上 下
115 / 126
番外編

自立するために

しおりを挟む
 一人暮らしをしながら、余裕のあるときは実家に顔を出して、両親の体調や夫婦仲がうまくいってるかなど、チェックしていた。

 それは一人息子として、両親を気遣うために顔を見せていたのだが、久しぶりに逢った母親の顔色がどこかすぐれないように見えたので、自分から声をかけにくかった。

「学、父さんからなにか聞いてないかい?」

 当たり障りのない会話をして、夕食を一緒に食べてるときに投げかけられた母親からの質問は、まったく意味のわからないものだった。

「なにかって、どういうこと? 父さんにはずっと逢っていないし、連絡も着ていない」

「ここ暫く帰ってきてないんだよ。忘れた頃に洗濯物を置いて、着替えを取りに帰るくらい。しかも私が仕事してる間に帰って来るもんだから、全然逢っていなくてね」

「会社がどんなに忙しくても、今までそんなことなかったのに、どうしたんだろ……」

 箸を置いて考えながら、目の前を見据える。母さんの悲しげな顔が、目に留まった。

「ちょいと白鳥翼さんに依頼しようかね。浮気してるかどうか」

「父さんに限って、浮気なんてないよ」

 ギョッとすることを言い出されたせいで、反射的に否定してしまった。

「だけど絶対とは言えないだろ。おまえがそのこと、一番わかっているだろうに」

「それはそうだけど――」

 自然と声が沈んでしまう。俺の推ししかり、美羽姉の旦那さんのことも身近にあっただけに、言葉が続かなかった。

「帰ってこなくなったのは、かれこれ二週間前から。私から父さんにラインしても『忙しくて手が離せない』しか返事がないんだ。忙しいのひとことで片付けられる、こっちの気持ちを考えてほしいものさ」

 母さんが話をしてる間に、ふたたび箸を手に取り、作ってくれたあたたかいご飯をしっかり食べる。ちゃんと咀嚼して、美味しさを舌の上で堪能するのを忘れない。

 自炊してから、改めてわかったことがあった。

 ご飯を食べる時間の早さは、美味しいから早く食べ終えるよりも、次の行動に移すために早く食べてるところがあって、以前はただ流し込む作業になっていた。

 料理を作るという手間のかかる時間などを考えたとき、本来なら感謝しながら食べなければならないことに気づけただけでも、一人暮らしをしてよかったと思う。

「美味しかった、ご馳走様」

「お粗末さまでした」

「母さんの依頼を早速受けるけど、報酬は美味いご飯でよろしくってことで」

 椅子にかけていた上着を羽織り、右手を振りながらリビングを出る。

「学……」

 椅子を引きずる音が耳に聞こえたことで、母さんが立ち上がったのがわかった。

「見送らなくていい。なる早で調べてくる」

「期待して待ってるよ」

 いつものやり取りを経て、俺は実家をあとにしたのだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【R-18】私を乱す彼の指~お隣のイケメンマッサージ師くんに溺愛されています~【完結】

衣草 薫
恋愛
朋美が酔った勢いで注文した吸うタイプのアダルトグッズが、お隣の爽やかイケメン蓮の部屋に誤配されて大ピンチ。 でも蓮はそれを肩こり用のマッサージ器だと誤解して、マッサージ器を落として壊してしまったお詫びに朋美の肩をマッサージしたいと申し出る。 実は蓮は幼少期に朋美に恋して彼女を忘れられず、大人になって朋美を探し出してお隣に引っ越してきたのだった。 マッサージ師である蓮は大好きな朋美の体を施術と称して愛撫し、過去のトラウマから男性恐怖症であった朋美も蓮を相手に恐怖症を克服していくが……。 セックスシーンには※、 ハレンチなシーンには☆をつけています。

【完結*R-18】あいたいひと。

瑛瑠
恋愛
あのひとの声がすると、ドキドキして、 あのひとの足音、わかるようになって あのひとが来ると、嬉しかった。 すごく好きだった。 でも。なにもできなかった。 あの頃、好きで好きでたまらなかった、ひと。 突然届いた招待状。 10年ぶりの再会。 握りしめたぐしゃぐしゃのレシート。 青いネクタイ。 もう、あの時のような後悔はしたくない。 また会いたい。 それを望むことを許してもらえなくても。 ーーーーー R-18に ※マークつけてますのでご注意ください。

【R18】優しい嘘と甘い枷~もう一度あなたと~

イチニ
恋愛
高校三年生の冬。『お嬢様』だった波奈の日常は、両親の死により一変する。 幼なじみで婚約者の彩人と別れなければならなくなった波奈は、どうしても別れる前に、一度だけ想い出が欲しくて、嘘を吐き、彼を騙して一夜をともにする。 六年後、波奈は彩人と再会するのだが……。 ※別サイトに投稿していたものに性描写を入れ、ストーリーを少し改変したものになります。性描写のある話には◆マークをつけてます。

おっぱい、触らせてください

スケキヨ
恋愛
社畜生活に疲れきった弟の友達を励ますべく、自宅へと連れて帰った七海。転職祝いに「何が欲しい?」と聞くと、彼の口から出てきたのは―― 「……っぱい」 「え?」 「……おっぱい、触らせてください」 いやいや、なに言ってるの!? 冗談だよねー……と言いながらも、なんだかんだで年下の彼に絆されてイチャイチャする(だけ)のお話。

私を犯してください♡ 爽やかイケメンに狂う人妻

花野りら
恋愛
人妻がじわじわと乱れていくのは必読です♡

孕むまでオマエを離さない~孤独な御曹司の執着愛~

霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
「絶対にキモチイイと言わせてやる」 私に多額の借金を背負わせ、彼氏がいなくなりました!? ヤバい取り立て屋から告げられた返済期限は一週間後。 少しでもどうにかならないかとキャバクラに体験入店したものの、ナンバーワンキャバ嬢の恨みを買い、騒ぎを起こしてしまいました……。 それだけでも絶望的なのに、私を庇ってきたのは弊社の御曹司で。 副業がバレてクビかと怯えていたら、借金の肩代わりに妊娠を強要されたんですが!? 跡取り身籠もり条件の愛のない関係のはずなのに、御曹司があまあまなのはなぜでしょう……? 坂下花音 さかしたかのん 28歳 不動産会社『マグネイトエステート』一般社員 真面目が服を着て歩いているような子 見た目も真面目そのもの 恋に関しては夢を見がちで、そのせいで男に騙された × 盛重海星 もりしげかいせい 32歳 不動産会社『マグネイトエステート』開発本部長で御曹司 長男だけどなにやら訳ありであまり跡取りとして望まれていない 人当たりがよくていい人 だけど本当は強引!?

10のベッドシーン【R18】

日下奈緒
恋愛
男女の数だけベッドシーンがある。 この短編集は、ベッドシーンだけ切り取ったラブストーリーです。

【R-18】残業後の上司が甘すぎて困る

熊野
恋愛
マイペースでつかみどころのない上司とその部下の話。【R18】

処理中です...