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冴木学の場合
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「すぐ傍の居酒屋で飲んだんですけど、中ジョッキ1杯目でなぜか酔いつぶれてしまい、堀田課長に背負われて店を出たそうです。そのときに、香水が移ったんだと思います。それで」
事実を語ったら田所部長が目の前に手を出し、私の言葉をとめた。
「小野寺さんは、お酒に弱いのかい?」
「弱いほうではないと思います。ちょっと前に知り合いと同じ店で食事をした際には、中ジョッキ5杯飲んでいますので」
「5杯も飲める君が、1杯で酔いつぶれるなんて、その日は体調が悪かったりした?」
田所部長が私に訊ねる間に、堀田課長の奥さんは持っているハンカチで口元を隠す。横目でそれを気にしながら返答した。
「体調は悪くなかったです。突然しつこい眠気に襲われた感じでした」
「私のときと一緒……」
とても小さな呟きだったけど、耳がしっかりそれを捉えた。そのことを訊ねようと口を開きかけたら、奥さんの隣にいる高木さんが自分の口元を指差し、反対の手を開いたり閉じたりして、そのまま私に喋るように促す。
「それでですね、そのしつこい眠気をなんとかしようと、太ももを抓って抗ったりしたのですが」
指示どおりに、そのときのことを思い出しながら、みんなに向かって話しかけたら、高木さんは社員の輪の外に出て私の背後に回り込むことで、視界から消えた。
扉をしっかり閉めたハズなのに、開ける音をさせずに外に出たらしい高木さん。次の瞬間には、部署の入口で騒ぎ声をあげた堀田課長を羽交い締めにして、中に戻ってきた。
「小野寺ちゃんを見てたら、後ろにある扉が少しだけ開いたことに気づいたんだ。それでコイツがいるだろうなと思ったら、捕まえることに成功したってわけ!」
「高木、離せよ!」
「静かにしろ。みんなの話が終わるまでは、拘束させてもらう。田所部長、いいですよね?」
「構わない。堀田くん、これ以上見苦しい真似をするんじゃない!」
抵抗を続ける堀田課長に、田所部長が叱り飛ばした。その叱責のおかげでひそひそ話もなくなり、部署が静まり返る。
「小野寺さん、堀田課長に背負われた君は、そのあとどうなったのかな?」
扉の前で羽交い締めされてる堀田課長に視線を投げかけると、バツが悪そうに俯いた。
「堀田課長とふたりきりで飲むことに不安があったので、前もって彼氏を呼んでました。間一髪のところで助け出されました」
「堀田くんとは、なにもなかったということだね?」
「はい。助けられたときの音声がありますが、お聞きになりますか?」
「やめろ! あのときは、デタラメなことばかり言ってしまったんだ!」
私のセリフに被さるように、堀田課長が声を荒らげて喚きまくった。
「堀田くん、デタラメなこととは、なにを言ったんだろうか?」
「あ……、やっ、ううっ」
言葉を詰まらせた堀田課長の様子を見、田所部長は無言のまま私に頷いてみせる。いつでもちょうどいいタイミングで聞かせられるように編集していた音源を、ここぞとばかりに再生した。
『美羽から送られてきたLINEの時間を考えても、いいとこ2杯目にいくかいかないかの時間だと思いますが、実際どうだったのでしょうか?』
『実際、は……その』
『俺の職場に行って、じっくりお話を聞きましょうか。どうします? ここで素直に話してくれたら、やったことを見逃しますが』
『……お、ぉのっ、小野寺さんが席を外してる間に。すすっ、睡眠導入剤を中ジョッキに入れた』
「これは嘘なんだ! 小野寺さんの彼氏に脅されて、仕方なくついたうじょっ!」
あまりの騒ぎに、慌てて一時停止ボタンを押す。高木さんが大声をあげた堀田課長を床に押し倒し、片膝を使って顔の横っ面を踏みつけた。「い゛ぎぎぎっ」という呻き声を出すのが精一杯みたいだったので、続きを聞かせようとボイスレコーダーの再生ボタンに触れかけたら。
「郁真さん、私にも同じことをしたんじゃない?」
堀田課長の奥さんが、涙を流しながら問いかけた。
事実を語ったら田所部長が目の前に手を出し、私の言葉をとめた。
「小野寺さんは、お酒に弱いのかい?」
「弱いほうではないと思います。ちょっと前に知り合いと同じ店で食事をした際には、中ジョッキ5杯飲んでいますので」
「5杯も飲める君が、1杯で酔いつぶれるなんて、その日は体調が悪かったりした?」
田所部長が私に訊ねる間に、堀田課長の奥さんは持っているハンカチで口元を隠す。横目でそれを気にしながら返答した。
「体調は悪くなかったです。突然しつこい眠気に襲われた感じでした」
「私のときと一緒……」
とても小さな呟きだったけど、耳がしっかりそれを捉えた。そのことを訊ねようと口を開きかけたら、奥さんの隣にいる高木さんが自分の口元を指差し、反対の手を開いたり閉じたりして、そのまま私に喋るように促す。
「それでですね、そのしつこい眠気をなんとかしようと、太ももを抓って抗ったりしたのですが」
指示どおりに、そのときのことを思い出しながら、みんなに向かって話しかけたら、高木さんは社員の輪の外に出て私の背後に回り込むことで、視界から消えた。
扉をしっかり閉めたハズなのに、開ける音をさせずに外に出たらしい高木さん。次の瞬間には、部署の入口で騒ぎ声をあげた堀田課長を羽交い締めにして、中に戻ってきた。
「小野寺ちゃんを見てたら、後ろにある扉が少しだけ開いたことに気づいたんだ。それでコイツがいるだろうなと思ったら、捕まえることに成功したってわけ!」
「高木、離せよ!」
「静かにしろ。みんなの話が終わるまでは、拘束させてもらう。田所部長、いいですよね?」
「構わない。堀田くん、これ以上見苦しい真似をするんじゃない!」
抵抗を続ける堀田課長に、田所部長が叱り飛ばした。その叱責のおかげでひそひそ話もなくなり、部署が静まり返る。
「小野寺さん、堀田課長に背負われた君は、そのあとどうなったのかな?」
扉の前で羽交い締めされてる堀田課長に視線を投げかけると、バツが悪そうに俯いた。
「堀田課長とふたりきりで飲むことに不安があったので、前もって彼氏を呼んでました。間一髪のところで助け出されました」
「堀田くんとは、なにもなかったということだね?」
「はい。助けられたときの音声がありますが、お聞きになりますか?」
「やめろ! あのときは、デタラメなことばかり言ってしまったんだ!」
私のセリフに被さるように、堀田課長が声を荒らげて喚きまくった。
「堀田くん、デタラメなこととは、なにを言ったんだろうか?」
「あ……、やっ、ううっ」
言葉を詰まらせた堀田課長の様子を見、田所部長は無言のまま私に頷いてみせる。いつでもちょうどいいタイミングで聞かせられるように編集していた音源を、ここぞとばかりに再生した。
『美羽から送られてきたLINEの時間を考えても、いいとこ2杯目にいくかいかないかの時間だと思いますが、実際どうだったのでしょうか?』
『実際、は……その』
『俺の職場に行って、じっくりお話を聞きましょうか。どうします? ここで素直に話してくれたら、やったことを見逃しますが』
『……お、ぉのっ、小野寺さんが席を外してる間に。すすっ、睡眠導入剤を中ジョッキに入れた』
「これは嘘なんだ! 小野寺さんの彼氏に脅されて、仕方なくついたうじょっ!」
あまりの騒ぎに、慌てて一時停止ボタンを押す。高木さんが大声をあげた堀田課長を床に押し倒し、片膝を使って顔の横っ面を踏みつけた。「い゛ぎぎぎっ」という呻き声を出すのが精一杯みたいだったので、続きを聞かせようとボイスレコーダーの再生ボタンに触れかけたら。
「郁真さん、私にも同じことをしたんじゃない?」
堀田課長の奥さんが、涙を流しながら問いかけた。
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