上 下
72 / 126
恋愛クライシス 一ノ瀬成臣の場合

19

しおりを挟む
♡♡♡

(成臣くんの口から、敬語がまったく出なかった!)

 本当はもっと一緒にいたかった。だけどこれ以上傍にいたら、ボロが出るとわかったので、あのときは名残惜しさをひた隠しにして帰った。

 臥龍岡ながおか先輩からのミッション――それはとても難しいことで、神妙な顔した先輩にそれを指示されたときは、どうしようって思った。

『千草ちゃん、いいこと。これからは一ノ瀬を好きな気持ちを、なんとかして封印しなきゃ駄目よ』

「封印ですか……」

 臥龍岡先輩は顔の傍に人差し指をたてて、私が集中するようにレクチャーしてくれる。

『まずは一ノ瀬がやってることを、そっくりお返ししてやりなさい。それをするには、好きという気持ちを封印しなきゃダメなのよ。それがちょっとでも漏れ出たら、この作戦は失敗に終わるわ』

「つまり、ミラーリングですね?」

『そうよ。自分を好きな千草ちゃんにやっていたことを、一ノ瀬に思い知らせるの。そして深く考えさせる。千草ちゃんとの距離感が倍増したことに気づき、アイツが物足りなさを感じたら、しめたものよ!』

 自信満々に言い放つ臥龍岡先輩には申し訳なかったけど、成臣くんを想う気持ちを隠さなければならない難しさに、思わず胸元を押さえた。

「うまくできるかな」

『なんだったら俳優やってた白鳥に、アドバイスしてもらう?』

「美羽ちゃんの幼なじみで恋人の――」

 成臣くんの計画に加担した、美羽ちゃんの恋人。不倫相手の心を手玉に取り、散々翻弄したことを美羽ちゃん経由で聞いた。

 好きな人を傷つけた不倫相手を前にして、冷静に対峙できるメンタルは、やっぱりすごいと思える。きっとそれは、並み大抵のことじゃないはず。ひとえに好きな人のために自分の感情を殺して、復讐にいそしんだんだろうな。

「臥龍岡先輩、とても大変でつらいことになることがわかっていますが、成臣くんを手に入れるために頑張ってみます!」

 ずっと傷ついたまま日々を過ごしている彼を、私が癒やしてあげたい。成臣くんと逢ったときは、そのことを思い出して、好きという気持ちを隠し通した。

 ここからが問題である。このあとどうやって、成臣くんと逢う約束をするのか。今回は成臣くんが誘ってくれたから、普通に映画に行ったけど、次の約束をせずに、そのまま帰ってきてしまった。

 友達として遊びに行くにしても、それらしい場所はどこだろうかと、自宅にて悶々としていたら、テーブルに置きっぱなしにしていたスマホが鳴った。画面を見たらなんと、臥龍岡先輩からだった。

「もしもし」

『もしもしじゃないでしょ、なにやってんの!』

 開口一番に叱られてしまったことに、驚きを隠せない。

「あの、なにか私、やらかしてしまったでしょうか?」

『そんなもん、一ノ瀬が撮った写真を見れば、一目瞭然よ。デレた顔しちゃって』

「映画を見てる最中とか喫茶店でのやり取り中は、自分なりに頑張りましたよ」

 今日あったことを反芻しながら、口にする。傷ついた成臣くんを助けなきゃいけないって、何度も思い返しつつ彼に接した。

『一ノ瀬が写真を撮ってる間なんて、ほんの一瞬じゃないの』

「あれはですね、好きな人に見つめられることとか、成臣くんがスマホをかまえてる姿がすごくすごく素敵すぎて、ときめいてしまったんです、ほんの一瞬……。だからそのあと、すぐに帰ってきました」

『よしよし。きちんと見極めることができたのね、偉いわ』

 叱られたと思ったのも束の間、いきなり褒められてしまった。

「成臣くん、なにか言ってました?」

 あのあと別れてしまったので、彼がどう思ったのか知りたかった。

『送られてきた写真を見た瞬間、私は千草ちゃんがやらかしたなって思ったの。だけどアイツは写された千草ちゃんの心を見ずに、写真全体を捉えた感想を教えてくれたわ。白鳥と比べると、たいしたことのない写真しか撮れないって』

「そうでしたか……」

『だからあえて質問してやったの。「写ってる彼女は、どんなふうに見える」って』

 成臣くんの目に映るあのときの私は、どんな感じに見えたのかな。かわいいとか綺麗じゃないのは確かだけど。

 黙ったまま、臥龍岡先輩の言葉の続きに耳を傾けた。

『そしたらアイツってば、楽しそうだってひとこと言ったの。楽しそうな顔と言えばそうだけど、恋を忘れると相手のそういう気持ちすら捉えることができないのね』

「楽しかったですよ、実際。それは間違いないことです」

 成臣くんの傍にいるだけで、本当に楽しくて仕方なかった。

『だから私、言ってやったわ。楽しそうな相手とどんどん出かけて、落ち込んだ気持ちをどこかに吹き飛ばしなさいって。鉄は熱いうちに打てって言うでしょ。さっさと連絡して次につなげなさいって、一ノ瀬に命令しておいたから、楽しみに待っていればいいから。千草ちゃんから連絡しないようにねっていう、念押しの電話よ』

 痒いところに手が届きまくるという感じの臥龍岡先輩のご厚意に、丁寧にお礼を告げて電話を切った。そしたらその日のうちに、成臣くんからラインが――。

(今日は映画に付き合ってくれてありがとう。千草ちゃんと行きたいところがあるんだけど、今度の休みはいつになる? そっちの休暇に合わせて休みたいから教えてほしい)

 ラインを読んだ瞬間、ガッツポーズをつくってしまった。臥龍岡先輩の命令とはいえ、こうして誘ってくれることに、ウキウキせずにはいられない。次はどんな格好で行こうかなって思いながら、成臣くんに休みの日を教えたのだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

隠れドS上司をうっかり襲ったら、独占愛で縛られました

加地アヤメ
恋愛
商品企画部で働く三十歳の春陽は、周囲の怒涛の結婚ラッシュに財布と心を痛める日々。結婚相手どころか何年も恋人すらいない自分は、このまま一生独り身かも――と盛大に凹んでいたある日、酔った勢いでクールな上司・千木良を押し倒してしまった!? 幸か不幸か何も覚えていない春陽に、全てなかったことにしてくれた千木良。だけど、不意打ちのように甘やかしてくる彼の思わせぶりな言動に、どうしようもなく心と体が疼いてしまい……。「どうやら私は、かなり独占欲が強い、嫉妬深い男のようだよ」クールな隠れドS上司をうっかりその気にさせてしまったアラサー女子の、甘すぎる受難!

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

狂愛的ロマンス〜孤高の若頭の狂気めいた執着愛〜

羽村美海
恋愛
 古式ゆかしき華道の家元のお嬢様である美桜は、ある事情から、家をもりたてる駒となれるよう厳しく育てられてきた。  とうとうその日を迎え、見合いのため格式高い高級料亭の一室に赴いていた美桜は貞操の危機に見舞われる。  そこに現れた男により救われた美桜だったが、それがきっかけで思いがけない展開にーー  住む世界が違い、交わることのなかったはずの尊の不器用な優しさに触れ惹かれていく美桜の行き着く先は……? ✦・━・✦・━・✦・━・✦・━・✦・━・✦・━・✦ ✧天澤美桜•20歳✧ 古式ゆかしき華道の家元の世間知らずな鳥籠のお嬢様 ✧九條 尊•30歳✧ 誰もが知るIT企業の経営者だが、実は裏社会の皇帝として畏れられている日本最大の極道組織泣く子も黙る極心会の若頭 ✦・━・✦・━・✦・━・✦・━・✦・━・✦・━・✦ *西雲ササメ様より素敵な表紙をご提供頂きました✨ ※TL小説です。設定上強引な展開もあるので閲覧にはご注意ください。 ※設定や登場する人物、団体、グループの名称等全てフィクションです。 ※随時概要含め本文の改稿や修正等をしています。 ✧ ✧連載期間22.4.29〜22.7.7 ✧ ✧22.3.14 エブリスタ様にて先行公開✧ 【第15回らぶドロップス恋愛小説コンテスト一次選考通過作品です。コンテストの結果が出たので再公開しました。※エブリスタ様限定でヤス視点のSS公開中】

隠れドS上司の過剰な溺愛には逆らえません

如月 そら
恋愛
旧題:隠れドS上司はTL作家を所望する! 【書籍化】 2023/5/17 『隠れドS上司の過剰な溺愛には逆らえません』としてエタニティブックス様より書籍化❤️ たくさんの応援のお陰です❣️✨感謝です(⁎ᴗ͈ˬᴗ͈⁎) 🍀WEB小説作家の小島陽菜乃はいわゆるTL作家だ。  けれど、最近はある理由から評価が低迷していた。それは未経験ゆえのリアリティのなさ。  さまざまな資料を駆使し執筆してきたものの、評価が辛いのは否定できない。 そんな時、陽菜乃は会社の倉庫で上司が同僚といたしているのを見てしまう。 「隠れて覗き見なんてしてたら、興奮しないか?」  真面目そうな上司だと思っていたのに︎!! ……でもちょっと待って。 こんなに慣れているのなら教えてもらえばいいんじゃないの!?  けれど上司の森野英は慣れているなんてもんじゃなくて……!? ※普段より、ややえちえち多めです。苦手な方は避けてくださいね。(えちえち多めなんですけど、可愛くてきゅんなえちを目指しました✨) ※くれぐれも!くれぐれもフィクションです‼️( •̀ω•́ )✧ ※感想欄がネタバレありとなっておりますので注意⚠️です。感想は大歓迎です❣️ありがとうございます(*ᴗˬᴗ)💕

マッサージ

えぼりゅういち
恋愛
いつからか疎遠になっていた女友達が、ある日突然僕の家にやってきた。 背中のマッサージをするように言われ、大人しく従うものの、しばらく見ないうちにすっかり成長していたからだに触れて、興奮が止まらなくなってしまう。 僕たちはただの友達……。そう思いながらも、彼女の身体の感触が、冷静になることを許さない。

ドSでキュートな後輩においしくいただかれちゃいました!?

春音優月
恋愛
いつも失敗ばかりの美優は、少し前まで同じ部署だった四つ年下のドSな後輩のことが苦手だった。いつも辛辣なことばかり言われるし、なんだか完璧過ぎて隙がないし、後輩なのに美優よりも早く出世しそうだったから。 しかし、そんなドSな後輩が美優の仕事を手伝うために自宅にくることになり、さらにはずっと好きだったと告白されて———。 美優は彼のことを恋愛対象として見たことは一度もなかったはずなのに、意外とキュートな一面のある後輩になんだか絆されてしまって……? 2021.08.13

処理中です...