あの日の誓い

相沢蒼依

文字の大きさ
上 下
26 / 66

25

しおりを挟む
***

 以前産婦人科病院へ行く前に、奥さんが歩くであろう道のりを確かめるべく、津久野さんの住む家の前を通って病院に行った経緯があるので、ハナに自宅を教えるのは簡単だった。

 だけど向かう道中、延々と榊原さんのことについて熱弁されたせいで、私のテンションはここぞとばかりにだだ下がりした。だけど、親友の気持ちもわからなくはない。

 だってこれから大好きだった人の奥さんに逢い、頭を深く下げながら謝罪するのだから。違うところに意識を持っていって、現実から目を逸らしたいだろうな。

 なので私は必死に、今の現状に耐えている状態だったりする。誰か私のことを、親友思いだとどうか褒めてやってください。

「絵里は黙ってりゃかわいいんだから、相手のマイナス面を指摘せずに、すこーしだけ我慢するということを覚えなきゃダメよ。前回彼氏がいたのって、何年前だっけ?」

「遠い昔過ぎて、忘れちゃったわ……」

 こんな他愛ない話を続けていると、目の前に見覚えのある姿が目に留まる。

「ハナ、まっすぐ前を見て。彼女、津久野さんの奥さん」

 熱心に私に話しかけていたハナに、小声で教えてあげた。途端に顔色が変わり、緊張感が満ちていく。そんな親友の肩を叩き、カツを入れながら言葉を続けた。

「打合せどおりに、私が最初に話しかけて自己紹介する。ご主人のことで話が長くなるから、大通りに出るように誘導して、喫茶店に移動するからね」

 榊原さんからのアドバイスで、いきなり謝るのではなく、ファミレスなどどこかの店に行き、テーブルを挟んだ状態で話し合いをしたほうが、お互い落ち着いて、穏やかに話ができるだろうということだった。

「ハナ、わかった?」

「うん、大丈夫。絵里がいてくれるから、安心してる」

 気合の入ったハナの顔を確認して、私が颯爽と先導する。奥さんが自宅に着く前に、こちらから話しかけなければならない。急ぎ足で前に進みつつ、少しだけ背後を歩くハナの気配にも意識を送った。

 己の中にある心音が高鳴るのを感じながら足を進ませ、こちらに向かってくる津久野さんの奥さんに近づき、目が合った瞬間に立ち止まって、小さく頭を下げる。

「あれ? アナタは――」

「病院ではいろいろ教えてくださり、ありがとうございました」

 下げていた頭を上げて、にっこりほほ笑んだ。印象に残るようなやり取りをしていないと思っていただけに、津久野さんの奥さんが私を覚えていたことで、さらに緊張感が増していく。

「私は岡本といいます。彼女は親友の斎藤華代で、ご主人と同じ会社に勤めています」

 私が身振り手振りで紹介すると、ハナは背後から前に出るなり、腰から頭を下げた。

「斎藤です、津久野部長には日ごろからお世話になってます」

「ご丁寧にどうも、こちらこそ夫がお世話になっているようで。あの人、会社で迷惑をかけていないかしら。家ではなにもできなくて、困っているんですよ」

 愛する夫を思い出し、くすくす笑う津久野さんの奥さんと、これから謝罪する関係で、微妙な面持ちのハナ。そして間を取り持つために真顔を貫く私という、それぞれが違う表情で対応する雰囲気は、あまりよろしくないものだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

教え子に手を出した塾講師の話

神谷 愛
恋愛
バイトしている塾に通い始めた女生徒の担任になった私は授業をし、その中で一線を越えてしまう話

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

コンプレックス

悠生ゆう
恋愛
創作百合。 新入社員・野崎満月23歳の指導担当となった先輩は、無口で不愛想な矢沢陽20歳だった。

形だけの妻ですので

hana
恋愛
結婚半年で夫のワルツは堂々と不倫をした。 相手は伯爵令嬢のアリアナ。 栗色の長い髪が印象的な、しかし狡猾そうな女性だった。 形だけの妻である私は黙認を強制されるが……

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

仲の良かったはずの婚約者に一年無視され続け、婚約解消を決意しましたが

ゆらゆらぎ
恋愛
エルヴィラ・ランヴァルドは第二王子アランの幼い頃からの婚約者である。仲睦まじいと評判だったふたりは、今では社交界でも有名な冷えきった仲となっていた。 定例であるはずの茶会もなく、婚約者の義務であるはずのファーストダンスも踊らない そんな日々が一年と続いたエルヴィラは遂に解消を決意するが──

隠れオタクの女子社員は若社長に溺愛される

永久保セツナ
恋愛
【最終話まで毎日20時更新】 「少女趣味」ならぬ「少年趣味」(プラモデルやカードゲームなど男性的な趣味)を隠して暮らしていた女子社員・能登原こずえは、ある日勤めている会社のイケメン若社長・藤井スバルに趣味がバレてしまう。 しかしそこから二人は意気投合し、やがて恋愛関係に発展する――? 肝心のターゲット層である女性に理解できるか分からない異色の女性向け恋愛小説!

処理中です...