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好きだから、アナタのために

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 ピアノを弾きながら、常連のお客様のグラスの中身がなくなるのを、何度も確認する。

 常連だからこそ、智之さんの作るカクテルの良さを知っている。そしていつも頼むものが同じだからこそ、別なカクテルを勧めてみたいと、そのお客様の好みに合いそうなカクテルを、必死に覚えたメニューの中からセレクトした。

 初対面の人と喋るのはかなり苦手――お店に顔を出してる以上、互いに顔見知りだけれど、当然喋ったことはない。

(だけど勇気を出して、話しかけなきゃ。少しでもいいから、売上に繋げてあげたい――)

 その一心で僕は奏でていた曲をうまくフェイドアウトさせて腰をあげ、奥のボックス席にいる常連客のところに移動し、笑顔で話しかけた。

「お話中のところ、失礼します!」

「えっ? あ、はい……」

 僕が突然現れたことで、かなり驚いたのだろう。常連客の女性ふたりは、おどおどしつつ僕の顔を見る。

「いつも当店をご利用くださり、ありがとうございます。そろそろグラスの中身がなくなる頃でしたので、注文を受けにきたのですが」

「わざわざありがとう、助かっちゃったね」

「ピアノを弾いてたのに、ここまで来てくれてどうも!」

 オーダーを聞きに来たのが、不快感に繋がらなかったことに内心ほっとして、テーブルに立てかけてあるメニュー表を手に取り、何度も練習した言葉を口にしてみる。

「お客様がいつも注文しているカクテルは、甘さがあまりなくて、アルコール度数も高くないものばかりでしたよね?」

「覚えているの?」

「はい、お客様は常連ですから。いつも美味しそうに飲んでいらっしゃいますよね」

「なんか嬉しいね」

 女性客ふたりは目を合わせながら、ほかにもなにか喋る。

「あのですね、たまには違うものを、この機会にトライしてみませんか? 僕のオススメがあるんです」

 言いながらメニュー表を開き、ふたりの好みに合いそうなカクテル数点を勧めてみる。いつも飲んでいるものより、少しだけ値が張るものだったが、すごく高いわけではない。

 しかもそれを選ぶのはお客様。僕が勧めたものじゃなく、いつものカクテルを頼むかもしれなかった。

「僕はお酒に弱いせいで情けないんですが、いつもアルコール度数が低いものばかり飲んでいるんです。それでもここで飲むカクテルはどれも美味しくて、いろいろ迷っちゃって」

「わかる! マスターの作るカクテルは、ここでしか飲めないレア物だし」

「ホントそれ。だから、ここでしか飲めないものを頼んじゃうんだよね」

「実は今月限定品の中にある、コレもオススメなんですよ。綺麗なカクテルだと思いません?」

 写真付きのカクテルを見せびらかし、押しの一手を使った。女性は『限定品』や『数量わずか』などの言葉に弱いのを、なにかの雑誌で見かけた記憶があったので、ここぞとばかりに使った。

「私、その限定品の隣にあるカクテルが気になるかも!」

「だったら私が限定品を頼むから、桃花はそれを頼めば?」

「そうしようかな」

「お客様、ナイスな提案ですね。飲み比べができるじゃないですか。すぐにご用意いたします!」

 深いお辞儀をふたりにして颯爽と身を翻し、カウンターに向かう。

「智之さん、奥にいるお客様からオーダー入りました」

 洗い物をしていた智之さんは、あからさまにぎょっとした表情を見せた。
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