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恋愛クライシス 一ノ瀬成臣の場合
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☆☆☆
千草ちゃんと並んで、映画観の座席に腰かける。休みが偶然重なったタイミングを逃すまいと、思いきって誘った。この間のバーでの謝罪を、自分なりに兼ねているつもりだった。
「私、映画なんて久しぶり。成臣くん、これが見たかったの?」
「ああ。シリーズを全部映画館で見てる」
今までひとりで見ていた映画を、こうして誰かと見ることになるとは思いもしなかった。隣にいる千草ちゃんのワクワクしている様子が、口調からなんとなく伝わってくる。
副編集長に『友達からはじめてみたら』と言われたからか、それ以降彼女の口から「成臣くんが好きよ」のセリフがいっさい出ていない。あれだけ口走っていたのに、言わなくなったということは、封印しているといったところだろう。
それと俺が無意識に発動していた(見えないなにか)を言葉にされたのは、結構衝撃的だった。
『ずっと見えない線を引かれて、距離をおかれていた』と告げた彼女の悲しげな顔は、なぜだか脳裏にこびりついてる。だからわかってしまった。千草ちゃんも同じように、俺に線を引いて今は接しているということを。
並んで座っているのに、見えない線が二本、確実にある――。
(これが友達の距離感なんだろうか。職場の人間との距離感よりも、さらに遠くに感じる)
見えないなにかを踏み越えて、ずっと好きだと言い続けた彼女の勇気を、今さらながらすごいことだと思い知った。俺には到底真似できないことだった。
「千草ちゃん、あのさ」
「はじまるよ、楽しみだなぁ」
話しかけた俺の声をかき消す、千草ちゃんの弾んだ声。俺はそれ以上、話しかけることもできない。
流れる映画の物語よりも、彼女のことがどうにも気になって、チラチラ横目で眺めてしまった。おかげで話の内容がさっぱりで、終わったあとも喫茶店で千草ちゃんとの会話を合わせるのに、かなり苦労した。
そして喫茶店を出てから、このあとどうしようか声をかけようとした瞬間、千草ちゃんの足がその場でピタリととまる。
「明日の仕事が早いから、ここでバイバイするね」
(もう? てっきりどこかに買物に行くとか、なにかに付き合わされると思ったのに)
「そうか、大変だな」
「臥龍岡先輩に写真、提出しなきゃでしょ? どこで撮す?」
千草ちゃんのセリフで、副編集長に写真を送ることを思い出し、辺りをキョロキョロしてみる。
「今立ってる場所から左に少しだけズレて、そう、そこ」
指示しながらスマホのカメラを起動して、俺だけバックしつつ、ファインダーをベスポジに合わせる。ちょうど夕日がビルの隙間から差し込み、千草ちゃんの持つ柔らかい雰囲気とマッチしていた。
「はい、チーズ!」
見慣れた街並みと、千草ちゃんの全身像の写真。駆け寄って来た彼女に、それを見せる。
「やっぱりプロだね、綺麗に撮れてる。すべてがバランスよく、枠の中におさめられてるみたい」
「ありがとう。だけど白鳥の撮ったものと比べると、正直なんてことのないものさ」
加工せずに、そのままラインで副編集長に送った。
「ね、その写真ちょうだい?」
「わかった。送信するな」
手早く千草ちゃんに送信して、スマホをポケットにしまう。送られた写真を嬉しそうに眺める彼女を見ているだけなのに、なんとも言えない気持ちになった。
(俺たちの間にある見えない二本線を、せめて一本にするには、どうしたらいいんだろうか)
明日早い彼女をさっさと解放してあげなきゃいけないのに、自分から別れの挨拶を口にできない。ただただ奇妙な距離感をどうにか払拭したくて、戸惑うばかりだった。
千草ちゃんと並んで、映画観の座席に腰かける。休みが偶然重なったタイミングを逃すまいと、思いきって誘った。この間のバーでの謝罪を、自分なりに兼ねているつもりだった。
「私、映画なんて久しぶり。成臣くん、これが見たかったの?」
「ああ。シリーズを全部映画館で見てる」
今までひとりで見ていた映画を、こうして誰かと見ることになるとは思いもしなかった。隣にいる千草ちゃんのワクワクしている様子が、口調からなんとなく伝わってくる。
副編集長に『友達からはじめてみたら』と言われたからか、それ以降彼女の口から「成臣くんが好きよ」のセリフがいっさい出ていない。あれだけ口走っていたのに、言わなくなったということは、封印しているといったところだろう。
それと俺が無意識に発動していた(見えないなにか)を言葉にされたのは、結構衝撃的だった。
『ずっと見えない線を引かれて、距離をおかれていた』と告げた彼女の悲しげな顔は、なぜだか脳裏にこびりついてる。だからわかってしまった。千草ちゃんも同じように、俺に線を引いて今は接しているということを。
並んで座っているのに、見えない線が二本、確実にある――。
(これが友達の距離感なんだろうか。職場の人間との距離感よりも、さらに遠くに感じる)
見えないなにかを踏み越えて、ずっと好きだと言い続けた彼女の勇気を、今さらながらすごいことだと思い知った。俺には到底真似できないことだった。
「千草ちゃん、あのさ」
「はじまるよ、楽しみだなぁ」
話しかけた俺の声をかき消す、千草ちゃんの弾んだ声。俺はそれ以上、話しかけることもできない。
流れる映画の物語よりも、彼女のことがどうにも気になって、チラチラ横目で眺めてしまった。おかげで話の内容がさっぱりで、終わったあとも喫茶店で千草ちゃんとの会話を合わせるのに、かなり苦労した。
そして喫茶店を出てから、このあとどうしようか声をかけようとした瞬間、千草ちゃんの足がその場でピタリととまる。
「明日の仕事が早いから、ここでバイバイするね」
(もう? てっきりどこかに買物に行くとか、なにかに付き合わされると思ったのに)
「そうか、大変だな」
「臥龍岡先輩に写真、提出しなきゃでしょ? どこで撮す?」
千草ちゃんのセリフで、副編集長に写真を送ることを思い出し、辺りをキョロキョロしてみる。
「今立ってる場所から左に少しだけズレて、そう、そこ」
指示しながらスマホのカメラを起動して、俺だけバックしつつ、ファインダーをベスポジに合わせる。ちょうど夕日がビルの隙間から差し込み、千草ちゃんの持つ柔らかい雰囲気とマッチしていた。
「はい、チーズ!」
見慣れた街並みと、千草ちゃんの全身像の写真。駆け寄って来た彼女に、それを見せる。
「やっぱりプロだね、綺麗に撮れてる。すべてがバランスよく、枠の中におさめられてるみたい」
「ありがとう。だけど白鳥の撮ったものと比べると、正直なんてことのないものさ」
加工せずに、そのままラインで副編集長に送った。
「ね、その写真ちょうだい?」
「わかった。送信するな」
手早く千草ちゃんに送信して、スマホをポケットにしまう。送られた写真を嬉しそうに眺める彼女を見ているだけなのに、なんとも言えない気持ちになった。
(俺たちの間にある見えない二本線を、せめて一本にするには、どうしたらいいんだろうか)
明日早い彼女をさっさと解放してあげなきゃいけないのに、自分から別れの挨拶を口にできない。ただただ奇妙な距離感をどうにか払拭したくて、戸惑うばかりだった。
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