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番外編
自立するために
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一人暮らしをしながら、余裕のあるときは実家に顔を出して、両親の体調や夫婦仲がうまくいってるかなど、チェックしていた。
それは一人息子として、両親を気遣うために顔を見せていたのだが、久しぶりに逢った母親の顔色がどこかすぐれないように見えたので、自分から声をかけにくかった。
「学、父さんからなにか聞いてないかい?」
当たり障りのない会話をして、夕食を一緒に食べてるときに投げかけられた母親からの質問は、まったく意味のわからないものだった。
「なにかって、どういうこと? 父さんにはずっと逢っていないし、連絡も着ていない」
「ここ暫く帰ってきてないんだよ。忘れた頃に洗濯物を置いて、着替えを取りに帰るくらい。しかも私が仕事してる間に帰って来るもんだから、全然逢っていなくてね」
「会社がどんなに忙しくても、今までそんなことなかったのに、どうしたんだろ……」
箸を置いて考えながら、目の前を見据える。母さんの悲しげな顔が、目に留まった。
「ちょいと白鳥翼さんに依頼しようかね。浮気してるかどうか」
「父さんに限って、浮気なんてないよ」
ギョッとすることを言い出されたせいで、反射的に否定してしまった。
「だけど絶対とは言えないだろ。おまえがそのこと、一番わかっているだろうに」
「それはそうだけど――」
自然と声が沈んでしまう。俺の推ししかり、美羽姉の旦那さんのことも身近にあっただけに、言葉が続かなかった。
「帰ってこなくなったのは、かれこれ二週間前から。私から父さんにラインしても『忙しくて手が離せない』しか返事がないんだ。忙しいのひとことで片付けられる、こっちの気持ちを考えてほしいものさ」
母さんが話をしてる間に、ふたたび箸を手に取り、作ってくれたあたたかいご飯をしっかり食べる。ちゃんと咀嚼して、美味しさを舌の上で堪能するのを忘れない。
自炊してから、改めてわかったことがあった。
ご飯を食べる時間の早さは、美味しいから早く食べ終えるよりも、次の行動に移すために早く食べてるところがあって、以前はただ流し込む作業になっていた。
料理を作るという手間のかかる時間などを考えたとき、本来なら感謝しながら食べなければならないことに気づけただけでも、一人暮らしをしてよかったと思う。
「美味しかった、ご馳走様」
「お粗末さまでした」
「母さんの依頼を早速受けるけど、報酬は美味いご飯でよろしくってことで」
椅子にかけていた上着を羽織り、右手を振りながらリビングを出る。
「学……」
椅子を引きずる音が耳に聞こえたことで、母さんが立ち上がったのがわかった。
「見送らなくていい。なる早で調べてくる」
「期待して待ってるよ」
いつものやり取りを経て、俺は実家をあとにしたのだった。
それは一人息子として、両親を気遣うために顔を見せていたのだが、久しぶりに逢った母親の顔色がどこかすぐれないように見えたので、自分から声をかけにくかった。
「学、父さんからなにか聞いてないかい?」
当たり障りのない会話をして、夕食を一緒に食べてるときに投げかけられた母親からの質問は、まったく意味のわからないものだった。
「なにかって、どういうこと? 父さんにはずっと逢っていないし、連絡も着ていない」
「ここ暫く帰ってきてないんだよ。忘れた頃に洗濯物を置いて、着替えを取りに帰るくらい。しかも私が仕事してる間に帰って来るもんだから、全然逢っていなくてね」
「会社がどんなに忙しくても、今までそんなことなかったのに、どうしたんだろ……」
箸を置いて考えながら、目の前を見据える。母さんの悲しげな顔が、目に留まった。
「ちょいと白鳥翼さんに依頼しようかね。浮気してるかどうか」
「父さんに限って、浮気なんてないよ」
ギョッとすることを言い出されたせいで、反射的に否定してしまった。
「だけど絶対とは言えないだろ。おまえがそのこと、一番わかっているだろうに」
「それはそうだけど――」
自然と声が沈んでしまう。俺の推ししかり、美羽姉の旦那さんのことも身近にあっただけに、言葉が続かなかった。
「帰ってこなくなったのは、かれこれ二週間前から。私から父さんにラインしても『忙しくて手が離せない』しか返事がないんだ。忙しいのひとことで片付けられる、こっちの気持ちを考えてほしいものさ」
母さんが話をしてる間に、ふたたび箸を手に取り、作ってくれたあたたかいご飯をしっかり食べる。ちゃんと咀嚼して、美味しさを舌の上で堪能するのを忘れない。
自炊してから、改めてわかったことがあった。
ご飯を食べる時間の早さは、美味しいから早く食べ終えるよりも、次の行動に移すために早く食べてるところがあって、以前はただ流し込む作業になっていた。
料理を作るという手間のかかる時間などを考えたとき、本来なら感謝しながら食べなければならないことに気づけただけでも、一人暮らしをしてよかったと思う。
「美味しかった、ご馳走様」
「お粗末さまでした」
「母さんの依頼を早速受けるけど、報酬は美味いご飯でよろしくってことで」
椅子にかけていた上着を羽織り、右手を振りながらリビングを出る。
「学……」
椅子を引きずる音が耳に聞こえたことで、母さんが立ち上がったのがわかった。
「見送らなくていい。なる早で調べてくる」
「期待して待ってるよ」
いつものやり取りを経て、俺は実家をあとにしたのだった。
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