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「なにが『めげない男』よ。この人の妻なのが、ものすごく恥ずかしい……」
榊原くんが津久野さんの鎖を外してる傍らで、奥様は眉根を寄せて、頭を抱えながらしゃがみ込んだ。
「ハナ、忘れ物がないようにチェックお願い!」
「はーい。榊原くん、野犬の実演ありがとね。部長ってば、完全に犬だと思って、めちゃくちゃ怯えてたよ」
「見えない分だけ耳に音が入って、嫌でも想像力が働きますから。あ、絵里さん、そのまま鎖を持っててください。俺がいいと言ったら手放してほしいです」
「わかった。いつでもOKだよ」
手際よく荷物を片付けるハナと、津久野さんを背負って山を下りる準備をする榊原くん。それをフォローする私という役割分担をしていた。
ちなみにマンションから出る際は人目を気にして、津久野さんをキャリーケースに入れたけれど、ここではまったく人はいないので、榊原くんが背負って歩くことになってる。
「よし、荷物を全部片付けた。絵里、奥様を促して」
私は無言で親指を立てて了承し、しゃがみ込んだまま苦悩してる奥様の肩を抱き寄せて、ゆっくり立ち上がらせる。なんだか癌宣告された患者の家族をいたわる、看護師の気分だった。
「奥様、ここで立ち止まったままじゃダメです。新事実を含めて、いろいろありましたけど、めげない男をとことん追い詰めるのは、これからですよ!」
頑張ってほしいという願いを込めて、肩をぽんぽん叩いて、奥様にカツを入れた。
「第一ミッションからこんなことになるとは、思いもしなかったわ。岡本さんの言うとおり、これから夫をやっつけなきゃいけないわね。気合を入れ直さなければ……」
駐車している車に向かって先を歩くハナと榊原くんのあとを、奥様を気遣いながら並んで山道を下った。
「その意気です。私もお手伝いします」
「私自身も複雑だけれど、彼女……斎藤さんは大丈夫かしら」
「ハナのことを気遣ってくださり、ありがとうございます」
不倫相手だというのに、ハナの気持ちを慮ってくれることに、胸が熱くなる。
「あんな人だけど、それでも好きになった相手の実態を間近で見て、ショックを受けない人はいないんじゃないかと思って。しかも私の代わりに、進んでこんなことまでしてくれて、かなり心労がたたっているんじゃないかしら」
がっくりと肩を落とした奥様は、目の前を歩くハナに視線を注ぐ。
「津久野さんの本性がわかってから、落ちるところまで落ちて入院して、きっちり気持ちを入れ替えたハナだから、きっと大丈夫です」
私が笑顔で言いきったら、奥様は安心したように小さくほほ笑む。
「岡本さんの友情が、斎藤さんを支えているみたい」
「そうだといいんですけど。あ、そこ、足元に気をつけてください」
木の根が土の上から出ていて、引っかかりそうになったので、奥様の手を取り、躓かないように歩かせた。
「何からなにまで、本当にありがとう。第二ミッションが成功するように、私も頑張るわ」
私が握りしめた手を奥様はぎゅっと握り返し、やってやるぞという気合を見せてくれたおかげで、私も安心して次のミッションに取りかかることができた。
「なにが『めげない男』よ。この人の妻なのが、ものすごく恥ずかしい……」
榊原くんが津久野さんの鎖を外してる傍らで、奥様は眉根を寄せて、頭を抱えながらしゃがみ込んだ。
「ハナ、忘れ物がないようにチェックお願い!」
「はーい。榊原くん、野犬の実演ありがとね。部長ってば、完全に犬だと思って、めちゃくちゃ怯えてたよ」
「見えない分だけ耳に音が入って、嫌でも想像力が働きますから。あ、絵里さん、そのまま鎖を持っててください。俺がいいと言ったら手放してほしいです」
「わかった。いつでもOKだよ」
手際よく荷物を片付けるハナと、津久野さんを背負って山を下りる準備をする榊原くん。それをフォローする私という役割分担をしていた。
ちなみにマンションから出る際は人目を気にして、津久野さんをキャリーケースに入れたけれど、ここではまったく人はいないので、榊原くんが背負って歩くことになってる。
「よし、荷物を全部片付けた。絵里、奥様を促して」
私は無言で親指を立てて了承し、しゃがみ込んだまま苦悩してる奥様の肩を抱き寄せて、ゆっくり立ち上がらせる。なんだか癌宣告された患者の家族をいたわる、看護師の気分だった。
「奥様、ここで立ち止まったままじゃダメです。新事実を含めて、いろいろありましたけど、めげない男をとことん追い詰めるのは、これからですよ!」
頑張ってほしいという願いを込めて、肩をぽんぽん叩いて、奥様にカツを入れた。
「第一ミッションからこんなことになるとは、思いもしなかったわ。岡本さんの言うとおり、これから夫をやっつけなきゃいけないわね。気合を入れ直さなければ……」
駐車している車に向かって先を歩くハナと榊原くんのあとを、奥様を気遣いながら並んで山道を下った。
「その意気です。私もお手伝いします」
「私自身も複雑だけれど、彼女……斎藤さんは大丈夫かしら」
「ハナのことを気遣ってくださり、ありがとうございます」
不倫相手だというのに、ハナの気持ちを慮ってくれることに、胸が熱くなる。
「あんな人だけど、それでも好きになった相手の実態を間近で見て、ショックを受けない人はいないんじゃないかと思って。しかも私の代わりに、進んでこんなことまでしてくれて、かなり心労がたたっているんじゃないかしら」
がっくりと肩を落とした奥様は、目の前を歩くハナに視線を注ぐ。
「津久野さんの本性がわかってから、落ちるところまで落ちて入院して、きっちり気持ちを入れ替えたハナだから、きっと大丈夫です」
私が笑顔で言いきったら、奥様は安心したように小さくほほ笑む。
「岡本さんの友情が、斎藤さんを支えているみたい」
「そうだといいんですけど。あ、そこ、足元に気をつけてください」
木の根が土の上から出ていて、引っかかりそうになったので、奥様の手を取り、躓かないように歩かせた。
「何からなにまで、本当にありがとう。第二ミッションが成功するように、私も頑張るわ」
私が握りしめた手を奥様はぎゅっと握り返し、やってやるぞという気合を見せてくれたおかげで、私も安心して次のミッションに取りかかることができた。
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