最初から最後まで

相沢蒼依

文字の大きさ
上 下
27 / 39

26

しおりを挟む
「貴方が蹴った妊婦さん、お亡くなりになったそうです……」

「ぅ、えっ?」

「傍で見ていた僕が、彼女を病院に運びました。そしたら僕がやったんじゃないかって疑われてしまって」

「お、ぉおお俺は知らねぇ! やった覚えがない。だから俺は無関係だ!」

 すごすご後退りして僕から距離をとったと思ったら、走って逃げようとした。寸前のところで彼が着ている緑色のベストの紐を慌てて掴み、遠くにいかないようにする。

「ちくしょう、放しやがれ!」

「この石を見てください」

 怒りにまかせて、彼の目の前にいつも使ってる赤い石を見せて、その命を一瞬で奪った。生気を失ったズベールさんの体は力が抜け落ち、僕が掴んでいる紐を手放すと、道端にうつ伏せで倒れ込む。

 記憶のない彼を病院に突き出したところで、僕の無実を証明できる気がしなかったのと、無責任なセリフを聞いたことに苛立ち、勢いだけでその命を奪ってしまった。

 両親の命や、これまで殺めた人達については、なんの感情を抱くことなく、手にかけることができた。だからこうして、感情にまかせて人を殺したのは、生まれてはじめてだった。

「パパ、お弁当忘れてるよ~」

 ズベールさんの家から、少女が声をかけながら出て来る。僕の足元に倒れている人物が自分の父親だとわかった瞬間、持っていたお弁当をその場に落とした。

「パパっ! どうしたの? パパ!」

 駆け寄って抱き起こし、彼の体をゆさゆさ強く揺する。

「お兄ちゃん、パパはどうしてこんなことになってるの?」

「いきなり倒れたんだ。驚いて動けなかった、ごめん……」

 感情がこもらないセリフを告げると、少女は半泣きしながらズベールさんに声をかける。

「パパ、起きてよ。目を覚まして!」

(このやり取り、さっきズベールさんが僕にしたのと同じものじゃないか……)

「病院に連れて行こうか?」

 無駄なことだとわかっていたが、少女の涙に胸が痛み、思わず口からついて出た言葉だった。

「貧乏人が病院なんて行けるわけないじゃない。病気になったら死ぬしかないの。もうおしまいなんだよ」

 僕が住んでいたところだけじゃなく、ここも同じことを知り、なんだか虚しくなった。

「だったら貧乏人がひとりもいなくなったら、お貴族様はどうなると思う?」

「お兄ちゃん?」

「彼らができないことを、僕ら貧乏人がやっているから、この国の生活が成り立っているのにね。お金や地位がないだけで、病院にもかかれないなんて、そんなのおかしすぎると思わない?」

 悪人をたくさん殺めても、いなくなることがなかった。それはすぐに代わりが湧いて出てくるから。

「貧乏人が全員死んだら、きっと誰か代わりが出てくると思う。だからこれを見て」

 そう言って、少女の目の前に赤い石を見せる。父親に被さるように、小さな体が倒れこんだ。

 この日を境にして、ぽっかり空いた心の穴を埋めるように、僕は躊躇なくいろんな人を殺め続けた。朝も昼も夜も関係なく、次々と殺戮を繰り返す。

 理不尽だらけの世の中を見ているだけで、なにもかもが嫌になった。天使の翼を手に入れて、少しでも早くマリカを迎えに行くためだけに、今日も僕は人に手をかけ続ける――。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

生贄は囚われの愛を乞う~棄てられ令嬢と狼将軍~

マチバリ
恋愛
美しい見た目ゆえ、領主の養女となったレナ。 有用な道具に仕立てとする厳しい教育や義兄の異常な執着にうんざりしながらも何もかもを諦めて生きていた。 だが、その運命は悪政を働く領主一家を捕えに来た<狼将軍>と呼ばれる男の登場により激変する。

赤ずきんちゃんと狼獣人の甘々な初夜

真木
ファンタジー
純真な赤ずきんちゃんが狼獣人にみつかって、ぱくっと食べられちゃう、そんな甘々な初夜の物語。

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

月の後宮~孤高の皇帝の寵姫~

真木
恋愛
新皇帝セルヴィウスが即位の日に閨に引きずり込んだのは、まだ十三歳の皇妹セシルだった。大好きだった兄皇帝の突然の行為に混乱し、心を閉ざすセシル。それから十年後、セシルの心が見えないまま、セルヴィウスはある決断をすることになるのだが……。

続・上司に恋していいですか?

茜色
恋愛
営業課長、成瀬省吾(なるせ しょうご)が部下の椎名澪(しいな みお)と恋人同士になって早や半年。 会社ではコンビを組んで仕事に励み、休日はふたりきりで甘いひとときを過ごす。そんな充実した日々を送っているのだが、近ごろ澪の様子が少しおかしい。何も話そうとしない恋人の様子が気にかかる省吾だったが、そんな彼にも仕事上で大きな転機が訪れようとしていて・・・。 ☆『上司に恋していいですか?』の続編です。全6話です。前作ラストから半年後を描いた後日談となります。今回は男性側、省吾の視点となっています。 「ムーンライトノベルズ」様にも投稿しています。

完全なる飼育

浅野浩二
恋愛
完全なる飼育です。

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される

clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。 状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。

処理中です...