上 下
31 / 126
冴木学の場合

26

しおりを挟む
「美羽姉ってば傍にいたなら、俺に声をかければよかったのに!」

 肩に触れていた両手で、美羽姉の体をゆさゆさ揺さぶった。まるで駄々っ子みたいなことをしてる自覚があったものの、せずにはいられない。

「学くんはお仕事中だったしね。かわいい彼女との仲を、邪魔しちゃ悪いかなと思ったので」

「彼女はライターさんで、友達みたいな感じで仲はいいけど、美羽姉が思うような間柄じゃない!」

「もう学くん、そんなに揺らしたら酔っちゃうよ」

「あ~、昼間のあのときに美羽姉に逢いたかった!」

 美羽姉から手を放して、頭を抱え込みながら床に突っ伏した。今の俺はみっともない、小さな子どもみたい。過去に戻れるわけないのに、無理なことを口にしてしまった。

「私と逢っていたなら、どうなっていたの?」

 笑いを噛み殺した問いかけに、チラッと腕の隙間から顔を覗かせて告げる。

「めちゃくちゃ仕事が捗ったに違いない」

 もしかしたら、いい写真が撮れたかもしれない!

「それだけ?」

「美羽姉に対する、好きな気持ちが濃くなる」

 逢うたびに濃くなる想いは、どんどん重くなる――。

「あとは?」

「美羽姉に逢えた喜びを伝えるために、この時間にここに来て、さっきと同じようなキスをする」

「そして、私の肩を揉むところまで同じなんでしょ?」

 美羽姉は駄々をこねる俺の背中に抱きつき、すりりと頬擦りした。

「学くん、かわいい」

「かわいいよりも、好きって言ってほしい」

「好きって言うときは、特別なときだけ。わかるでしょ?」

 意味深なまなざしで、俺を見つめる。今日はできない日なのに、そんな目で見られたら、手を出してしまう恐れがあるのがわかって、俺を試すようにこんな顔をする。美羽姉は本当に厄介な恋人だな。

「特別なときだけなのに、あのとき呟いたんだ?」

「だって、妬いちゃった……」

「俺は美羽だけだよ。妬く必要ないじゃん」

「妬くよ。私は学くんが好きだから」

「つ~~~っ! このタイミングでそれを言うとか、犯罪級にヤバいんだけど!」

「キャッ! ちょっと学くん!?」

 俺はいきなり起きあがり、美羽姉の体を抱きしめながら、床にゆっくり押し倒した。

「我慢できないけど、ガマンする。キスだけでなんとかするから、受け止めて♡」

 真横に顔を傾けて唇に近づけたときに、それに気づいた。

「美羽姉、あのさ」

「ん?」

「髪の毛切ろうと思うんだけど、次はどんな髪型がいいと思う?」

 パーマがとれてきたことと髪が伸びた事で、前髪が目に留まる。というかこのタイミングで言ってしまうなんて、無意識に自分の行動を制御しているのかもしれない。

 美羽姉は俺のおでこに手をやり、顔を遠のかせて距離をとってから、まじまじと眺める。

「そうねぇ、いっそのこと、坊主にしたら?」

「マジで言ってる?」

「ふふっ、冗談!」

「真面目な顔で言われたら、それを実行するであろう俺の素直な気持ちを、弄ばないでくれよ」

「だけど全体的にもっとカットして、緩くパーマをかけたら、学くんの寝癖の心配をしなくて済むかな」

 言いながら俺の髪の毛を手に取り、指先で摘んで引っ張る。

「なるほど」

「それに写真を撮るのも、邪魔にならないでしょ?」

「うん、そうだね」

「だけど困ったことがあるのよねぇ」

 髪に触れていた手が俺の頬に触れて、愛おしそうに指先が皮膚を撫でる。

「俺の髪を切ることで、美羽姉が困ることなんてあるっけ?」

 なんだろうと思考を巡らせる。

「大アリよ。だって髪を短くすると、学くんのイケメンが前面に晒されるの。たくさんの女のコの目に留まっちゃうってわけ」

「なんだ、そんなことか」

 正直くだらないと思った俺に、美羽姉が目の前でめちゃくちゃ怒った。

「なんだじゃないわよ、わかってないなぁ! モテる彼氏をもつ彼女の気持ちは、すっごく複雑なんだから!」

 モテても、そんなの関係ないというのに。だって俺は、美羽姉しか見えない。

「俺は美羽が好き。昔も今も美羽だけなんだよ」

「お願いだから、学くんは変わらないでいてね」

「絶対に変わらない。美羽だけを愛してる」

 そして、やりかけたキスの続きをする。限られた時間だから念入りに、愛を込めて美羽姉に想いを捧げたのだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

ぽっちゃりOLが幼馴染みにマッサージと称してエロいことをされる話

よしゆき
恋愛
純粋にマッサージをしてくれていると思っているぽっちゃりOLが、下心しかない幼馴染みにマッサージをしてもらう話。

若社長な旦那様は欲望に正直~新妻が可愛すぎて仕事が手につかない~

雪宮凛
恋愛
「来週からしばらく、在宅ワークをすることになった」 夕食時、突如告げられた夫の言葉に驚く静香。だけど、大好きな旦那様のために、少しでも良い仕事環境を整えようと奮闘する。 そんな健気な妻の姿を目の当たりにした夫の至は、仕事中にも関わらずムラムラしてしまい――。 全3話 ※タグにご注意ください/ムーンライトノベルズより転載

彼氏が完璧すぎるから別れたい

しおだだ
恋愛
月奈(ユエナ)は恋人と別れたいと思っている。 なぜなら彼はイケメンでやさしくて有能だから。そんな相手は荷が重い。

鬼上官と、深夜のオフィス

99
恋愛
「このままでは女としての潤いがないまま、生涯を終えてしまうのではないか。」 間もなく30歳となる私は、そんな焦燥感に駆られて婚活アプリを使ってデートの約束を取り付けた。 けれどある日の残業中、アプリを操作しているところを会社の同僚の「鬼上官」こと佐久間君に見られてしまい……? 「婚活アプリで相手を探すくらいだったら、俺を相手にすりゃいい話じゃないですか。」 鬼上官な同僚に翻弄される、深夜のオフィスでの出来事。 ※性的な事柄をモチーフとしていますが その描写は薄いです。

保健室の秘密...

とんすけ
大衆娯楽
僕のクラスには、保健室に登校している「吉田さん」という女の子がいた。 吉田さんは目が大きくてとても可愛らしく、いつも艶々な髪をなびかせていた。 吉田さんはクラスにあまりなじめておらず、朝のHRが終わると帰りの時間まで保健室で過ごしていた。 僕は吉田さんと話したことはなかったけれど、大人っぽさと綺麗な容姿を持つ吉田さんに密かに惹かれていた。 そんな吉田さんには、ある噂があった。 「授業中に保健室に行けば、性処理をしてくれる子がいる」 それが吉田さんだと、男子の間で噂になっていた。

夜這いを仕掛けてみたら

よしゆき
恋愛
付き合って二年以上経つのにキスしかしてくれない紳士な彼氏に夜這いを仕掛けてみたら物凄く性欲をぶつけられた話。

極上の一夜で懐妊したらエリートパイロットの溺愛新婚生活がはじまりました

白妙スイ@書籍&電子書籍発刊!
恋愛
早瀬 果歩はごく普通のOL。 あるとき、元カレに酷く振られて、1人でハワイへ傷心旅行をすることに。 そこで逢見 翔というパイロットと知り合った。 翔は果歩に素敵な時間をくれて、やがて2人は一夜を過ごす。 しかし翌朝、翔は果歩の前から消えてしまって……。 ********** ●早瀬 果歩(はやせ かほ) 25歳、OL 元カレに酷く振られた傷心旅行先のハワイで、翔と運命的に出会う。 ●逢見 翔(おうみ しょう) 28歳、パイロット 世界を飛び回るエリートパイロット。 ハワイへのフライト後、果歩と出会い、一夜を過ごすがその後、消えてしまう。 翌朝いなくなってしまったことには、なにか理由があるようで……? ●航(わたる) 1歳半 果歩と翔の息子。飛行機が好き。 ※表記年齢は初登場です ********** webコンテンツ大賞【恋愛小説大賞】にエントリー中です! 完結しました!

10のベッドシーン【R18】

日下奈緒
恋愛
男女の数だけベッドシーンがある。 この短編集は、ベッドシーンだけ切り取ったラブストーリーです。

処理中です...