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恋愛クライシス 一ノ瀬成臣の場合

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☆☆☆

 編集部の空気がえらく悪かった。原因を作ってるのは、俺自身なんだが。

「あーもう! 初夜を失敗してまったく使い物にならない白鳥は別として、一ノ瀬はいい大人なんだから、さっさと気持ちを切り替えなさいよ!」

(あーあ、白鳥のヤツ、初夜を失敗したことが、編集部のみんなにバレちゃったじゃないか……)

「切り替えてる、ちゃんと仕事をしただろ」

「この女のコの写真を見ても勃起はおろか、ヌくことのできないものだって言ってるの!」

「ほほぅ。アキラのモノが、ついに役にたたなくなったってわけか」

 へらっと笑ってバカにしても、なんのその。副編集長はデスクに写真を叩きつけるなり、両手で頭を掻き毟る。

「あー、イライラする!わかってないわね。この写真から、まーったく色気を感じないし、エロさが皆無だって言ってるのよ! ただのお人形さんの写真にしか見えないわ」

「お人形さんでもヌけないとなると、相当大変そうだ」

 カラカラ笑った俺の肩を、誰かが力強く叩いた。振り返るとそこにいたのは編集長で、額に青筋が薄ら見えている状態だった。

「えっと、編集長……。そんなに怒らせることを、俺はしましたかね?」

「現に今、アキラが指摘しただろ。雑誌にグラビアは欠かせないページなんだ。それを疎かにするヤツは、ここにはいらない。一ノ瀬、わかってんだろうな?」

 編集長に肩を叩かれた時点で、相当ヤバいことがわかったのだが。

「すみません、気の抜けたグラビアしか撮れなくて」

「下手ないいわけしない分だけ、まだマシだと言える。それでこれから、どうするんだ?」

 俺よりも身長の高い編集長の視線。若いのに妙な迫力があり、見下ろされるそれを直に受けて、まぶたを伏せながら両拳を握りしめた。編集長という立場で不甲斐ない俺に檄を飛ばしていることに感謝しなければならないし、挽回するにはいつもどおりの仕事をすればいいだけなのだが。

「ちょっとタンマ!」

 言いながら副編集長が俺の前に立ちはだかって、編集長の視線を遮ってくれた。

「アキラ、邪魔だぞ。友情物語は他所でやってくれ」

「そんなことわかってるわよ。とりあえず一ノ瀬のメンタルをなんとかして持ちあげるから、それまで待ってもらえる?」

「コイツの替えはいるんだ。今さらおまえが無理しなくてもいい」

「そんなのわかってるわよ! だけど一ノ瀬にしか撮れないエロがあって、それを楽しみにしてる読者がいるの!」

「読者だと? おまえ自身のことについて、声を大にして言われてもな」

「だけど立派な理由になるわよね?」

 目の前にある、薄毛がちょっとだけ進んだ後頭部を眺めた。

(アキラのバカ。ただでさえ苦労しているというのに、わざわざ俺の世話までしなくてもいいだろうよ)

「友人じゃなく副編集長として、一ノ瀬をなんとかしろ。これは命令だ」

 舌打ちまじりに告げた編集長が去って行き、面倒ごとから解放されたことにホッとした瞬間。

「成臣、わかってんだろうな、てめぇ……」

 キャラ変した副編集長が、目をギラつかせながら、振り返ったのだった。
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