最初から最後まで

相沢蒼依

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「確かに俺は、ハサンの願いを叶えてやろうとは、一切しませんでした。天使の翼じゃなくても悪魔の翼だって、空を飛ぶことができるんだから、別にいいかと――」

「この大馬鹿者!」

 謁見の間に、怒りをあらわにした父上の大きな声が響く。ただの怒鳴り声なのに、超音波のような波動を全身に受けて、無様に尻もちをついてしまった。そのせいで手に捧げ持っていた小袋を、床に落としてしまう。

「おまえがこれまで接してきた人間同様に、彼が落伍すると思い、適当なでまかせを言って、人間を騙してきた結果がこれなのだろう? それが怠惰の悪魔と呼ばれる所以か?」

 俺は居住まいを正すために、慌てふためきながらその場で頭を下げる。

「俺の力ではどんなに頑張っても、ハサンの願いを叶えることができなかったので、なんとかしてやろうという気はありませんでした」

 床に額を強く擦りつけて、恐るおそる答えるしかなかった。

「そのくせ、貰う物はしっかり貰っていたのだろう?」

「はい、そのとおりでございます……」

「ハサンに悪魔の翼を与えるべく、おまえが見込んで眷属にしようとした男なのに、どうして無下に扱うことができるのだ? 眷属とは身内になる。身内を冷遇することがどういう意味になるのか、わかっているのか?」

「わかりません」

 俺は誰とも群れずに、ずっとひとりきりで生きてきた。どうせ俺のことなど気にするヤツなんていないし、誰かと一緒にいることで、自由気ままな生活を乱される気がしたからこそ、あえてひとりで今まで過ごした。

「ワシはおまえの父親で、当然身内になる。ワシがおまえの願いに聞く耳を持たず、ここより追い返したら、どんな気持ちになる?」

「どんな気持ち……。それは悲しいです」

「頭をあげよ、怠惰の悪魔」

 厳しさを感じる声に導かれるように、恐るおそる顔をあげたら、父上は玉座よりこちらに向かって歩いていた。

「え?」

(罰を与えるにしろ、玉座から離れることがなかった父上が、わざわざ俺の近くに来るなんて、信じられない行為だ)

「息子よ、今までなにもしてやれなかったことが、おまえの心を冷えさせた原因だろうな。悪かった」

 そう言って、俺の体を抱しめた。息ができないくらいに、両腕で強く抱きしめられたため、黙ったまま目の前にある顔を見上げる。

「おまえを含め、息子たち全員を気にかけていたつもりだったが、やはりうまくはいかないものだな。父親失格だ」

「そんなこと……そんなことはありません。俺がめんどくさがって、ここに顔を出していなかったせいで、話をする機会を減らしていたのは、俺が悪いんです」

 父上がおこなっていた生誕祭に毎年顔を出していなかった上に、それぞれの息子の誕生日だって、父上からメッセージが届けられていた。ほかの兄弟たちはきっと、父上と顔を逢わせていただろう。

「反発心の強い以前のおまえなら、自分が悪いなんて言葉など出なかったであろう。このハサンという人間のおかげか」

 父上は慈しむように、俺の背中を翼ごと撫でてから、床に落ちていた小袋を拾った。どこか寂しげに見える様相を不思議に思い、首を傾げる。

「父上?」

「ハサンを眷属から元の人間に戻すことと、その原因になった人間の魂を元に戻すことはできるが、ワシの力を使っても、かなりの時間を有する。そしてそれについての対価は、怠惰の悪魔の命を持って払うことになるが、それでもいいのか?」

(ああ、だからなのか。父上がわざわざ俺の前に歩み出てくれたのは、最期の別れになるから――)

 手にした小袋と俺の顔を見比べながら説明した父上に、俺は頭を下げながら「かまいません」と迷いなく告げた。

「ハサンが現世でおこなった行為について、眷属になるために人間を大量虐殺したカルマは、おまえが引き継ぐことになる。命を払う前に、最下層にて罰を受けることになるが、覚悟はできておるか?」

「覚悟は承知の上、どんな罰でも受ける所存です」

「わかった。罰を持ってその身を清め、そして人間に転生して、しっかり修行し直してこい。ふたたびワシの前に現れるのを、首を長くして待ってる」

 父上が左手で俺の肩を叩いたら、足元に大きな穴が開き、吸い込まれるように落ちた。素直に落ちながら、俺の顔を見つめる父上に笑ってみせる。父上の顔が見えなくなるまで、ずっと見上げ続けたが、穴が自然と塞がれてしまった。

「さて、アイツに頼まれたことをさっさとやらねば、同じ時代に転生できなくなってしまうだろう。普通の人間に天使の翼が見えるようにするのも、厄介なオプションのひとつだ」

 魔王は悲しみを隠すようにほほ笑んで玉座に戻りつつ、手にした小袋を自身の魔力で液状にし、玉座の傍らに並べられている宝飾がたくさん施された金の壺に、それを注ぎ入れる。

「怠惰の悪魔が人間に転生したら、どんな者になるのやら。性格が捻くれた者にならなければよいが……」

 父親としていらぬ心配をしながら、魔王城で長い年月を過ごして、息子の帰りを待ちわびた。無事に帰ってきた暁には、親子らしいことをしてやるのをいろいろ想像したのだった。
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