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☆☆彡.。
疲れ果てて眠るマリカ様を置き去りにして、僕は屋敷を出た。自分の家に帰るまでに、ややしばらく歩かなければならない。
真っ暗闇の街中を歩いているうちに頭の片隅で、さっきの光景がぼんやりとまぶたの裏に浮かぶ。
『ハサン、ありがとう。これで心置きなくカビーラ様の八番目の妾として、輿入れすることができるわ』
「八番目の妾なんて、そんな……」
僕はベッドから起き上がり、気だるげに横たわりながら微笑むマリカ様を見下ろした。
『私には普通の結婚なんて、どう考えても無理だもの。そうでしょう?』
微笑んでいるのに、悲しそうなそれを目の当たりにして、僕はなにも言えなくなってしまった。
(僕が力のある貴族だったなら――あるいはこの国の王族なら、彼女と結婚することが可能なのに)
「なんで僕は、しがないただのジュース売りなんだよ……」
悲観して泣き出しそうになり、慌てて目元を袖で拭った。するとシャツの裾を横から強く引っ張られる。なんだろうと思い、引っ張られたほうを向くと、そこには小さな男の子が僕を見上げていた。
「なんでこんな夜更けに、小さなコが?」
疑問が口をついて先に出てしまったが、それどころじゃない。男の子の前にしゃがみこみ、話しかけてみる。
「君どうしたの? 迷子?」
「おまえには俺が、子どもに見えるのか」
そう言った男の子の声は、妙に低いものだった。目をつぶって聞いたら、成人男性の声に聞こえるくらいに低い。だけど――。
「どう見たって子どもでしょ。僕がこうして膝をつかなきゃ、顔を合わせられないんだし」
男の子は僕と同じような浅黒い肌で、髪は明るい茶色。瞳も髪色と同じような色味をしていた。服装も僕が知ってる近所の子どもと変わらない、ペラペラの布生地でできたものを着ている。裾がボロじゃないだけ、まだマシだろう。
「俺は人によって見え方が違うんだ。おまえの話しやすい相手が、ガキだったってことなんだ」
「君はいったい……」
「俺は人の願いを叶えることのできる力がある。泣きながら暗い顔したおまえは、なにを欲しているんだ? 金や権力、名誉、地位か?」
「大人をからかって遊んじゃダメだよ」
こんな夜更けに小さな男の子がいることもおかしいが、訊ねられた言葉もどうかと思った。
「からかってなんていない。これを見ろ」
そう言った男の子は、両腕を上にあげる。すると背中から真っ白な翼がはえた。その姿はまるで。
「君は天使だったの?」
「天使の翼が見えるのか、それはラッキーだ」
にこやかな笑みで男の子は微笑む。
「君は本当に、願いを叶えることができるの?」
「ああ、天使様だからな。できないことはない」
胸を張りながら腰に手を当て、白い翼をばたつかせる姿を見ているうちに、あることを思いつく。
「それなら天使様が持つ、その翼が欲しいです」
「俺の仲間になりたいのか」
男の子が瞳を細めて、ニンマリ笑った。小さいコが微笑む感じとは明らかに違う笑みに違和感を覚えたが、願いを叶える天使様にそのことを指摘する余裕は、今の僕にはなかった。
思いついた願いが、それをとめたと言ってもいい。
「天使様、僕はその翼を使って、好きな人と身分の関係ないところに飛んでいき、ふたりで静かに暮らしたいです」
「それなら、それ相応の対価が必要になる」
対価というセリフに、ガックリと項垂れるしかない。
「お金は持っていません」
「天使は金なんて必要ない。欲しいのは命さ」
「命?」
意外すぎる言葉に、首を傾げてしまった。
疲れ果てて眠るマリカ様を置き去りにして、僕は屋敷を出た。自分の家に帰るまでに、ややしばらく歩かなければならない。
真っ暗闇の街中を歩いているうちに頭の片隅で、さっきの光景がぼんやりとまぶたの裏に浮かぶ。
『ハサン、ありがとう。これで心置きなくカビーラ様の八番目の妾として、輿入れすることができるわ』
「八番目の妾なんて、そんな……」
僕はベッドから起き上がり、気だるげに横たわりながら微笑むマリカ様を見下ろした。
『私には普通の結婚なんて、どう考えても無理だもの。そうでしょう?』
微笑んでいるのに、悲しそうなそれを目の当たりにして、僕はなにも言えなくなってしまった。
(僕が力のある貴族だったなら――あるいはこの国の王族なら、彼女と結婚することが可能なのに)
「なんで僕は、しがないただのジュース売りなんだよ……」
悲観して泣き出しそうになり、慌てて目元を袖で拭った。するとシャツの裾を横から強く引っ張られる。なんだろうと思い、引っ張られたほうを向くと、そこには小さな男の子が僕を見上げていた。
「なんでこんな夜更けに、小さなコが?」
疑問が口をついて先に出てしまったが、それどころじゃない。男の子の前にしゃがみこみ、話しかけてみる。
「君どうしたの? 迷子?」
「おまえには俺が、子どもに見えるのか」
そう言った男の子の声は、妙に低いものだった。目をつぶって聞いたら、成人男性の声に聞こえるくらいに低い。だけど――。
「どう見たって子どもでしょ。僕がこうして膝をつかなきゃ、顔を合わせられないんだし」
男の子は僕と同じような浅黒い肌で、髪は明るい茶色。瞳も髪色と同じような色味をしていた。服装も僕が知ってる近所の子どもと変わらない、ペラペラの布生地でできたものを着ている。裾がボロじゃないだけ、まだマシだろう。
「俺は人によって見え方が違うんだ。おまえの話しやすい相手が、ガキだったってことなんだ」
「君はいったい……」
「俺は人の願いを叶えることのできる力がある。泣きながら暗い顔したおまえは、なにを欲しているんだ? 金や権力、名誉、地位か?」
「大人をからかって遊んじゃダメだよ」
こんな夜更けに小さな男の子がいることもおかしいが、訊ねられた言葉もどうかと思った。
「からかってなんていない。これを見ろ」
そう言った男の子は、両腕を上にあげる。すると背中から真っ白な翼がはえた。その姿はまるで。
「君は天使だったの?」
「天使の翼が見えるのか、それはラッキーだ」
にこやかな笑みで男の子は微笑む。
「君は本当に、願いを叶えることができるの?」
「ああ、天使様だからな。できないことはない」
胸を張りながら腰に手を当て、白い翼をばたつかせる姿を見ているうちに、あることを思いつく。
「それなら天使様が持つ、その翼が欲しいです」
「俺の仲間になりたいのか」
男の子が瞳を細めて、ニンマリ笑った。小さいコが微笑む感じとは明らかに違う笑みに違和感を覚えたが、願いを叶える天使様にそのことを指摘する余裕は、今の僕にはなかった。
思いついた願いが、それをとめたと言ってもいい。
「天使様、僕はその翼を使って、好きな人と身分の関係ないところに飛んでいき、ふたりで静かに暮らしたいです」
「それなら、それ相応の対価が必要になる」
対価というセリフに、ガックリと項垂れるしかない。
「お金は持っていません」
「天使は金なんて必要ない。欲しいのは命さ」
「命?」
意外すぎる言葉に、首を傾げてしまった。
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