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馬上で抱き合い、見つめ合った状況――そのまま顔を寄せれば、キスできてしまう距離感に胸がドキドキした。
絡まる視線に導かれるように、意を決して僕が顔を動かしかけたら、マリカ様は逃げるように正面を向く。
「あとどれくらいで、目印のところに着くのかしら?」
拒否されたことはショックだったが、それを感じさせないように口を開くしかなかった。
「あと五分ほどで到着します。もう少し馬を走らせますね」
目的地まで進ませるべく、僕はふたたび馬の腹を一蹴りして、あえてなにも喋らずに、まっすぐ前だけ見据えながら馬を操った。だけど左腕で抱きしめているマリカ様の存在を、どうしても消すことができない。
重なり合っている部分から伝わる彼女の体温と、風に乗って香るいい匂いを感じるたびに、すぐ傍にいることを実感してしまう。
(マリカ様とはまだ二回しか逢っていないし、話だってそんなにしていない。それなのにどうしてこんなにも、彼女に惹かれてしまうんだろう)
確かにマリカ様の見た目はとても美人で、誰が見ても目を奪われる。はじめて見たときは息が止まってしまうくらいに、甘い衝撃を受けた。
光り輝く銀髪の下にある色違いの瞳の美しさに、物腰の柔らかい話し方は、彼女の優しい性格を表していて、お貴族様だとわかっていても、気安く話しかけてしまいそうになったくらいに、親近感を覚えてしまった。
そこにつけ込んだんじゃないけど、昨日よりも自分から話しかけてしまったし、こうして一緒に出かけることができた。
さっき僕がキスしようとして、顔を動かしたときに、マリカ様が慌てて逸らしたのは、カビール様との婚姻の関係があったからだろう。ジュース売りの若造となにかあったりしたら、せっかくの縁談がダメになってしまうだけじゃなく、彼女の両親の監督責任にもなってしまう。
本来ならこうして夜に男と出かけているだけでも、かなり危険な行為だ。婚姻前の自由を満喫するためとはいえ、羽目を外していると思う。
マリカ様の立場を考えてる間に、目印になっている小高い丘が目に留まった。
「そろそろ到着します。疲れてませんか?」
「大丈夫よ、とても快適だったわ。ハサンは乗馬が上手なのね。安心して乗ることができました」
「もしかしてマリカ様は、馬に乗ったことがあったんですか?」
「2回だけ乗ったことがあるわ。だけど子どもの頃の話ですもの。乗り方なんて、すっかり忘れてしまっていたわよ」
どうりで、容易く乗りこなせているはずだ。貴族として、女性でも馬に乗れるように教育を施されていることに、感心してしまった。
「到着しました、少しお待ちください」
そう言って先に馬上から降り立ち、座っているマリカ様の腰に両手で触れた。
「さ、こちらに。このまま抱きとめます」
「重いけど、大丈夫?」
「マリカ様ひとりくらい、簡単に受けとめます」
僕の言葉を聞いた途端に、体を捻って飛び降りる。勢いのあるマリカ様の動きに驚きつつも、なんとか抱きとめることに成功した。
「ありがとう、ハサン」
「長居はできません。三日月ですが、どうぞご堪能ください」
細身の体を放り出すように解放し、すぐさま後退りする。自分の気持ちを悟らせないように、咄嗟の判断で彼女を手放した。そして馬を丘にある杭に括りつける。
マリカ様はケープのフードを外し、僕の目の前で光り輝く三日月を仰ぎみた。
「ハサンの言ったように、すごく綺麗。満月なら、もっと月明かりが眩しく目に映るんでしょうね」
「はい。砂漠の砂が月明かりに反射してとても明るいので、道に迷うことはないと思います」
「ハサン、どうして離れているの?」
振り返ったマリカ様の表情は、どこか寂しげに見えた。
「僕はしがないジュース売りですので、お気にならさず……」
「途中で馬をとめて、私にキスしようとしたのに?」
「くっ!?」
あのときのことを口にされたせいで、いいわけすることが余計にできなくなった。
絡まる視線に導かれるように、意を決して僕が顔を動かしかけたら、マリカ様は逃げるように正面を向く。
「あとどれくらいで、目印のところに着くのかしら?」
拒否されたことはショックだったが、それを感じさせないように口を開くしかなかった。
「あと五分ほどで到着します。もう少し馬を走らせますね」
目的地まで進ませるべく、僕はふたたび馬の腹を一蹴りして、あえてなにも喋らずに、まっすぐ前だけ見据えながら馬を操った。だけど左腕で抱きしめているマリカ様の存在を、どうしても消すことができない。
重なり合っている部分から伝わる彼女の体温と、風に乗って香るいい匂いを感じるたびに、すぐ傍にいることを実感してしまう。
(マリカ様とはまだ二回しか逢っていないし、話だってそんなにしていない。それなのにどうしてこんなにも、彼女に惹かれてしまうんだろう)
確かにマリカ様の見た目はとても美人で、誰が見ても目を奪われる。はじめて見たときは息が止まってしまうくらいに、甘い衝撃を受けた。
光り輝く銀髪の下にある色違いの瞳の美しさに、物腰の柔らかい話し方は、彼女の優しい性格を表していて、お貴族様だとわかっていても、気安く話しかけてしまいそうになったくらいに、親近感を覚えてしまった。
そこにつけ込んだんじゃないけど、昨日よりも自分から話しかけてしまったし、こうして一緒に出かけることができた。
さっき僕がキスしようとして、顔を動かしたときに、マリカ様が慌てて逸らしたのは、カビール様との婚姻の関係があったからだろう。ジュース売りの若造となにかあったりしたら、せっかくの縁談がダメになってしまうだけじゃなく、彼女の両親の監督責任にもなってしまう。
本来ならこうして夜に男と出かけているだけでも、かなり危険な行為だ。婚姻前の自由を満喫するためとはいえ、羽目を外していると思う。
マリカ様の立場を考えてる間に、目印になっている小高い丘が目に留まった。
「そろそろ到着します。疲れてませんか?」
「大丈夫よ、とても快適だったわ。ハサンは乗馬が上手なのね。安心して乗ることができました」
「もしかしてマリカ様は、馬に乗ったことがあったんですか?」
「2回だけ乗ったことがあるわ。だけど子どもの頃の話ですもの。乗り方なんて、すっかり忘れてしまっていたわよ」
どうりで、容易く乗りこなせているはずだ。貴族として、女性でも馬に乗れるように教育を施されていることに、感心してしまった。
「到着しました、少しお待ちください」
そう言って先に馬上から降り立ち、座っているマリカ様の腰に両手で触れた。
「さ、こちらに。このまま抱きとめます」
「重いけど、大丈夫?」
「マリカ様ひとりくらい、簡単に受けとめます」
僕の言葉を聞いた途端に、体を捻って飛び降りる。勢いのあるマリカ様の動きに驚きつつも、なんとか抱きとめることに成功した。
「ありがとう、ハサン」
「長居はできません。三日月ですが、どうぞご堪能ください」
細身の体を放り出すように解放し、すぐさま後退りする。自分の気持ちを悟らせないように、咄嗟の判断で彼女を手放した。そして馬を丘にある杭に括りつける。
マリカ様はケープのフードを外し、僕の目の前で光り輝く三日月を仰ぎみた。
「ハサンの言ったように、すごく綺麗。満月なら、もっと月明かりが眩しく目に映るんでしょうね」
「はい。砂漠の砂が月明かりに反射してとても明るいので、道に迷うことはないと思います」
「ハサン、どうして離れているの?」
振り返ったマリカ様の表情は、どこか寂しげに見えた。
「僕はしがないジュース売りですので、お気にならさず……」
「途中で馬をとめて、私にキスしようとしたのに?」
「くっ!?」
あのときのことを口にされたせいで、いいわけすることが余計にできなくなった。
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