、両手がまったく動かない。
「聖哉、大丈夫か?」
「本当にすみません。考え事をしてしまって……」
「おまえ疲れてるんだ。注文のカクテルができたから、運んでくれ。休憩長めにとれよ」
「はい、わかりました」
智之さんの言いつけどおりに、お客様にカクテルを運び終えたあと、カウンター席にちょこんと座り、いつもより長めの休憩をとる。
(今日の特注のカクテルは、ピーチ味の甘めのカクテル。はじめて飲むものだな)
細長いタンブラーに注がれたそれは、淡いピンク色をしていて、天井からのライトに照らされると、かわいい感じに目に映った。
「智之さん、ありがとう。この甘さのおかげで、なんだか癒されちゃった」
「それは良かった。掛け持ちしてるのが大変なら、ウチの店はいつでも休んでいいんだからな」
「わかりました。無理しないようにしますね」
こうして智之さんの言葉に甘えて、しばらくの間、カウンターから大好きな彼の姿を眺める。素敵な智之さんをチャージしたおかげで、その後は間違いなくピアノを弾くことができた。
智之さんと藤田さんのお店を掛け持ちする生活が、やっと慣れてきた。
それぞれの店で弾く曲目が違うことは、僕自身としては気分転換になるし、なにより大好きなピアノにずっと触れることができる至福のひとときになっている。
藤田さんのレストランでは、たまにお客様と接触することはあれど、智之さんのお店ほどではない。だからピアノを弾きながら店内の様子を窺い、お客様からオーダーを取ることがとても楽しかった。
「智之さん、奥のお客様のオーダーです。ジンライムとカシスオレンジひとつずつ」
「わかった。それを運んだら、少し休憩すれよ。星哉用のカクテル作っておく」
「ありがとうございます」
お礼を言って、ふたたびピアノの前にスタンバった。
僕がお店を掛け持ちするようになってからというもの、智之さんは以前にも増して優しくなった。あまりに優しく接するので、なにか隠し事でもあるのかと心配になり、それとなく訊ねてみたら。
『星哉のいない土曜の夜は、本当に大変なんだ。今までひとりで楽にこなしていたハズなのに、おまえに頼りきっていることがわかってさ。大事にしないとなって』
大事にする――それを実行してるのか、前より求める数が確実に減った。それは寂しくもあり、僕から求めるなんてこと。
「恥ずかしくて、未だにできないんだよなぁ」
智之さんがシェイカーを使う音が聞こえたので、カウンターに顔を向けながら、そつなくピアノを弾きこなす。
(見惚れてしまうくらいにカッコイイ。あの大きな手で、僕に触れて欲しい――)
そんな考えが脳裏を過ぎった瞬間、不意に右手の小指が鍵盤に引っかかり、不協和音を店内に響かせた。
「すっ、すみません!」
慌てて顔をピアノに戻したものの、あまりの衝撃で手が止まってしまい、両手がまったく動かない。
「聖哉、大丈夫か?」
「本当にすみません。考え事をしてしまって……」
「おまえ疲れてるんだ。注文のカクテルができたから、運んでくれ。休憩長めにとれよ」
「はい、わかりました」
智之さんの言いつけどおりに、お客様にカクテルを運び終えたあと、カウンター席にちょこんと座り、いつもより長めの休憩をとる。
(今日の特注のカクテルは、ピーチ味の甘めのカクテル。はじめて飲むものだな)
細長いタンブラーに注がれたそれは、淡いピンク色をしていて、天井からのライトに照らされると、かわいい感じに目に映った。
「智之さん、ありがとう。この甘さのおかげで、なんだか癒されちゃった」
「それは良かった。掛け持ちしてるのが大変なら、ウチの店はいつでも休んでいいんだからな」
「わかりました。無理しないようにしますね」
こうして智之さんの言葉に甘えて、しばらくの間、カウンターから大好きな彼の姿を眺める。素敵な智之さんをチャージしたおかげで、その後は間違いなくピアノを弾くことができた。
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