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冴木学の場合

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(ああ、音だけじゃなく映像で見たかったな。きっとこのときの学くん、すごくカッコよかったのがわかる!)

 抱きしめられる胸の中に体重を預けながら、瞳を閉じて続きに耳を傾ける。安心できたおかげと薬が効いてきたこともあり、頭痛がかなりよくなった。

『こうして美羽を両腕に抱きとめているので、その証拠を堀田さんにお見せすることができないのが、とても残念ですけどね』

『証拠、しょっ……証拠、とは?』

『堀田さんは知ってますか? 準強制わいせつ罪と強制わいせつ罪の違い』

 質問を質問で切り返した学くんの声は、いつもより少しだけトーンがあがっていて、その様子はまるで先生が子どもに問いかけをしているような口ぶりだった。

 訊ねられた堀田課長は『はいぃ? わいせつ? えっ? 違いが?』なんていう、しどろもどろに脈絡のない言葉を並べる。

『相手にお酒や睡眠薬などを飲ませて、正常な判断ができない状態にさせた上で、性的行為を行った場合などが、準強制わいせつ罪です。ちなみに刑法で懲役刑しか規定されていないので、他の犯罪と比べると非常に重たい罪なんですよ』

 非常に重たい罪というところでアクセントをおき、重罪だというのをアピールしてくれたことに、拍手したくなった。

『そ、そんなこと、いっ言われてもっ!』

『強制わいせつ罪はですね――』

『待ってくれ、僕はなにもしていない!』

 辺りが静まり返っているせいで、堀田課長のセリフが妙に響いた。

『……なにもしていない? 美羽がこんなになっているというのに?』

『それはきっと、彼女の体調が悪かったんじゃないかな。たぶん……』

 誤魔化すことに必死になっているのが、言葉の端々に表れていて、聞いてるだけで胸糞悪くなっていく。

『へぇ、体調が悪かった部下を、堀田さんはわざわざ飲みに誘ったんですか? それってパワハラになるんじゃないですか?』

(学くんが堀田課長を、どんどん追い詰めてくれてる。すごい!)

『パワハラなんて、そんなことしてない。小野寺さんが断れるように誘っている。そのこと、彼女に聞いてみてくれないかい?』

『聞きたくても、この状態だと無理ですよね。ちなみに美羽は、俺の上司とあの店で飲んだことがあるんですけど、中ジョッキを5杯飲んでるんですよ』

『え、ご、5杯も……』

 副編集長さんと飲んだことをきちんと伝えた関係で、なにをどれくらい飲んだのかを学くんは知っていた。話の内容はオフレコのものを除いて、すべて報告している。実際、飲みすぎ注意と叱られてしまった経緯があった。

 しかしながらあのときのことが、このタイミングで生かされるなんて驚くほかない。

「美羽から送られてきたLINEの時間を考えても、いいとこ2杯目にいくかいかないかの時間だと思いますが、実際どうだったのでしょうか?」

「実際、は……その」

「俺の職場に行って、じっくりお話を聞きましょうか。どうします? ここで素直に話してくれたら、やったことを見逃しますが」

 ここで一旦、ボイスレコーダーを停めた。
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