57 / 126
恋愛クライシス 一ノ瀬成臣の場合
4
しおりを挟む
♡♡♡
慌ただしくバーから出て行った大きな背中を、声をかけずにあえてそのまま見送る。好きな人を掴んでいた手の甲は叩くように外されたため、ちょっとだけ赤くなった。
叩かれても触れられた嬉しさを噛み締めながら、その部分を撫で擦る。拒否された悲しみが涙となって、目の前をぐにゃりと歪ませた。
「千草さん、使ってください」
仲のいいマスターが、真っ白なハンカチをそっと差し出してくれた。ありがたく思いながらそれを受け取り、メガネを外して目頭にハンカチを押し当てる。
「千草さんの好きな人、随分とつらそうな顔をしていましたね。普通は告られたら、少しは嬉しそうな感情がどこかに滲み出るものなのに、彼からはそれをまったく感じませんでした」
「ふふっ。マスターってば、よく見ていたのね」
私以上に冷静に彼のことを眺めていたマスターの感想を聞き、悲しみが幾分紛れた。
「途中まで殴り合いの喧嘩になるかと思って、ハラハラしましたよ。まぁそこを経て両想いになったら、お祝いのカクテルを用意しようと思っていましたので」
マスターは飲みかけのハイボールの入ったグラスを、ふたつ同時に手際よく下げるなり、オシャレなグラスを私の前に置く。中には赤に近いピンク色のカクテルが作られていて、バーの明かりを受けたことで、情熱的な色を煌めかせた。
「どうぞ、デニッシュメアリーです。今の千草さんには、ピッタリなカクテルかと思いまして」
「私にピッタリなんて、どんな意味のあるカクテルなの?」
「あなたの心が見えない――」
低い声で告げたあと、軽く一礼をしてカウンターから出て行く。傷ついた私を慮ってくれたことに感謝しつつ、カクテルを口にしてため息をついた。
もう出逢うことはないと思った相手にめぐり逢えて、喜んだのが自分だけだったこと。そして彼が深い傷を抱えていることを知り、これからの作戦を考える。
「成臣くんが悲しい恋愛をしていたなんてね。私はそれを、どうにかすることができるのかな……」
諦めたくない気持ちが心の中に渦を巻き、成臣くんを手に入れるために、これからどんな行動したらいいのか、いろんな可能性を思考させる。絶対に彼を逃さない想いを秘めたまま、この夜はひとりでカクテルを嗜んだのだった。
慌ただしくバーから出て行った大きな背中を、声をかけずにあえてそのまま見送る。好きな人を掴んでいた手の甲は叩くように外されたため、ちょっとだけ赤くなった。
叩かれても触れられた嬉しさを噛み締めながら、その部分を撫で擦る。拒否された悲しみが涙となって、目の前をぐにゃりと歪ませた。
「千草さん、使ってください」
仲のいいマスターが、真っ白なハンカチをそっと差し出してくれた。ありがたく思いながらそれを受け取り、メガネを外して目頭にハンカチを押し当てる。
「千草さんの好きな人、随分とつらそうな顔をしていましたね。普通は告られたら、少しは嬉しそうな感情がどこかに滲み出るものなのに、彼からはそれをまったく感じませんでした」
「ふふっ。マスターってば、よく見ていたのね」
私以上に冷静に彼のことを眺めていたマスターの感想を聞き、悲しみが幾分紛れた。
「途中まで殴り合いの喧嘩になるかと思って、ハラハラしましたよ。まぁそこを経て両想いになったら、お祝いのカクテルを用意しようと思っていましたので」
マスターは飲みかけのハイボールの入ったグラスを、ふたつ同時に手際よく下げるなり、オシャレなグラスを私の前に置く。中には赤に近いピンク色のカクテルが作られていて、バーの明かりを受けたことで、情熱的な色を煌めかせた。
「どうぞ、デニッシュメアリーです。今の千草さんには、ピッタリなカクテルかと思いまして」
「私にピッタリなんて、どんな意味のあるカクテルなの?」
「あなたの心が見えない――」
低い声で告げたあと、軽く一礼をしてカウンターから出て行く。傷ついた私を慮ってくれたことに感謝しつつ、カクテルを口にしてため息をついた。
もう出逢うことはないと思った相手にめぐり逢えて、喜んだのが自分だけだったこと。そして彼が深い傷を抱えていることを知り、これからの作戦を考える。
「成臣くんが悲しい恋愛をしていたなんてね。私はそれを、どうにかすることができるのかな……」
諦めたくない気持ちが心の中に渦を巻き、成臣くんを手に入れるために、これからどんな行動したらいいのか、いろんな可能性を思考させる。絶対に彼を逃さない想いを秘めたまま、この夜はひとりでカクテルを嗜んだのだった。
0
お気に入りに追加
8
あなたにおすすめの小説
【R-18】私を乱す彼の指~お隣のイケメンマッサージ師くんに溺愛されています~【完結】
衣草 薫
恋愛
朋美が酔った勢いで注文した吸うタイプのアダルトグッズが、お隣の爽やかイケメン蓮の部屋に誤配されて大ピンチ。
でも蓮はそれを肩こり用のマッサージ器だと誤解して、マッサージ器を落として壊してしまったお詫びに朋美の肩をマッサージしたいと申し出る。
実は蓮は幼少期に朋美に恋して彼女を忘れられず、大人になって朋美を探し出してお隣に引っ越してきたのだった。
マッサージ師である蓮は大好きな朋美の体を施術と称して愛撫し、過去のトラウマから男性恐怖症であった朋美も蓮を相手に恐怖症を克服していくが……。
セックスシーンには※、
ハレンチなシーンには☆をつけています。
【完結*R-18】あいたいひと。
瑛瑠
恋愛
あのひとの声がすると、ドキドキして、
あのひとの足音、わかるようになって
あのひとが来ると、嬉しかった。
すごく好きだった。
でも。なにもできなかった。
あの頃、好きで好きでたまらなかった、ひと。
突然届いた招待状。
10年ぶりの再会。
握りしめたぐしゃぐしゃのレシート。
青いネクタイ。
もう、あの時のような後悔はしたくない。
また会いたい。
それを望むことを許してもらえなくても。
ーーーーー
R-18に ※マークつけてますのでご注意ください。
【R18】優しい嘘と甘い枷~もう一度あなたと~
イチニ
恋愛
高校三年生の冬。『お嬢様』だった波奈の日常は、両親の死により一変する。
幼なじみで婚約者の彩人と別れなければならなくなった波奈は、どうしても別れる前に、一度だけ想い出が欲しくて、嘘を吐き、彼を騙して一夜をともにする。
六年後、波奈は彩人と再会するのだが……。
※別サイトに投稿していたものに性描写を入れ、ストーリーを少し改変したものになります。性描写のある話には◆マークをつけてます。
おっぱい、触らせてください
スケキヨ
恋愛
社畜生活に疲れきった弟の友達を励ますべく、自宅へと連れて帰った七海。転職祝いに「何が欲しい?」と聞くと、彼の口から出てきたのは――
「……っぱい」
「え?」
「……おっぱい、触らせてください」
いやいや、なに言ってるの!? 冗談だよねー……と言いながらも、なんだかんだで年下の彼に絆されてイチャイチャする(だけ)のお話。
孕むまでオマエを離さない~孤独な御曹司の執着愛~
霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
「絶対にキモチイイと言わせてやる」
私に多額の借金を背負わせ、彼氏がいなくなりました!?
ヤバい取り立て屋から告げられた返済期限は一週間後。
少しでもどうにかならないかとキャバクラに体験入店したものの、ナンバーワンキャバ嬢の恨みを買い、騒ぎを起こしてしまいました……。
それだけでも絶望的なのに、私を庇ってきたのは弊社の御曹司で。
副業がバレてクビかと怯えていたら、借金の肩代わりに妊娠を強要されたんですが!?
跡取り身籠もり条件の愛のない関係のはずなのに、御曹司があまあまなのはなぜでしょう……?
坂下花音 さかしたかのん
28歳
不動産会社『マグネイトエステート』一般社員
真面目が服を着て歩いているような子
見た目も真面目そのもの
恋に関しては夢を見がちで、そのせいで男に騙された
×
盛重海星 もりしげかいせい
32歳
不動産会社『マグネイトエステート』開発本部長で御曹司
長男だけどなにやら訳ありであまり跡取りとして望まれていない
人当たりがよくていい人
だけど本当は強引!?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる